170.進捗どうですか?

 マンガ制作は順調に進んでいる……と思う。


 断言できない理由はソフィアの描いている少女向け将棋マンガの進捗が微妙だから、なんだけど……。


「何度も言ってるけど、露骨なまでにクラウスを登場させようとするなよっ!」


 何度目のリテイクかわからないネームに目を通しつつ、オレは叫んだ。


 正確にいえば、クラウスによく似た、恋の相手役となるキャラクターなのだが、大ゴマだけに飽き足らず、見開きまで使って何回登場させる気なんだ、お前はっ!?


「ぶぅ〜……。いいじゃなぁい。女の子向けのマンガなんでしょう? カッコいい王子様がいっぱい出たほうが喜ぶわよぅ」

「まだ一話目だぞ! 絶対におかしいだろ! 主人公の女の子より目立ってどうする!?」


 原稿をテーブルへ置くと、口を尖らせているソフィアの顔が視界に入る。


「クラウス……じゃなかった。カッコいい相手役を出したい気持ちはよくわかるけど、もっとさり気なく出したほうがいいって」

「それじゃあこの人の魅力をわかってもらえないじゃない! かっこよくてぇ、素敵でぇ、イケメンでぇ……。とにかく、みんなに知ってほしいのぉ!」


 ……すべて同じ意味合いなんですけれど、それに関して疑問に思わないんだろうか? 多分、思わないんだろうなあ。


 頭を抱えながら、大きなため息をひとつ。


 ……こうなったら仕方ない。ソフィアへ極意を授けることにするか。


「……仮面?」

「そう、仮面だ。ヒーローの魅力を最大限に引き出す、それが仮面なんだよ!」


 『セーラームーン』における『タキシード仮面』、『ガラスの仮面』における『紫のバラの人』。


 古来より仮面を被ったヒーローというのは、主人公がピンチの時、颯爽と現れ、華麗に助けてくれると相場が決まっているのだ。


 ……え? ガラスの仮面は違うだろって? ニュアンスがあってりゃいいんだよ!


 そんなこんなで、「恋の相手役が、実は陰ながら主人公を助けてくれるヒーローだった」という演出を加えてみてはどうか、アドバイスしたのである。


「なるほどぉ。それぇ、面白そうねえ!」


 そうして熱心に頷くソフィアから、後日、修正されたネームが手渡されたんだけど。


 それまで描かれていた恋愛中心のストーリーとはがらっと様変わりし、バトル要素を含めた将棋マンガになっていたので、むしろ逆効果になっていた可能性は否めない。


 ……結果、面白そうだからゴーサイン出したけどね。どんな将棋マンガになるか見てみたいじゃん?


 一方でエリーゼの進捗は完璧と言ってもよく、切磋琢磨し、互いを高めあっていく王道将棋マンガとなっている。


 ……ただ、なんというか、主人公がオレに似ているのはいつまで経っても慣れないねえ。こんな『努力・友情・勝利』な性格でもないし。


「いいえ、タスクさんは素敵です! この主人公じゃ、タスクさんの魅力を伝えきれないんじゃないかって、ワタシ心配で……!」


 キラキラした瞳で、真っ直ぐにオレを見つめるエリーゼ。オレとしては赤面するしかないわけだ。


 うーむ、こんな事になるんだったらキャラデザの段階で描き直してもらうべきだったなあ。


 ともあれ、原稿はなんとかなりそうだ。もうひとつの問題は製紙工房なんだけど。


 そちらは完全にクラウスへ任せてしまっているため、オレは状況を確認するべく、出版社の仮社屋となった旧家屋へ足を運ぶことにした。


***


「……ん? 工房か? 順調だぞ」


 寝室を事務所代わりにしているハイエルフの前国王は、書類に目を通しながら呟いた。


「紙作りに使う装置も『転送屋』に頼んで運び込んでもらったからな」

「ああ、転送屋か。だいぶ前に牛を運んで貰ったな。利用料高いって聞いたけど?」

「仕方ねえな。装置がでっかい上に、壊れやすいって言うからよ。使わざるをえないってわけだ」


 そんでもって、これが装置の使い方らしいと、手に持った書類をヒラヒラと動かし、クラウスは少年のような屈託のない笑顔を浮かべた。


「さっきから読んでるんだけどよ……。これがさっぱりわかんねえでやんの。笑えるな?」

「笑えないって。どうするつもりだ?」

「問題ねえよ。最初から俺ひとりで始めるつもりじゃねえし、手ほどきしてくれる職人は手配してる」

「それならいいけど」

「模写術士も数日中には来る予定だ。すべて予定通りだな」


 机に書類を放り投げ、クラウスは頭の後ろで手を組んだ。


 書籍を複写コピーする魔法を使う模写術士。出版には欠かせない人物だとは思うけど、どうしても気になることが。


「書籍を複写する時って模写術士に頼んでるけどさ、大陸に印刷機ってないのか?」

「あるぞ」

「あるのか?」

「おう。それでこそ、タスクの先輩にあたる異邦人が、その技術を伝えたって記録が残ってるしな」


 ……マジで? ハヤトさんが?


 話を聞けば、それは活版印刷に違いない代物で、そんなに便利なものがどうして普及していないのかが疑問なんだけど……。


「庶民は本なんぞ読まねえからな。大量に印刷する必要がねえんだよ」


 書籍の大半は知的財産として国が管理しているため、模写する頻度も少なく、数も限定されている。それなら模写術師の魔法を使った方が、早い上に正確だそうだ。


 ちなみにハヤトさんの残した『三大技術』というものがあるそうで、それが『複式簿記・水道・活版印刷』らしいのだが。


 活版印刷は前述の通り普及せず、水道に関しては龍人族が独占し、唯一広まったのが複式簿記らしい。


 うーむ、チートの持ち腐れだな……。


 ……いや、印刷技術に関しては、マンガが普及して大量生産が必要になれば、日の目を見ることもあるだろうし、キチンと後世に伝えていかなければ。


 いわば「産業革命の第一歩はマンガから!」である。妙なスローガンになってしまったけど、これもまた異世界の趣があっていいということにしよう。


 とりあえず、製紙と印刷に関してはクラウスへ任せておく。正直、オレとしても、これ以上仕事を増やしたくないしね。


 それから数日経ったある日のこと。


 再び領地へ、獣人族の使者たちが現れたのだった。

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