248.土産物

 おいっすという軽い挨拶とともに領主邸へやって来たハイエルフの前国王は、早速とばかりに魔法のバッグを空間へと出現させた。


「いやぁ、やっぱり遠いな獣人族の国は。行って帰ってくるだけでもなかなかに疲れるわ」

「それにしたって早すぎだろう? 五日しか経ってないんだぞ?」

「舐めんなよ? こちとら『疾風』の二つ名が付いてんだぞ? もっとも、あと百歳若けりゃ、もう一日早く帰ってこられたろうがなあ……っと、これ、お土産な?」


 バッグから取り出したのは、布袋にぎっちり詰まったレッドビーンズで、「俺は食わないけど」と前置きした上でクラウスは続ける。


「お前さん、最近また和菓子とやらにこだわり始めたっていってたからな。ついでに買ってきたってわけだ」

「それはありがたい。商人たちには会えたのか?」

「任せろ、バッチリだ。鉄鉱石も、ホレ。この通り」


 見せつけるように大きく開いたバッグの中には鉄のインゴットがいくつかと、鉄鉱石そのものが隙間なく埋め尽くされていた。


「な? とりあえず、こいつはランベールに渡してくるわ」

「わざわざ悪かったな」

「気にすんな。俺もランベールに武器を作ってもらおうと思ってたところだからな」


 指をパチンと鳴らすと、一瞬のうちに魔法のバッグは消え去り、それを確認した後、クラウスは話題を転じてみせる。


「ところで。留守中、ソフィアは元気だったか? 向こうが原稿にかかりっきりだったもんで、ロクに会えなくてよ」


 穏やかな表情で問いかけられ、オレは思わず返答に窮した。


 本当のことを話したいところだけど、ソフィアの気持ちもあるしなあ……。


 ここはとりあえず、妻側の顔を立てておこうと心に決めて、何事もなく平和そのものだったと応じ返す。


「相変わらず元気そうだったぞ。今頃は執筆から解放されて、羽を伸ばしてるんじゃないか?」

「違いねえ。よし、俺も鍛冶工房に行ったら、おとなしくそのまま帰るとするかね」


 爽やかな笑顔に胸が痛くなる。こんな痛みを味わう必要がないように、早いとこメイドを決めないとな。


「鍛冶工房に行くついでだ。お前さんが欲しがってたダッチオーブンと、『いまがわやき』ってヤツの金型も頼んできてやるよ」


 そう言い残し、踵を返すクラウス。


 こんな風に日頃から色々助けてもらっているのだ。大切な友人でもあるし、できる限りのことはしてやりたい。

 

 念願だった調理器具が手に入る喜びとともに、改めてそんな思いを確かにした……までは良かったんだけど。


 鍛冶工房へ足を運んだクラウスが、まさか『あんなモノ』を頼んでいたとは、この時点では知る良しもなかったのだ。


***


 ひとまず、その話題は置いといて……。


 ここではヴァイオレットを中心とした、とある計画についての話をしたい。


 クラウスが帰ってきた翌日、ヴァイオレットから呼び出されたオレは、領主邸三階にある作業部屋へと向かっていた。


 中にはヴァイオレット以外にも、エリーゼ、ベル、フローラが待ち構えていて、テーブルを取り囲むように腰を下ろしている。


 四人の真剣な眼差しの中心には、白色と黒色、二体のぬいぐるみがテーブル上に鎮座しているのだが……。


「おお! 旦那様、待っていたぞ!」


 こちらに気付いた美貌の女騎士が歓迎の声を上げ、座るように薦めてくる。


「……それはいいんだけど。なにしてんだ?」

「うむ、よくぞ聞いてくれた。土産物の試作だ!」

「土産物?」


 市場が開業すれば、大陸中から商人がここにやってくる。


 その際、商業都市フライハイトへ行ってきたという証として、土産物を欲する者が出てくるに違いない。


 中には家庭を持つ者もいるだろうし、こどもを持つ者も少なくないはずだ。


 その折、魅力的な土産があれば、領地にとっても確かな収益に繋がる。


 ……ふんすと鼻息荒く力説し、ヴァイオレットは瞳を輝かせ、


「以上の考察を経て、こういうものを作ったのだっ!」


 と、テーブルの上を仰々しく披露した。


 ババーンという効果音が聞こえたような気がしないでもないけど、さっきから見えてたんだよなあ、このぬいぐるみ。


 ……あれ? でもこれ、見たことがあるデザインっていうか。


「おっ? このぬいぐるみ。しらたまとあんこがモデルなのか?」

「ご名答だ! 流石は旦那様だなっ!」


 ウンウンと何度も頷く女騎士をよそに、オレは二体のぬいぐるみを手に取った。


 なるほど、しらたまとあんこの毛並みとまではいかないけれど、ふわふわもふもふしているし、それにとても愛らしい。


 こどもだけでなく、女性にプレゼントしても喜ばれると思うなあ。


「フフン、そうだろうそうだろう? 私も旦那様ならわかってくれると思ったのだ!」

「でもなんでまた、しらたまとあんこをモデルにしたんだ?」

「なっ……! 何を言うのだ、旦那様! この領地のアイドルといえば、あの二匹のミュコラン! しらたまとあんこを差し置いて他に存在しないだろうっ!? あの子たちをモデルにしないで、他の何をモデルにしろというのだっ!?」


 語気を強めるヴァイオレット。……うん、わかったから、襟元を掴んでオレを激しく揺さぶるのを止めてもらえるかな? このままだと気持ち悪くなっちゃうから。


 これは失礼した……と、ヴァイオレットは軽く咳払いしてから着席する。


 熱意はスゴイんだけどさ、対照的なまでに考え込む他の三人が気になって仕方ないっていうか。……何があったの?


「実は……。このぬいぐるみの試作はもう三十回目でして……」


 うなだれるフローラがポツリと呟く。……は? さんじゅっかい?


「ウチらはメッチャいい出来だと思うんだけどサー……」

「そ、その……。ヴァイオレットさんが満足していないようでして……」


 遠慮がちに言葉を続けるベルとエリーゼ。なんでさ? むちゃくちゃ出来がいいじゃん。しらたまとあんこの特徴をよく捉えてるぞ?


「なっ……! 旦那様っ! 旦那様までそのようなことを!!」


 再び勢いよく立ち上がり、ヴァイオレットはまくしたてる。


「たしかに現状でも十分愛らしいとは言える。だが、だがしかしだ! しらたまもあんこも実物はもっとつぶらな瞳と愛嬌のあるくちばしを持っているし、毛並みなんて触れた瞬間に夢の世界へ旅立てるようなそんな慈愛が込められた柔らかさだし、足の付け根はチョコレートを思わせる香ばしさと甘い匂いが漂ってクセになってしまうというか、とにかく私は一寸の狂いなくうり二つなものを再現し寝室のベッドを埋め尽くしたいというか四六時中しらたまとあんこに包まれて眠り」

「よーし、ストップだ、ヴァイオレット。そこまでにしとこう」


 ぜえぜえと肩で息をする女騎士。あー……、これは付き合わされる方も大変だ。


 とにかく。


 領主権限の下、現段階のぬいぐるみを製品化すると伝えることに。


 情熱は買うけど、これ以上時間がかかって、市場の開業に土産物が用意できなくなっても困るしな。


 ヴァイオレットは落胆していたけど、ベルもエリーゼもフローラも、揃って肩の荷が下りたようなので一安心。頑張っていっぱいぬいぐるみを作ってくれい。


 ……で、その日の午後。


 鍛冶工房からランベールが「頼まれていた物が出来たぞ」と、ダッチオーブンと今川焼きの金型を持ってきてくれたんだけど。


「クラウス殿の言う通り、金型は変更を加えたからな。確認してくれ」


 そう言って取り出した金型は、今川焼きならではの円形ではなく。


 どこからどう見ても、マンドラゴラの形にしか見えない代物へと変貌を遂げていた。

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