147.カミラと新たな戦闘メイド

 その日の午後、ダークエルフの移住者たちを伴って、イヴァンがやってきた。


 男女合わせて二十名が新たに領民として加わることになる。


 移住者の人数を巡ってはダークエルフの長老おじいちゃんたちが散々注文を付けていたそうで。


「ハイエルフちゃんは三十人以上移住しているのに、どうしてウチは少ない人数じゃなきゃダメなの!?」

「そうよ! ハイエルフちゃんばっかりズルいわ! 私達だって大人数で移住したいモン!!」

「だったらこうしましょ! アタシたちは五十人送っちゃえばいいじゃない!!」


 ……聞くに耐えない老人の癇癪を、脳内で美少女変換してから皆さんへお伝えしているので、若干の齟齬が生じているかもしれない点はご了承いただきたい。


 とにもかくにもそんなノリで、小さな村を丸ごと引っ越しさせるべく画策していたのを、イヴァンが必死に止めたらしい。


「久しぶりに、どっと疲れましたね……」


 そう口にしながら、力なく笑う義弟おとうとの労をねぎらいつつ、ダークエルフのために用意した住居へ案内させる。


 今日のところはゆっくり休んでもらい、本格的に明日から働いてもらう予定だ。


 しかし、移住者を次々に受け入れて改めて思うのは、領地の人口急激に増え過ぎじゃないかってことで。


 現状、領民の内訳はこんな感じなのだが。


・ワーウルフ……十人

・魔道士(魔族)……二十人

・翼人族……三十人

・ハーフフット……三十二人

・妖精族……四十人(知らない間に十人増えてた)

・ハイエルフ……三十五人

・ダークエルフ……二十人

・人間族……二人


 ……上記には奥さんたちやクラーラ、アルフレッドなどが含まれてはおらず、それらを合わせると二百名弱が暮らしていることになる。


 流石にこれだけ人数が増えてしまうと、仕事を指示するだけでなく、確認や報告にも追われてしまい。


 結果として家事や雑務をこなす時間だけでなく、自由な時間もガシガシ削られているわけなのだ。


 ファビアンから依頼された、二台目の水流式回転テーブルも作ることができないままだし。


 参ったなと頭を抱えている最中、カミラがこんなことを言い出した。


「ファビアン様のご依頼なら放置でもよろしいのでは? 多少は世間の厳しさを教えて差し上げた方が、ファビアン様のためにもなるというものです」


 ……つい先日まで仕えていた人物に、厳しすぎやしませんかね?


 オレは苦笑いを浮かべつつ、物作りによるストレス発散の効果をカミラへ伝えるのだった。


 もともと没頭できる作業は好きだし、せっかく構築ビルド再構築リビルドといったチートスキルも使えるのだ。活用しないというのはもったいない。


「ま、仕事が忙しくても、割といい息抜きになるのさ。ファビアンに頼まれなかったところで、別の物を作っていただろうしな」

「しかしながら、ご多忙なことはお変わりないでしょう。差し出がましいことをお許しいただければ、せめてその分、お体を休めていただきたいのが本音ですわ」


 主の健康管理もメイドの仕事ですと続けた上で、何かを閃いたのか、カミラは胸元で両手を合わせた。


「そうだ。あと数名、メイドを呼び寄せるというのはいかがでしょう?」

「呼び寄せるって……、戦闘メイド協会ってところから?」


 こくりと頷いたカミラは、雑務全般はメイドに任せ、その分ゆっくりしてはどうかと勧めてくる。


「いまもすべてをお任せ頂いてはおりません。これを機に、家のことはメイドに一任されては?」

「うーん。でもなあ、家事も意外といい息抜きになってるから」

「承知しております。以前もそのように仰ってましたので、その時は引き下がりましたが……。やはりすべてをこなすというのは、ご無理が生じるかと」


 乗り気でないオレに、カミラは言葉を続ける。


「それに、もしもタスク様が倒れられるようなことになれば、奥様方へ合わせる顔がありません。アイラ様、ベル様、エリーゼ様、リア様のためにも、ご一考いただければ幸いですわ」


 むぅ。嫁さんの名前を出されてしまうと、考えを改めざるを得ない。心配を掛けるのは、オレとしても本意ではないからなあ。


***


 そんなわけで、メイドの派遣を依頼したのが一週間前の話。


 戦闘メイド協会へ向かったカミラが、メイドたちを連れて戻ってくるのが今日の夕方の予定で、予定通り戻ってきたまでは良かったんだけど。


 執務室の中、カミラの後ろへ並ぶ、メイド服に身を包んだ四人が、揃いも揃って全身に傷を負っているのは何故なのだろうか……?


 中には包帯を巻いている人とか、目に眼帯をしている人もいるし。ここにくるまで一体何があったんだ?


 程なくしてカミラの口からその理由が語られることになったのだが。


「申し訳ございません。選抜試験を終えて、すぐに直行してきたものですから」

「選抜試験?」


 なんでも戦闘メイド協会へ連絡を入れたところ、天界族として異邦人に仕えることは最上の名誉ということで、次から次へ立候補が殺到。


 人数を絞るため、極めて高い技能基準を設けてふるいにかけたものの、それでも四十人以上の候補者が残ることになった。


「このままでは埒が明かないということで、最終的に、拳と拳を交えて決めることになったのです」

「何でだよ」


 思わず突っ込んでしまったものの、これが冗談でも何でもなく、大真面目な話だそうで。


 戦闘メイドはあるじの身を守れるのが当たり前。家事や雑務をこなすスキルが同等である以上、最後に物を言うのは腕力という流れになったらしい。


「戦闘執事協会も、候補者が殺到した場合、同じ方法で決めますな」


 執務机の横に佇むハンスが口を挟む。


「四角い競技場を用意しましてな。その中へ候補者を集め、一斉に戦わせるのです」


 競技場から落下するか、ギブアップすることで脱落。最後まで競技場に残っていた人が、晴れてメイドや執事として選ばれると。


 ……恐ろしいバトルロイヤルだな、おい。


 そんなことをぼんやり思いながらも、なるほど、そりゃあ怪我もするよなと納得。


「話はわかったけどさ。それなら傷を治してからでもよかったんじゃないか? 急ぐ理由もないわけだし」


 オレの言葉にカミラが微笑む。


「ご心配には及びません。私も手加減はしましたし、業務に支障をきたさない程度の傷ですので」


 ……手加減って、実際に戦ったような口ぶりですけど。


「はい。今回は人数が多かったということもあり、私を相手に、最後まで残った四名を選ぶということになりましたので」

「えー……っと。理解が追いついてないんだけど、それは一対一で、最後まで残っていた人を選ぶとか?」

「まさか。時間がもったいないですから、一度に四十人を相手にしましたわ」


 クスクスと愉快そうに笑うカミラ。その割には、かすり傷ひとつついていないようなんですが……。


「ご安心ください。やわな鍛え方はしておりませんので」


 いや、カミラさん、まったく理由になってないんですけど。っていうか、ハンスもハンスで「それもそうだ」みたいなノリで笑うなって。オレがおかしいみたいな感じじゃん。


 とにかく一旦寝室へ案内してから、後ほど改めてご挨拶へ伺わせますと言い残し、カミラたちは執務室を出ていった。


 執務室の扉が閉まるのを確認してから、オレは初老の執事に向かってささやかな疑問を口にする。


「前に聞いたんだけど、戦闘メイドって素手でワイバーンと戦えるとか……」

「よくご存知ですな」

「その戦闘メイドが束になってかかっても、カミラに傷ひとつ付けられないんだよな?」

「左様でございますな」

「……え? 何者なの、カミラって?」


 その言葉にハンスはニッコリと目尻を下げて、そしてただ一言だけ応えるのだった。


「ごくごく普通の戦闘メイドですよ」


 ……絶対にウソだろ、それ。

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