169.水晶工房

 二週間が経過したものの、獣人族の国から使者は訪れない。


「向こうとしても交易はしたいでしょう。初手で失敗したこともあり、調整に時間がかかっているのでは?」


 そう前置きした上で、大きく構えているのが一番ですよとアルフレッドは続ける。


 例の『耳欠け』と呼ばれる人たちのことを知って以来、どうにかして移住させられないかと気が早っているようだ。少しは落ち着かないといけないな。


 ……あ、そうだ。移住といえばなんだけど。


 新たにやって来たダークエルフの作業用に、工房をひとつ立ち上げることにしたのだった。


 北の洞窟で採掘してきた水晶を加工するためのもので、ガラス細工や金属加工に優れるダークエルフなら、水晶も細工できないかと要望を伝えたのだが。


 水を得た魚のように、いきいきと仕事へ取り掛かったダークエルフたちは、次々に鮮やかな彫刻や装飾品を生み出していく。


 特に目を見張ったのが、球体にした水晶の内部へ空洞を作り、内部へもうひとつの球体を掘り出すという、『二重水晶球』と呼ばれる芸術品で。


 非常に難易度が高いことから、これが作れるようになると熟練の技術者として認められるらしい。


……ただ、この技術、どっかで見たことがあるんだよなあ。どこだっけか?


「ああ、そうだっ! 『象牙多層球』だっ!」


 懐かしいなあ。台湾へ旅行に行った際、故宮博物館で見たんだっけか。


 あの時は『翠玉すいぎょく白菜』の展示より、そっちへ夢中になっちゃってなあ。見事な細工に心が奪われたもんだよ。


 しかしながら、そんな話はダークエルフたちに通じず。


 「なんですか、それ?」という当然の疑問と、訝しげな視線を投げられるだけなのだった。


 そんなわけで、『二重水晶球』を手にしながら『象牙多層球』の説明をすることに。


 これが彼らの職人魂に火をつけてしまったらしい。


 要はこの水晶玉と同じで、象牙で作った球体の中へ、何層にも重ねった球体が作られているんだよと話した瞬間、ダークエルフたちが途端にざわつき始めたのだ。


「そ、その……。その象牙は、球体の内部に、どのぐらいの層の球体が作られていたのですか?」

「んー? 詳しくはわからないけど。確か二十はあったと思うよ」

「に、にじゅっ……!?」


 絶句するダークエルフたち。


 チートラノベの主人公なら、「あれ? オレまた何かやっちゃいましたか?」と言いたくなる所だけど、悲しいかな、残念なことに何もやっていない。


 そもそも、それ、オレが作ったわけじゃないからなあ。


 それからというものの、水晶工房では水晶玉の多層加工へ取り組むダークエルフたちが急増し、各々が職人としての腕前を競い合うようになったようだ。


 象牙と水晶じゃ素材が違うし、加工も細工も難しいと思うけど……。きっかけがオレの発言なので、どうにも指摘しにくい。


 とはいえ、技術の向上にはつながっているようで、更に見事な水晶の彫刻が作り出されるところを見ると、上手くいきそうな予感もする。


 まっ、いいか。しばらくは様子を見ることにしよう。


***


 米の生育は順調で、最初の頃に比べると茎も太くなり、塩水選で残る種籾の割合も五割へ達しようとしていた。


 この分なら本格的な稲作を始めていいかもしれない。


 かなりの量まで増えた種籾を手に、いよいよ味わえるであろう白米の味を脳裏へ再現している最中、ふたりの人物が声をかけてきた。


 翼人族のロルフとワーウルフのガイアだ。


「タスク様にお願いがあるのですが……」

「お願い?」

「左様。我らがここ最近、相談しあっていたことをお伝えしたく」


 曰く、移住者たちが次々にやってくるものの、新たな仕事を任されることが殆どで、従来の仕事の引き受け手がほとんど居ないことに頭を悩ませていたらしい。


 加えて、オレの構築ビルド再構築リビルドというスキルの影響も少なからずあるようだ。


「タスク様のスキルによって、季節に関係なく、作物は三日間で収穫できます」

「すなわち、この土地には農閑期というものがないわけですな。ありがたい話ではあるのですが……」

「反面、収穫を増やそうにも人手が足らず、どうしたものかと」


 ……言われてみれば、確かに盲点だ。


 交易品を増やそうと新たな特産品を作り出すことに夢中で、人員配置のバランスを欠いていた点は否めない。


「そこでですね。我々翼人族の仲間を、新たに迎え入れるのはどうだろうということになりまして」

「ロルフたちの?」

「ええ。以前より、この土地へ興味を持っていた者たちがおりますので、声を掛ければすぐに参上するかと」


 その許可をもらうためにやってきたそうだ。……むう、オレが至らないばかりに申し訳ない。


「こちらとしても助かるよ。よろしく頼めるかな」

「かしこまりました。すぐに手配をいたします」

「正直な話、そこまで気が回ってなかった。苦労をかけて済まないな。今後も指摘してくれると嬉しいよ」

「とんでもない。タスク様のお役に立てれば、我々としてもこれ以上の喜びはありません」


 領主として全体のことをもっと把握しなければと、ただただ猛省。そもそも、食料を増産しなければ、今後増える一方の移住者にも対応できなくなるし。


 ……もしかしてガイアも、ワーウルフの仲間を新たに呼び寄せる手配をしてくれるのだろうか?


 そう尋ねると、隆々とした肉体美を誇示しながら、ガイアは豪快に笑ってみせた。


「がはははは! 主殿をお守りするのは、我ら『黒い三連星』だけで十分というもの! 他のワーウルフを呼び寄せる必要などどこにもないですな!」


 ロルフと一緒に来たのは、新たにやってくる翼人族の住居作りを手伝って欲しいと、そういうことだった。


「そもそもですな」


 両腕で力こぶを作り、ガイアは続ける。


「我らの一団と他のワーウルフたちとでは、なかなかどうして趣味思考が違いまして。同じ場所で生活をするのは難しいかと」

「……なんとなくわかる気がする」

「おお! ご理解いただけますか!? 流石はタスク殿! 我々が見込んだ主君だけのことはありますぞ!」


 横向きの姿勢に変わったガイアは、腰のあたりへ両腕で輪っかを作り胸元を強調する、ボディビルでいうところの『サイドチェスト』を決めてから、いかつい顔に白い歯を覗かせた。


 ……他のワーウルフたちと合わないというのは、こういうところなんだろうな、多分……。


 何はともあれ、それから三日も経たないうちに、新たな翼人族が領民として加わることになった。


 その数、実に四十名!


 畑仕事と畜産に従事してくれるのは非常に助かる。この分なら、食料の備蓄も増えていくだろう。


 とはいえ、だ。


 翼人族が増えた分、甘いものマニアの彼らのため、オレ主催による、お菓子教室を開催する回数も増えてしまったのだが……。


 まっ、些細なことだな。レシピが尽きるまでは付き合うとしようか。

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