223.合同結婚式の準備
結婚式は二週間後に催されることとなった。
街道が整備されたとはいえ、招待状を受け取った側の準備や移動も大変だろうと、この日程に決まったのだ。
もっとも、招待状を送るのはハイエルフの国にいるファビアンの友人である『シェーネ・オルガニザツィオーン』の面々と、ダークエルフの国のイヴァンだけということもあり、これといって気を遣う必要もないだろう。
ジークフリートとゲオルクに至っては、口頭で日程を伝えると同時に招待状を手渡しておいたので問題ない。
ちなみに、これは余談になるんだけど。
先日、ジークフリートとゲオルクが遊びに来た際、クラウスは完成したばかりのマンガ本を何冊か販売したそうだ。
いったいいくらで売りつけたのかと尋ねたところ、
「おっさんたちにはマンガの宣伝もしてもらわないといけないからよ、あくまで良心的な値段にしておいた」
……と、こんな前置きした上で、
「ただまあ、結婚祝いの分を含めた金額を払ってもらったけどな」
……なんて具合に続けてから、クラウスは愉快そうに笑っていたんだけど。一体いくらで売りつけたんだ……?
ついでに年代物のワインを紅白揃えて十本ずつ頼むとリクエストした時点で、流石の賢龍王もブチ切れたらしく。
気がついた時には、すっかりお馴染みとなった取っ組み合いのケンカが繰り広げられていた。
いやはや。おふたりともいい年齢なのに、お元気そうで何よりですよ、ホント……。
今回のケンカで壊された調度品については、後日、きっちり請求させてもらうことにして。
とにもかくにも。
挙式の準備は着々と整えられていった。
***
三組合同の結婚式!
前例にない催しに領地内は湧き上がり、領民全員が華やかで豪勢なものにしたいと考えていたらしい。
デザートを担当するロルフたち翼人族は、いままでにないケーキや菓子を振る舞いたいと息巻いている。
そこで、日本の結婚披露宴では定番のスタイルである、段々に重なったウェディングケーキなんてどうだろうと提案することに。
「いままで作ってきたのはホールケーキばっかりだったろう? それを三段重ねにして、様々な装飾を施すのはどうだ?」
簡単なイラストを交えて、ウェディングケーキについて説明していたんだけど、こちらの世界では類を見ないケーキのスタイルに、「それはどういったものなのですか!?」と次々に質問が浴びせられ。
一通り話終えたところで、「三段と言わず、五段にしよう!」みたいな会話が翼人族の間で交わされることに。
……重ねすぎた挙げ句に崩れ落ちました、なんてことがないように願おう、うん。
アイラとガイアたちワーウルフは樹海へ狩りに出かけている。
「めでたき日をたくさんの人たちで祝うのです! それにふさわしい肉料理を用意したいものですな!」
ポージングを取りつつ高らかに笑ったガイアは、祝宴にぴったりという『満月熊の丸焼き』を提案してきたが、想像しただけで見た目がエグそうなこともあり、即座に却下。
調理の様子を見ても子供たちが泣かないようなものでとお願いし、結局、十角鹿の狩猟を行うらしい。
同じく料理を担当するカミラとメイドたちには、彩り鮮やかなサラダのレシピをいくつか教えておくことに。
こちらの世界では野菜類を生で食べる習慣がほとんどなく、サラダのレシピは皆無といってもいい。
そんなわけで、見た目に楽しい『ミモザサラダ』や、ジュレを使った『パフェサラダ』などを実演込みで伝授する。
とはいっても、加熱した野菜を材料に使うことは変わりなく。まあ、見た目は華やかなので結果オーライということにしておこう。
新郎新婦の衣装を担当するベルは、「アハッ☆ カッコよくて、カワイイものいーっぱい作るね♪」と、いつも以上に大張り切りだ。
ファビアンからはリオのサンバカーニバルで着るような、露出度高め、キラキラでヒラヒラの衣装をリクエストされたらしいけど、領主権限で却下しておいた。
悪いことは言わない。スーツとドレスを黙って着るんだ……! 一組だけ半裸に近い衣装とか、みんなドン引きするぞ……!
……と、こんな感じでフライハイトに暮らすみんなが、挙式の準備に忙しく動き回り、目まぐるしく時間は過ぎていき。
そして、あっという間に結婚式の前日を迎えることとなった。
***
挙式直前ということもあり、前日は全員が大わらわで、それはオレも変わりない。……はずだったんだけど。
いま現在、オレが何をやっているかというと、来賓邸の応接室で椅子に腰掛けたまま、ぼーっと無為な時間を過ごしているのだった。
簡単に言ってしまえば、ヒマを持て余しているのである。
今回も精霊式の結婚式を執り行うことが決まっていて、新婦は全員、領主邸で一夜を過ごす予定なのはいいんだけど。
男子禁制だという話は聞かされておらず、早朝、カミラに叩き起こされた挙げ句、家を追い出されてしまったのだ。
仕方ない。それじゃあ挙式の準備を手伝おうと領地内をウロウロしていると、次から次に声をかけられ、
「偉い人がいても気を遣うだけなので……」
「領主様はお茶でも飲んでてください」
「邪魔です(キッパリ)」
……てな感じで邪険に扱われる始末。あれぇ、一応、伯爵で領主のハズなんだけどな。みんな粗雑にしすぎじゃね?
「新郎を前にして辛気臭ぇツラすんなよ」
そう言って、頭を軽く叩いてきたのは、明日の主役のひとりであるクラウスで。
同じく早々に追い出されたハイエルフの前国王は、オレと同様に来賓邸へ身を寄せたのだった。
「いつまでもいじけてたってしょうがねえだろ? そういう決まりなんだ。今日のところはここでのんびり過ごそうぜ」
テーブルの上へ将棋盤を置き、クラウスは鼻歌交じりに対局の準備を整えていく。
来賓邸へ来る際、アルフレッドとファビアンにも声をかけたんだけど、ふたりとも自宅で過ごすと断られてしまった。
独身最後の夜だしな。色々と考えたいこともあるのだろう。
その点で言えば、むしろクラウスもひとりでいたいんじゃないのかと心配になるんだけど。
「あ゛? んなわけねえじゃん。俺もヒマだしよ、悪ぃが付き合ってもらうぞ」
振り駒もせずに先手番で歩を動かし、クラウスは呟く。
「逆に聞くけどよ。挙式を挙げる前日、お前さんは物思いにでも耽っていたのかい?」
「いいや、まったく。暇だったなあ」
「だろ? だったらいいじゃねえか。こういう一日も悪かねえだろ」
それもそうだなと頷いて応じ、それからしばらくはお互い無言で将棋を指していた。
日本ではあまりやることのなかった将棋も、異世界に来てから対局を重ねることで、不思議と棋力がついてきたのが実感できる。
それは眼前のハイエルフの前国王も同じで、互角と言っても差し支えない相手を前に、オレはたびたび長考に入るのだった。
中盤を過ぎた辺りだろうか。盤上と駒が奏でる「ぱちり」という小気味よい音が響いたと思った矢先、クラウスの声が耳元へ届いた。
「結婚かあ……」
思わず視線を上げたものの、ハイエルフの視線は盤上を向いたままだ。
「あちこちをフラフラしていた俺が、所帯を持つなんてよ。人生何があるかわかんねえな」
「……後悔してるのか?」
「まさか」
ようやく顔を上げたクラウスは、穏やかな表情で窓の外へと視線を向ける。
「この歳になって、ようやく落ち着ける場所を見つけたんだ。ここに来ることができて本当に良かったと思ってるんだぜ」
オレは何も言わず、盤上の駒をぱちりと動かす。
「……で、だ。まあ、なんていうのかね。さらに言えば、タスクよ。お前さんと出会えたことにも感謝したいっつーかな」
「クラウス……」
「あー!! やっぱり止めだ! オレらしくねえ! ただ単に、今後ともよろしく頼むってことを言いたいだけなんだよ!」
少年を思わせるあどけない顔を紅潮させて、クラウスが真っ直ぐにこちらを見やる。
照れ笑いとも受け取れるその表情を眺めながら、オレは手を差し出した。
「もちろん。オレの方こそ、よろしく頼むよ」
将棋盤の上で交わされる握手。気恥ずかしそうに笑い声を上げた後、盤上に一瞥をくれてからクラウスは続けた。
「……ところで」
「?」
「よろしく頼むついでに、いま指した手、待ってもらえねえ?」
「ダメだって。それとこれとは話が違うだろ」
「なんだよ、ケチくせえな! 飛車取られるのを見逃してただけじゃねえか!」
「そりゃお前のミスだろ! 真剣勝負なんだ、諦めろって」
友情を確かめ合う爽やかな光景が一転、くだらないいざこざが起きてしまうのもオレたちらしいと言うべきだろうか。
ふと、再びクラウスが窓の外へと視線をやった。つられて視線を向けた先には二体の立派なドラゴンが見える。
ジークフリートとゲオルクが到着したらしい。やれやれ、この分だと就寝は深夜になってしまうかもな。
大事な日を寝不足や二日酔いで迎えないためにも、程々に夜を楽しもう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます