222.手紙

 いつになく上機嫌のジークフリートは、いつもと同じように来賓邸の応接室へ足を運び、それから「娘たちに」と持参したお土産を差し出した。


「そなたにはしばらく合わせる顔がないと、ここへ来るのは自重していたのだがな。聞けばクラウスの奴めが結婚するというではないか。これはからかってやらねばと思っての」


 ガハハと豪快な笑い声を上げ、ジークフリートは強面を破顔させる。


 結婚報告から今日まで、外部と取引はしていないし、招待状ですら準備していない。なのに、どうしてお義父さんへ情報が伝わったんだ?


「おかしなことをいうものだね、タスク君。優秀な情報網があると自慢していたのはきみじゃないか」


 小首を傾げるオレを眺めて、ゲオルクが楽しげに微笑んでいる。情報網って、もしかして……。


「あったりー♪ 私よ、タスク。私がクラウスたちの結婚をおじさまたちに教えてあげたの」


 気付かないうちに姿を見せた妖精は、目前を優雅に漂い、身を翻すとオレの右肩へ腰を落ち着かせた。


「ココが教えたのか!」

「そうよ。将棋のおじさまから、異変があったら知らせるように頼まれているの」


 貴方のプライベートは秘密にしてあるから安心してねと耳元でささやき、ココは目配せしてみせる。


 聞けばガーデニングを通じてゲオルクやジークフリートと仲良くなったそうで、頻繁に情報のやり取りを頼まれているらしい。


「妖精の移動速度は龍になった我々でも敵わないからね。おかげで連絡を密に取り合えるわけだ」

「そうでしょう、そうでしょう? さらに情報の精度も抜群! レディたるもの、依頼は完璧にこなさなきゃ」


 報酬だろうか、はちみつの入った小瓶を受け取り、満足そうにココは一回転してみせる。


「それじゃあ私はこのへんで失礼するわ。おじさま、ゆっくりしていってね」


 パタパタと背中の羽をはばたかせて去っていくココ。入れ替わって応接室にやってきたのはハイエルフの前国王で、ドタドタと必要以上に大きな足音を立てながら不敵な表情でジークフリートを見やった。


「これはこれは。誰かと思えば、息子の領地へ重税を課すことを無常の喜びとする国王サマではないですか。ご機嫌麗しゅう」


 完璧なお辞儀とともに憎まれ口を叩いたクラウスだが、ジークフリートは意にも介さない。


「なんとでも言うがいい。独身主義を返上する若造の新たな門出を祝いに来たのだ。多少の無礼も寛大な心で許そうではないか」


 そう言ってニヤリと笑う賢龍王。艶のない銀色の長髪をボリボリとかきむしりながら、クラウスはつまらなそうに声を上げた。


「おっさんよぉ。仮にも一国の王なんだし、もっと素直に祝うことはできないのかよ?」

「何を言うか、青二才。祝われる立場にもそれなりの礼儀というものが必要なのだ。人生の、いや、結婚生活を長く営む先輩として、身を持ってそれを教えてやっているというのに」

「へいへい。ご丁寧にありがたいこって」

「感謝には及ばぬよ。今後は夫婦生活の悩み事なども相談に乗ってやろうではないか」

「そればっかりはゴメンだね。どうせならゲオルクのおっさんか、タスクに相談するっての」


 肩をすくめて椅子へ腰掛けるハイエルフの前国王。やれやれ、このふたりは相変わらずだなあ。


 程なくして紅茶の準備をしてくるというゲオルクを見送りながら、オレは改めてジークフリートに問いかけた。


「ところでお義父さん。今日はクラウスを祝いにきたんですか?」

「そうだ。と、言いたいところなのだがな。実を言うと別件がある」

「そいつは残念。俺を祝いに来ただけだったら、感涙に咽び泣くさまを見せられたんだけどな」


 涙から最も遠く離れた感情と態度を示し、クラウスが呟く。結婚を祝うだけだったとしても、この男が泣くことなんてないだろうな。


 間もなくジークフリートは内ポケットから一通の封筒を取り出し、テーブルの上を滑らせた。


 封蝋で閉じられたそれには見慣れない名前が書かれていて、身を乗り出したクラウスは関心の眼差しで差出人を覗き込んだ。


「へぇ、この人からの手紙か。珍しいな」

「知ってるのか?」

「まあなあ。俺もこの人とは付き合いが長いからよ」


 椅子の背もたれへ寄りかかり、クラウスは話を続ける。


「ジークのおっさんの奥方様。つまりは王妃だよ」


***


 聞けば歴代の王妃は夫人会を取りまとめる役割を担っているとのことで。


 普段は国政に口を挟まないものの、自分たちの不利益となりうる事象が起きた場合にのみ、その権力を行使するそうだ。


「いやはや。さすがはワシの息子だ! 夫人会を味方につけるとは考えたものだのう!」


 笑い声を上げる賢龍王に、冷めた眼差しを向けるクラウス。


 そんなふたりはさておいて、オレは達筆で綴られた数枚の手紙に目を落とした。


 リアが世話になっていることへの感謝から始まる手紙は、夫であるジークフリートが迷惑をかけていることのお詫びに続き、先日の増税の一件についても記されている。


 夫人会として今後も減税を働きかけていくという約束、先日の贈り物への謝意、そして機会があればフライハイトウチへ遊びにいきたいと書き連ねた文面は、困ったことがあったらジークフリートを頼ってほしいと締められてた。


「そ、それで? どのようなことが書かれておったのだ?」


 手紙を封へ戻している最中、そわそわとした様子でジークフリートが口を開く。


「いや? 特に大したことではないですよ」

「そんなわけなかろう。あやつが珍しく手紙を渡して欲しいと言ってきたのだ。何かしら重要なことが書かれていたのではないか?」

「おっさんよぉ。そんなに気になるなら直接本人に聞けばいいじゃねえかよ」


 呆れがちに呟くクラウスに、ジークフリートが頭を振った。


「馬鹿なことを申すな。直接聞けるなら苦労はせんわ!」

「相変わらず奥方に頭が上がんねえのか……。情けねえなあ、おい」

「で? どうなのだ、タスクよ? わ、ワシについて、何か書いてはなかったのか? ん?」


 落ち着かないのかジークフリートの表情も微妙で、笑っているのか怒っているのかも定かでない。


「あー……。困ったことがあればお義父さんを頼れって書いてましたね」


 迷惑をかけて申し訳ないという文面はさておき、そのことだけを伝えると、安堵したのかジークフリートは胸を張ってみせる。


「そ、そうか? ふむ、そうであろう! 義理とはいえ大事な息子なのだ! 遠慮などせず、いつでも父を頼るのだぞ?」


 すっかり自信を取り戻した義父の豪快に笑う様を眺めやりながら、いい機会なので相談しそこねた案件を持ちかけることにした。


 先日、都市の名称をフライハイトへ変更する際、ついでに認めてもらおうと思っていた法についてのあれこれである。


 結果として、婚姻制度や表現の自由といったいくつかの法が国王ジークフリートの名のもとに認められることになる。


 そしてこれが、後日、とある影響をもたらすことになるんだけど。


 それはまた別の話……。

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