187.新商品検討会

 どんちゃん騒ぎから一夜明け。


 メイドたちが披露宴の片付けをしている最中、オレは五人の奥さんと協力して、とある準備に取り掛かっていた。


 場所は集会所の一階、大広間。昨日の華やかな挙式から一転、殺風景な空間へ長テーブルと椅子、それに領地の収穫物が並べられていく。


 作物の品評を兼ねた、商品検討会を開くのだ。


 いつもだったら、アルフレッドと相談して売り方を決めていたのだが、今回は品揃えがちょっと特殊というか、なんというか。


 とにかく。


 披露宴に来てもらったことで、ちょうどみんなも集まっているし、様々な意見をもらうために招集をかけたのだが……。


「っつ〜……。頭痛ぇ……。あれ? 俺が一番乗りか……?」


 声をかけた中で最初に姿を見せたのはクラウスで、アルコールの匂いを漂わせながら、フラフラと椅子へもたれかかった。


「ったく。いい年齢としして、飲みすぎなんだよ」

「にゃにおぅ? ダチのめでたい日なんだぞ? 飲まなくてどうする」

「絡み酒するぐらいだったら飲むなっつーの」

「……あー。ダメだ。みんな来るまで寝させてくれ」


 力なく応じた後、クラウスは倒れ込むようにテーブルへ突っ伏した。艶のない銀色の長髪がテーブル上へ広がる光景に、リアが心配の眼差しを向けている。


「クラウスおじ様……。お辛いようでしたらお薬用意しますよ?」

「リア、ありがと……。悪ぃけど、よろしく頼むわ……」


 はぁいと元気よく駆けていくリアの後ろ姿を目線で追いつつ、ハイエルフの前国王はポツリと呟く。


「いい奥さんだなあ……」

「やらんぞ」

「わかってるよ。結婚っていいもんなんじゃねえかって、改めて思っただけさ」


 そう言って、再び机に突っ伏すクラウス。……好意を寄せる相手はいるんだから、年齢のことなんか気にしないで、お前も結婚すればいいんだよと思ったものの、あえて口に出さず。


 アルフレッドから言われた通り、しばらくは見守っておくことに決めたのだ。


 時間が経つにつれ、集会所にはぞろぞろと人が集まり始めた。リアが戻るのを待ってから、検討会を始めることにしよう。


***


 クラウス以外に声をかけたのは、アルフレッド、ファビアン、クラーラ、ジゼル、ソフィア、グレイスで、ここへ五人の奥さんを加えた面々が検討会の参加者となる。


 手渡された粉薬をしかめっ面で飲み干しているクラウスを横目で見やりながら、オレは参加してくれたことへの感謝と、検討会のテーマを伝えた。


「販売方法をどうするか迷っている作物があるんだ。どういう手法を取るのがベストか、みんなからアイデアをもらいたい」


 まず最初に取り出したのは例のマンドラゴラで、イヴァンから顰蹙を食らったセクシーなものから、オモシロ形状のものまで、一通りテーブルへ並べていく。


「えー? これぇ? このまま売って、何も問題ないと思うけどぉ?」


 M字開脚をした、艶めかしいマンドラゴラを抱えるソフィアの呟きに、ヴァイオレットが声を荒げる。


「なっ……! 何を言うかっ! 問題だらけだろう!」

「どうしてぇ?」

「どうしてもなにも……! こっ、このように破廉恥な造形の物を世へ送り出すとかっ……」

「これはマンドラゴラであってぇ、生き物じゃないんだよぉ? いやらしくもなんともないじゃない?」

「そっ、それは……! そうなのだが……!」

「うーん。それともぉ、ヴァイオレットさんにはぁ、そういうエッチな形に見えちゃうのかなぁ?」

「なっ!?」

「そういうことを考えている人に限ってぇ、そういう形に見えちゃうだけだと思うけどぉ?」


 あー……。ソフィアさんや、オレの奥さんをいじめるのはそのぐらいで止めてください。


 ほら、顔を真っ赤にした挙げ句、プルプル身体を震わせて、今にでも「クッ殺!」って叫びだしそうでしょう?


 というかね、普通はセクシーな形状に見えてもしょうがないって。オレだってそうだもん。


「そうかなぁ?」

「そういうもんさ。愛好会のみんなは喜んで作ってるみたいだけど、領主としては、もうちょっと抑えめでお願いしたいところだね」


 不満顔のソフィアの次に声を上げたのはファビアンで、考える人の形状をしたマンドラゴラを手に取りながら、ひとつの提案をした。


「中には芸術性に優れた造形の物もあるようだ。そういったマンドラゴラは、お酒に漬け込んで販売するのはどうだろう?」

「酒に漬ける?」


 そういえば、以前、滋養強壮に効く養命酒的なポジションの『マンドラゴラ酒』があるって聞いたな。


「それだよ。中身の見えるガラス瓶へそのままの形で放り込めば、芸術的なマンドラゴラ酒として人気が出ると思うよ」

「独特の形状を逆手に取るのか」

「その通り。少なくとも僕は欲しいし、精霊像の形に近いものができれば、縁起物としても売れるんじゃないかな」


 なるほど、それは面白そうだ。試しに作ってみて、ファビアンの店で人気が出るか、試験販売するのもひとつの手だろう。


 セクシーが過ぎる形状のものは、細かく切って乾燥させて、原型をわからなくさせて売ればいい。


 この提案はアルフレッドによるものだ。


「細かくすることで、マナの減少は否めませんが。それでも野生のものよりかは強力です。十分に商機はあるかと」


 なるほどと頷いたものの、愛好会の面々は一様にガッカリとした表情を浮かべている。……お前ら、そんなにセクシーなマンドラゴラを売りたいのか?


「反対、はんたーい! 芸術の自由を認めろー!」

「作るなって言ってるわけじゃないんだからさ……。別にいいだろう?」

「このままでも人気が出ると思うんですけどねえ……?」


 ジゼルが残念そうに見やっているマンドラゴラは、両腕を寄せて胸を強調しているようにしか思えない形状のもので、オレは心の中でイヴァンに「申し訳ない」と謝るのだった。


 はあ……。今日の議題はマンドラゴラだけじゃないんだぞっ!?


 これに関しては結論は出たということで、半ば強引に話題を切り上げ、一部から沸き起こるブーイングを聞き流しつつ、次の議題へ進むことにした。


***


 次にテーブルへ並べられたのは、先日収穫したばかりの米である。


 試食用として、塩むすびと二種類の焼きおにぎり――にんにく醤油とごま油を塗ったものと、くるみ味噌を塗ったもの――を用意した。


 説明も聞かず、美味しい美味しいとバクバク頬張り始めたのはアイラで、追随するようにベルとエリーゼも、見慣れない三角形の料理を口元へ運んでいる。


「タックン! これ、めっちゃ美味しいよ☆ ウチはくるみ味噌のが好きカナー♪」

「わ、私はにんにく醤油のものが……。ごま油が香ばしくて、とても美味しいです!」


 他の面々も次々と食べ始め、口を揃えて美味しいと言っている。


 どうやらお世辞を言っているわけではなさそうだし、こっちの世界の人たちにも米食が受け入れられたのは嬉しい限りだ。


「味は問題ありません。栄養価については以前より伺ってましたし、主食としても十分過ぎると思います。問題はないように思えますが」


 アルフレッドの声に、オレは精米する前の稲穂を取り出してテーブルへ置いた。


「これが収穫したばっかりの米な。ここから脱穀して、精米していく必要があるんだけど」

「脱穀はいいとして、精米加工をどうするか。そんなところでしょうか?」


 口を挟んだグレイスに、オレは頷いた。


「幸いウチの領地では魔法石を動力源に、自動で杵をついてくれる石臼がある。長時間かかる精米作業も、放置しておけばいいだけの話なんだけど……」

「魔法石がない場合は人手がかかる、と?」

「水車がある地域だったらいいんだ。水力を動力源にすればいいだけの話だからね。ただ、そういった場所は数が限られるだろう?」


 ウチの領地だけで、大陸中へ出荷できるだけの収穫量が見込める上、併せて精米もできるなら話は別だけど……。現状、領民みんなへ行き渡らせるだけで手一杯って感じだし。


 稲作を伝搬させていくとしても、精米技術もセットでなければ定着しないだろうからな。そのへんが悩みどころなのだ。


「魔法石も万能ではありません。ようやく作れるようになったとはいえ、在庫としてはまだまだ心もとないですし……」


 つまりは「米と一緒に出荷するのは難しいですよ」というニュアンスを込めたグレイスの返事に、塩むすびを手に持ったクラウスが応じた。


「タスクの気持ちはよくわかるけどよ。一挙に大陸全土へ広める必要はねえだろ?」


 そして塩むすびをパクリと一口。二日酔いから復活したことで食欲も出てきたのか、すでに焼きおにぎりはなくなっている。


「どういう意味だ?」

「技術が確立してないものを伝搬させようとしたところで、かえって苦労するだけって話さ。近い地域を中心に広めていって、徐々にその範囲を拡大してやればいい」

「そうは言うけど、飢えを解消する目的に作ったところもあるからさ。悠長にやってられないだろ?」

「まあまあ。そんなに焦りなさんなって」


 指についた米粒をぺろりと舐め取り、名残惜しそうに皿へ一瞥をくれてから、クラウスは顔を上げた。


「これから市場ができれば技術や文化も自然と集まる。中には、精米技術に応用できるようなものもあるかもしれん。それからでも遅くはないさ」

「そうかもしれないけど……」

「ノウハウがなけりゃ無駄骨で終わるだけだぜ? 種籾を入手した連合王国の村を思い出せよ。今じゃ誰も稲作なんてやってなかったんだからな」

「うーん……」

「急いては事を仕損じる、ってな。こいつはその手のたぐいの話さ。着実に結果を残していかないと……」


 ――ドンドンドンッ。


 言葉尻を遮るように、部屋中にドアをノックする音が響き渡る。


 音もなく開かれたドアから姿を表したのは、シワひとつない執事服に身を包んだハンスで、恐縮の面持ちで一礼した後、こう切り出した。


「お取り込み中、大変申し訳ございません。実は子爵へ来客が」

「オレに?」

「はい。獣人族の使者を名乗っております。何でも、移住者についてお話したいことがあると……」

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