188.移住の知らせ

 突然の来訪になんとなく嫌な予感を覚えたものの、それを察したのか、悪い知らせではないようですとハンスは続ける。


「移住する人数が確定したとのことで、それをお知らせしたいと」

「それを知らせにわざわざここまで?」

「それだけじゃねえだろ」


 腕組みをしたクラウスが間へ割って入る。


「こっちの手配は済んだから、移住者たちの迎えはそっちで勝手にやってくれとか、そんな話をしたいんだろうな」

「左様でございますな。先方からすれば、これ以上面倒ごとは抱えたくないと、そんなところでございましょう」


 ハンスが頷いて応じると、ハイエルフの前国王は席を立った。


「よし。代理で俺が会おう。アルも付き合ってくれ」

「わかりました」

「任せていいのか?」

「この前の交渉で残っていたのは俺たちだったしな。お前さんは検討会を続けてくれや」


 それじゃいってくるわと言い残し、退室していく三人を見送ったものの。


 この後に話そうと思っていた議題がマンガのことだった上、財務担当まで揃って抜けられてしまうと、正直、検討会も解散せざるを得ないというか……。


 とりあえず、マンドラゴラだけは方針を決定し、米については今後も相談を重ねながら、徐々に販路などを広げていくことでひとまず決着。検討会はお開きとなった。


***


「よかったら、マンドラゴラを譲ってくれないかい? ハイエルフの友人たちへプレゼントしたいんだ!」


 検討会を終えた後、ファビアンから声をかけられたオレは、マンドラゴラ畑へ足を運んでいた。


 てっきり芸術的な形状のものを欲しがっているのかと思いきや、このクセの強いイケメンも、例のセクシーな形状をしたマンドラゴラが欲しいらしい。


「別に他意はないのだよ! あの艶めかしい形状に、新しい可能性を見出しただけなのさっ!」


 キラリと白い歯を覗かせるファビアン。恐らくは芸術を追求したいという純粋な気持ちからのお願いなんだろうけど、こっちとしては勘弁してくれという思いでしかない。


(マニアの輪っていうのは、こうして広がっていくんだろうなあ……)


 このまま広まっていくようなことがあったら、そのうちセクシーマンドラゴラのコレクターでも現れるんじゃないかな。極秘にオークションが開かれて、高値で取引されたりとかさ。


 そんな悪夢のような想像を、想像のままで終わらせるためにも、控えめセクシーなマンドラゴラを手渡そうと思っていたんだけど。


 いざ畑に到着してみれば、マンドラゴラを管理しているリアとクラーラ、ジゼルの姿が見当たらない。


 どこかに行っているのかななんて、辺りをキョロキョロ見渡している矢先、遠くの方から、駄々をこねるジゼルの声が聞こえてくることに気がついた。


「い〜や〜で〜す〜! わ〜た〜し〜も〜!!」

「ダメったらダメ! アンタはここで留守番してなさい!」


 視線をやった先では、白衣にしがみついたジゼルを引きずって、のっしのしと歩いてくるクラーラが見える。


 隣へ並んだリアが、ふたりをなだめているようだけど……。なにやってんだ?


「あれ? タスクさん? 何か御用ですか?」

「うん、ちょっとね。……っていうか、クラーラとジゼルはどうしたんだ?」


 こちらに気付いたリアへ逆に問いかけると、その後方から、ぜぇぜぇと息を切らしたクラーラが声を上げた。


「あっ! ちょうどいいところに! アンタもこの娘に言ってやって!」

「言ってやって……って。何を?」

「止めても無駄です!! 何と言われようと、私はお姉さまのそばを離れないんですから!!」


 ふんすと鼻息荒く、ダークエルフの少女はクラーラの腕に絡みついた。……スマン、まったく状況が把握できない。


「実は……。つい先程、クラウスおじ様からお手伝いを頼まれまして……」


 そう切り出したリアの口から語られたのは、次のようなことだった。


***


 使者との面会で、クラウスとアルフレッドはこちらから移住者を迎えに行くと先方へ伝えたそうだ。


 内訳としては猫人族が六十名。その中には子供も含まれている。


 通常の移住者たちとは異なり、劣悪な環境で暮らしていた人たちのため、ある程度のケアが必要になるだろう。


 中でも特に重要なことは風土病を持ち込ませないことにある。


 見知らぬ病をこの土地で流行らせないためにも、体調の悪い人、怪我をしている人がいるなら治療をしなければならない。


 衛生的観点から医師の帯同は不可欠であり、クラウスはリアとクラーラのふたりへ協力を求めたのだった。


***


 とりあえず事情はわかった。水際対策の一種みたいなものなんだろう。


 ……あれ? 前に難民のハーフフットたちがやって来た時も、そんな対応してたっけ?


 ふとした疑問に、リアは表情を曇らせる。


「恐らくですが。重い病にかかっている人たちは、ここへ来る前に亡くなっているかと……」

「そうか……。それは、悪いことを聞いたな……」

「いえ、ここへたどり着いた人たちは全員助けることが出来ましたし。なにより、今も元気に暮らしているじゃないですか。前向きに捉えないと!」


 精一杯の笑顔を見せるリア。その淡い桜色をした柔らかい髪を軽く撫でてから、オレは話題を引き戻した。


「それで? ジゼルはなんだって騒いでんだ?」

「自分もついていくって、さっきからウルサイのよ。……っていうか、いい加減離れなさいっ」


 腕をブンブンと振り回すクラーラだが、ダークエルフの少女はしがみついて離れない。


「嫌です! これで離したら、お姉さまは私を置いて出かけるつもりなんでしょう!?」

「そんないきなり出られるわけないでしょう!? 準備が必要になるんだから!」

「じゃあ、私も連れて行ってくれるんですか!?」

「それとこれとは話は別よ!」

「け〜ちぃ〜!!」


 よくわからないけど、一応、薬学の弟子なんだろ? 連れて行っちゃマズイのか?


「今回のような場合だと、怪我人や病人ばかりという可能性もありますので……」


 前置きした上で、リアはそういった現場の悲惨さを語った。


「四六時中、助けを求める人の声や、うめき声の中で過ごすこともありますし。経験の浅いジゼルちゃんには酷かなって」

「そうそう。アンタのためを思っていってるんだから、ここで大人しく留守番してなさい」


 クラーラの諭す言葉に、ジゼルはむくれ顔で即答する。


「嫌です!!」

「アンタねえ……」

「私だって、一生懸命に勉強してきたんです! まだまだ半人前かもしれないですけど、それでも皆さんのお役に立ちたいんです!」

「ワガママもいい加減にしてっ! 遊びじゃないのよ!?」

「わかってます!」

「わかってない!」


 押し問答の様相になってきたな。うーむ、お互いの言い分はわかるんだけど……。


「とりあえず、連れて行ってやったらどうだ?」


 オレの提案にジゼルは瞳を輝かせ、クラーラは目を丸くしている。


「アンタ、自分が何言ってんのかわかってんの?」

「心配するクラーラの気持ちもわかるけど。ジゼルだって、生半可な気持ちで弟子を志願したわけじゃないんだろ?」


 はいっ! と、元気に応じるダークエルフの少女を見やってから、オレは続けた。


「それに、過酷な現場が待っているとしたら人手は必要だろうしな。普段から接している弟子がいたほうが助かるんじゃないのか?」


 言い終えると同時に、クラーラへ深々と頭を下げるジゼル。


「お願いです! お姉さまやリアさんの足手まといにならないよう、精一杯頑張りますので!!」

「……」

「もし邪魔になるようなら! その際は破門にしてもらっても構いませんっ! ですから、お願いですっ!」


 ダークエルフの少女の叫びは、少なくともリアの心を動かしたらしい。


 諦めの表情でクラーラの肩をポンと叩き、リアは口を開いた。


「こうなったら、連れていくしかないんじゃない?」

「リアちゃんまで……」

「無下に断って、医学への情熱を冷ましてもいけないしね」


 一点の曇りのない、真っ直ぐな眼差しを向けられ続けたことに、クラーラも音を上げたようだ。


 深くため息をついてから、真剣な表情へと切り替わり、厳しい視線をジゼルへ向ける。


「わかったわ。ついてきてもいいわよ」

「やった!」

「ただし! 役に立たないと思ったら、その場ですぐ破門にするから。覚悟してなさい?」

「はぁい! お姉さま大好きっ!!」


 厳しい言葉を投げかけられたにも関わらず、クラーラへ抱きつくダークエルフの少女。


 ドタバタと繰り広げられる光景を眺めやりながら、オレとリアは顔を見合わせ、どちらともなく苦笑するのだった。

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