261.ニーナ

 先頭の赤いドラゴンは間違いなくゲオルクだろう。いつもは単独でやってくることが多いのに、今日に限ってはなぜ同行者を引き連れてやって来たのだろうか?


 作業を中断し、領主邸へ戻ったオレたちを待っていたのは、右へ左へと荷物を抱えて動き回る男性たちへ指示を与えているゲオルクの姿だった。


 何が起きているのか事態を把握できないオレに気付いたのか、赤い長髪を片手で軽く整えてから、ゲオルクは朗らかな表情を見せた。


「やあ、タスク君。この度はおめでとう。聞けば、リアが身ごもったそうじゃないか。めでたい話だね」

「ありがとうございます。……じゃなくて、これはいったい何の騒ぎです?」


 眺めやった先には大量の衣装箱と、それ以上に多くの木箱が積み上げられていて、開放的な庭の一角へ存在感を放っている。まさかリアが妊娠した事への贈り物じゃないだろうななんて具合に、怪訝というより、呆気にとられたといった面持ちを浮かべていると、ゲオルクは声を立てて笑った。


「違う違う。ほら、ついこの間、ジークのやつが遊びに来ただろう?」

「お見えになりましたね」

「その時、有望な人材を早急に登用したいと言ったそうじゃないか」

「ええ、言いましたけど……って、もしかして、この荷物は」


 ご名答と言わんばかりに、ゲオルクは首肯してみせる。


「その通りさ。ジークの代わりに、私が彼女の引っ越しを手伝いにきたわけだよ」


 そういえば。確かにお義父さんも若い女性だと言ってたな。『夫人会』の推薦があるってことは、上流階級か貴族の家柄というのは間違いないだろうし、ましてやご令嬢という立場であれば大荷物というのも仕方ない。


 とはいえ、一度にこんな大量の物を運び込まれたところで置き場所に困るというか、そもそも、来るなら来るで前もって連絡が欲しかったというか。


 ……まあ、なるべく早く人材を寄越すよう頼んだこちらにも非があるので、声に出してはいえないけれど。


 と、いうかね?


「荷物は良いんですけど、肝心のその人はどこにいるんです?」


 そうなのだ。先ほどから目に付くのは慌ただしく動き回る執事たちばかりで、ジークフリートが言っていた『若い女性』とやらの姿が見当たらない。


 すると、ゲオルクは振り返り、おいでと優しく声を上げた。程なくして、執事たちの間を縫うように可憐な少女がこちらへやってくるのが見える。


 身長は一三〇センチぐらいだろうか。領内の学校へ通う子どもたちと変わらない背丈の少女は、ウェーブがかった薄紫色のロングヘアとコバルトブルーの瞳、そして白い肌が印象的で、陶器人形を思わせる。


 やがてゲオルクへと並び立った少女は、淡い緑色のドレスの裾をちょこんと摘まみ、優雅さと可憐さが完璧なまでに調和した挨拶をしてみせた。


「はじめまして、タスク伯爵閣下。私はニーナと申します」

「ああ、これはどうもご丁寧に……」


 気品溢れる佇まいに、呆然としながら会釈を返す。そして一瞬の後、理解が追いついたオレは驚きを持ってゲオルクへと視線を動かした。


「もしかしてこの子が……?」

「うん。ジークの言っていた優秀な人材さ。『夫人会』の推薦もあるが、私も太鼓判を押すよ」


 優秀な人材って、まだ子どもだよな? ……いや、見た目で人を判断するのはよくないぞ、タスク。現にオレの隣に立っているアイラだって、十代にしか見えないけれど実年齢は二〇〇歳を過ぎているんだし。


「……おぬし、いまよからぬ事を考えていなかったか?」

「イエ、ベツニ」

「ふんっ。まあ、よい」


 尻尾を器用に動かしてオレの背中をペシペシと叩きながら、美少女を公言してやまない猫人族の妻は、自分より遙かに年下であろう少女を観察するように見やった。


「ニーナといったか。ジークより若い女性と聞かされておったが、随分と幼く見えるの」


 相変わらず遠慮の無い質問を口にするよな、お前って。いや、オレ自身もそう思っていたから、切り出してくれたのは正直助かるんだけど。


 同様のやりとりを、これまでに数え切れないほど経験しているのだろう。失礼でしかない問いかけに、微塵も顔色を変えず、ニーナは淡々と応じてみせる。


「はい。今年で一〇歳になりました」

「……じゅっさい。えっ? 一〇歳……なの……?」

「はい。……差し支えがございますか?」


 小首をかしげるニーナ。目を丸くするオレとアイラ。そりゃそうだろう? 『若い女性』とは聞いていたけど、いくらなんでも若過ぎやしませんかね!?


 呆然と立ち尽くすオレたちへ、ゲオルクは得意げに口を開いた。


「なに、まったくもって問題はいらないよ。こう見えてニーナは俊英だらけの王立学院を飛び級の上、首席で卒業した才媛さ。残念ながら、若すぎるが故に登用の口はなかったが」


 そりゃそうでしょうね。いくら優秀とはいえ、子どもが執政に携わったとなれば、大人の面目は丸つぶれでしょうから。


 ……なるほど。それでオレ宛に『夫人会』からの推薦があったのか、納得した。確かにね、この領地には色んな人が働いてますからねえ。


 とはいえ、個人的には子どもを働かせるということに、抵抗があるのもまた事実なわけで……。小さいうちはのびのびと遊んでおいた方が良いんじゃないかと考え込むオレを知ってか知らずか、ニーナはうやうやしく頭を下げた。


「若輩者で非凡な身ではありますが、閣下のため、領地のため、懸命に努めさせていただきますわ」


 あー、これはもう、働く気満々ですね。そりゃそうか、大荷物抱えて引っ越してきたんだもん、帰る気なんて一切無いよな。


 とにかく、一旦落ち着いて話をしたい。


 荷物の整理はゲオルクと執事たち、そして戦闘メイドに任せるとして、オレはニーナを伴って執務室へ向かい、そしてアルフレッドを呼び寄せることにした。

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