180.帰り道。米の収穫
ジークフリートとクラウスを残し、オレたちは領主邸へと戻っていた。
「大陸将棋協会の長として、今日こそ決着をつけてくれよう!」
……なんていった具合に、夜通し将棋を指し続けるつもりらしい。
ふたりに付き合ってたら徹夜になってしまうので、逃げるように来賓邸を抜け出してきたんだけど。
「タスク君。ちょっといいかな?」
出た直後に呼び止めたのはゲオルクで、奥さんたちへ先に帰っておくよう伝えてから、オレはクラーラの父親と向かい合った。
「先程話していた件なのだが……。その……、同性同士の婚姻を認めろという……」
慎重に言葉を選びつつ、ゲオルクは頭を下げた。
「すまない。結局、君には迷惑を掛けてしまったな」
「え? な、何のことです? 頭を上げてください」
「同性同士の婚姻を持ち出したのは、クラーラのためを思ってなのだろう? 娘が自由に暮らせるようにという配慮からだと理解したのだが……」
ゲオルクから直接聞くことはなかったけど、クラーラが同性愛者だってことは気付いていたのか。……そりゃそうか。父親だもんな。
しかしながら、クラーラのためというのは、ちょっとした誤解なのだ。
「誤解かね?」
「ええ、誤解です。そもそも、そんなことしたところで、クラーラの性格上、憎まれ口を叩かれて終わりでしょうし」
「それは……。……まあ、我が娘のことながら否定はしないが……」
困ったような表情のゲオルクに、オレは肩をすくめて応じる。
「つい先日のことなのですが。ダークエルフの国から同性愛者の女の子がやってきたのです」
「ダークエルフの国からかい?」
「ええ。彼女も国では厄介者扱いされていたようで。ここで預かることにしたのですが……」
ずっと考えていたのだ。いわれのない偏見や差別で疎まれた人たちが普通に暮らしていくにはどうしたらいいのか。
獣人族の『忌み子』も同じだ。見た目が違う、ただそれだけで蔑まれ、劣悪な環境へ追い込まれている。
そういった人たちがごくごく普通に、当たり前の日常を送れるような土地にしたい。
「そういう思いから、あんな提案をしたんですよ。異邦人が領主の土地なら、“非常識”な考えでも、『異邦人の考えることだから仕方ないな』ってなるでしょうし」
「それは……。恐らく、そうなるだろうが……」
「正直なことを言えば、オレだって面倒なことは避けたかったんです。アイラたちとのんびり畑を耕して暮らしていければ、それでよかったんですよ」
「……」
「一年前までは本当にそう思っていたんです。……でも、ここで暮らしていくうちに、領主としての務めを果たしていくうちに、段々と考えが変わってきまして」
オレを慕ってくれる人、頼ってくれる人、みんなが平和で幸せに暮らせるようにしたい。
そして、オレが死んだ後、次の世代へそれを引き継げるようにしていかなければならない。
「いくらなんでも、今から死ぬことを考えるなんて、早すぎやしないかね?」
戸惑いの声を上げるゲオルクへ、オレは微笑んで応じた。
「お忘れですか? 異邦人とはいえ、オレはどこにでもいる普通の人間ですよ。長命種の人たちとは違って、せいぜい八十まで生きられたら御の字です」
「……八十歳か。我々、古龍種からすると一瞬だな……」
「ええ。ですから、のんびりもしてられないんですよ、残念ながら」
ゲオルクは納得したのか、軽く息を吐いて頷くと、
「私も自分の努めを果たすとするよ。せめて、僅かな間でも、君がのんびり過ごせるように、ね」
そう言い残し、来賓亭へと踵を返すのだった。
……やれやれ、ゲオルクにはあんなことをいってしまったが。
この世界へ来た当初に願っていたスローライフの夢はどこへいってしまったのやら。のんびり、気楽にがオレのモットーだったはずなんだけどなあ?
ま、無我夢中に働いたところで、元いた世界で務めていたブラック企業よりも、遥かにホワイトな労働環境ってところは救いだけど。
いや、ホント、残業ないとかマジで天国だからな。終電に揺られて帰る必要もないし。
そう考えると、ここでの暮らしを守っていくというのは、みんなのためであると同時に、自分のためでもあるわけだ。
「ますます頑張んないとダメだよな、それは」
誰に言うまでもなく呟きながら、外灯球に照らされた夜道を辿り、オレは家路につくのだった。
***
それにしても。
つくづく
このスキルのおかげで、季節に関係なく作物は三日で収穫できるし、農閑期もない。
そして何より、夏を前にして新米が食べられる!
頭を垂れる稲穂が畑に広がる光景というのは、なかなかに感慨深い。
この世界に来てから一年あまり、待ちに待った米の収穫だ。
隣ではエリーゼとアイラ、それにしらたまとあんこが、立派に成長した稲穂を熱心に見やっている。
特に、原稿作業から一時的に解放されたことが嬉しいのか、ふくよかなハイエルフは目を爛々とさせて、どうやって食べるのか、味はどんなものなのかなど、矢継ぎ早に声を上げた。
「落ち着けって。脱穀して、精米しなきゃ食べらんないしさ」
「ご、ごめんなさい……。つ、つい……」
「いや、気持ちはわかるよ。オレも早く食べたいしね」
脱穀機は『遥麦』でも使ってるし、手間はかかるけど石臼を使えば、精米も問題なく行えるだろう。
「土鍋で炊いてもいいし、雑炊でもいいし。粉状にしてパンにするっていうのもいいなあ」
「いろんな食べ方があるんですねえ……」
「うん。栄養価もあるしね。でもやっぱり一番は炊いたご飯かなあ。もちもちして甘みがあって……」
口の中で自然と唾液が広がっていく。おっといけない、危うくよだれが垂れるところだった。
「タスクや。こやつらに少し分け与えてもいいかの? さっきから待ちきれないといった様子なんじゃが……」
アイラの隣で、二匹のミュコランが姿勢よく「待て」の状態のまま、稲穂へ熱視線を送っている。
「ああ、いいよ。しらたまもあんこも収穫を待ってたからな。遠慮なくお食べ」
「みゅ〜! みゅみゅみゅ〜!」
機嫌よく鳴き声を上げ、嬉しそうに稲穂をついばむ二匹のミュコラン。うんうん、喜んでくれているようで何よりだ。
しかし、随分丸っこい米になったな。籾殻を取って中を見たけど、長さは一般的な日本米とあんまり変わらないのに、厚みと幅があるっていうか。
塩水選を繰り返した結果、徐々に形状が変わっていったのはわかってたけど、こんな形になるなんてな。
せめて日本で食べていた白米に近い味ならいいんだけど。そんな一抹の不安が残るものの、それ以上に期待は大きい。
ご飯のお供としてカレーがあるだろ? から揚げもある。あっ! 卵かけご飯もアリだな!
……みんなからは「生卵を食べるとか信じられない」って言われるけどさ。半熟卵もダメだっていうし。うーむ、悲しき食文化の違いよ……。
いやいや、それがダメながら別のお供だってあるじゃないか。エビフライもあるし、カキフライもある。
それに揚げ物といったら、なんといってもトンカツだ。醤油が出来たことでソースも作れるようになったし、これはワクワクが止まらないなあ!
……なんてことを話していたら、エリーゼがこんなことを尋ねてくるのだった。
「トンカツってなんですか?」
「トンカツっていうのは、豚肉に衣をつけて、油で揚げた料理で……」
説明している最中にも関わらず、エリーゼとアイラは顔を見合わせて、それから小首を傾げた。
「豚、ですか? 猪とか、ヤクとかではなくて?」
「うん。豚だけど」
「スピアボアでも、
「いや、だから豚肉なんだって」
何度も確認した後に小さくため息をついたエリーゼは、困惑の眼差しをオレに向けている。
「そ、そのぅ……。非常に言いにくいんですけれど……」
「?」
「この一帯に豚はいません」
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