275.王妃エリザベート
ゲオルクと一緒にいたのは黒のロングドレスをまとった麗しい女性で、ウェーブがかった真紅のロングヘアが印象的だ。
年齢は四十代前半といったぐらいだろうか。凜とした面持ちと堂々とした立ち振る舞いから、ただならぬ人物というのがわかる。
髪の色が同じなので、一瞬、ゲオルクのお姉さんか妹さんかなと思ったんだけど。
「……エリザベートお母様⁉」
驚きの声を上げるリアに、オレは首をかしげた。……お母様? リアのお母さんってすでにお亡くなりになったはずじゃ?
「ええっと、エリザベートお母様は亡き母の姉妹妻でして。長女にあたるお方なんですよ」
「あ~、なるほど。義理のお母さんみたいなもんか?」
「ですです! もっとわかりやすく言うと、龍人族の国の王妃でもあられます!」
……は? 王妃様? ガチで?
「もっとも、現在では『夫人会』の代表者といったほうがわかりやすいがね」
穏やかな口調でゲオルクが付け加えると、やや低音の、それでいて透明感のある声でエリザベートは口を開いた。
「貴方が補足すると、途端に胡散臭くなるわね、ゲオルク。『夫人会』は由緒正しき、ちゃんとした組織なのよ?」
「わかっているさ。だがしかし、そう説明したほうがタスク君も混乱しないだろう?」
説明されたところで混乱しっぱなしですけど。いやいやいやいや! いきなり王妃様がやってくるとか予想もしないじゃんか!
ただただ口をぽかんと開けたままのオレを見て、クスリといたずらっぽい微笑をひらめかせた王妃は、「突然にやってきてごめんなさいね?」と前置きした上で続けた。
「あらためまして、エリザベートです。お手紙では何度かやりとりしているけれど、こうやって直接お話しするのは初めてね」
「お目にかかれて光栄です。王妃様とは知らず、無作法をお許しください」
「そんな他人みたいな態度、止めてちょうだい。貴方はリアの夫にあたるのだから、義理の息子も同然なのよ?」
どうか
「おめでとう、リア。挙式には参列できなかったけれど、妊娠のお祝いはしてあげたくて。必要なものがあったら遠慮なく伝えてね?」
「エヘヘヘヘ……。ありがとうございます、エリザベートお母様。そのお気持ちだけで十分です」
「それと、貴女がアイラさんね?」
並び立つ猫人族を見つめて、エリザベートは柔和な表情を浮かべる。
「ジークからいろいろと話を聞いているわ。貴女に会うのが楽しみだったのよ」
「……む? そ、そうなのかえ?」
「ええ。あの人ったら、娘が増えたってはしゃいじゃって。国王という立場に関係なく、親しく接してくれたのが相当嬉しかったみたい」
それは単にアイラが遠慮という言葉を知らないからじゃないかなと思ったりもしたけれど、野暮なツッコミになるので言うのは止めておく。
「それにベルさんとエリーゼさん、ヴァイオレットさんのこともね。まったく、あの人ったら自分ばかりが楽しい思いをするんだから」
どことなく拗ねた口調も魅力的に映るのはエリザベートの人柄だろうか。優しさと厳しさを併せ持った雰囲気は、いかにも王妃様といった感じで、アイラですら恐縮しているぐらいだ。
……おっと、ぼけっとしている場合じゃない。このまま立ち話を続けるのは失礼だし、なにより領民の視線もある。落ち着いて話をするためにも場所を変えなければ。
領主邸か来賓邸ならゆっくりできるだろうと提案するオレに、エリザベートはゆっくりと首を横に振ってみせる。
「気を遣わなくていいわよ。突然押しかけてきたんだし」
「そういうわけにはいきませんよ。お義父さんが来た時も、どちらかに案内しているんですから」
「そう? それならお言葉に甘えようかしら」
そうしてくださいと踵を返しかけると、王妃は思い出したようにあっと声を上げて、胸元で両手を合わせた。
「そうだ。私、ここに来たら行ってみたところがあったのよ。連れていってもらえると嬉しいのだけれど」
振り返るオレに微笑みで応じるエリザベート。もしかして市場だろうかと考えていた矢先に告げられたのは、こちらの意表を突く施設の名称だった。
***
四方を本棚に囲まれた室内の中、若き図書館長の手を取った王妃は久しぶりの再会に声を弾ませている。
「フローラっ! 元気だった⁉ 風邪とか引いていない?」
「おかげさまで……。王妃様もお変わりないようで安心しました」
「やあん、私のことは『シシィ』って呼んでって言ってるじゃない!」
「は、はい。シシィ様……」
「もうっ、相変わらず固いわねえ。まあ、貴女はそこがいいのだけれど。今日はバイオレットさんは一緒じゃないのね?」
「ええ、ヴァイオレット様は別の場所でお仕事を……」
……えーっと、話に花を咲かせているところ申し訳ないのですが、図書館に案内して早々こんな調子なので、我々三人どうしたらいいのか戸惑っております。
つい先ほどまでの王妃様モードから一転、フローラを見るなり「きゃー! 久しぶりぃ!」とか両手を振って駆け寄っていくんだもん。フレンドリーのレベルが近所のおばちゃんのそれなんだよね。
話には聞いていたけれど、本当にフローラのことを気に入っていたんだな。まあ、それはいいとしよう。目の前の光景で十分理解できたし。
問題はすっかり取り残されたオレとリアとアイラはどうしたらいいのかってことでね。……この分なら、このまま帰ってもいいんじゃないかな?
あ、ちなみにゲオルクとは別行動を取っている。お茶を用意するのにカミラを呼んでくると来賓邸に向かってくれたのだ。こんなことならオレもついていけば良かったか?
予期せぬエリザベートの来訪には、フローラ自身も困惑を隠しきれない様子で、半ば助けを求めるようにチラチラとこちらに視線を向けている。どうにかしてやりたいけど、王妃様相手に口を挟むというのは流石に抵抗があってな……。
はてさてどうしたものかと悩んでいると、同じようにフローラの眼差しを感じ取っていたリアが、躊躇いがちに口を開いた。
「あ、あの、エリザベートお母様……。今日はどうしてこちらに?」
「あら? なあに、リア。私が遊びにきちゃいけない?」
「い、いえ、そういうわけではなく。前もってご連絡いただけたら、いろいろと準備したのになあって」
「伝えたら伝えたで、あなたたち必要以上に気を遣ったでしょう? 身重の娘に、そんな真似させられないわ」
「ですが……」
「ジークだって、いきなりやってきては好き勝手に遊んで帰るんでしょう? 私もそのぐらいで十分なのよ」
なるほど、王妃様は王妃様でオレたちに配慮をしてくれたのか。ジークフリートの奥さんだけあって、仰々しいもてなしは性に合わないのかもしれない。
「リアをお祝いしようと思ってきたのだし、今日だって長居する気はないから」
「そんなこと言わずに、ゆっくりしていってください」
「そうじゃそうじゃ。せっかく来てくれたのじゃ、のんびりしていくといい」
「気持ちは嬉しいのだけれど……」
顎に手をあてたエリザベートは微妙な角度に眉を動かすと、ため息交じりで呟いた。
「できれば私もゆっくりしたいのよ? でも、そういうわけにもいかなくて」
「王妃様ですもんね。ご多忙の中、わざわざスミマセン」
「ああ、いえ。そういうのは別にいいのよ。長居できないのは、別の問題というか」
「……?」
「実を言うとね、黙って城を抜け出してきたの」
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