138.ハイエルフの移住

 ファビアンが戻ってきた。


 アルフレッドが醤油を片手に帰っていった三日後のことで、ハイエルフの集団を引き連れて現れたイケメンは、トレードマークである赤色の長髪をかきあげつつ、白い歯を覗かせるのだった。


「やあやあ、久しぶりだねタスク君。ハイエルフの移住希望者を連れて、このファビアンが帰ってきたよ!」


 ……はい? なんだって?


「まさか忘れたわけではないだろう? 移住者を受け入れるという取り決めを交わしていたじゃないか」

「忘れているわけないだろ。オレが驚いているのは別のことだって」


 移住についての詳細を詰めてくるという話はアルフレッドから聞いていたけれど、いきなり移住者を連れてくるという話までは聞いていない。


「問題ないよ、タスク君。移住の詳細なら、このファビアンがすべて話をまとめてきたからね! 君は領主として彼らを受け入れるだけでいいのさ!」


 そう言って高らかに笑うファビアン。ダメだコイツ、話が通じない。


 とはいえ、このまま追い返すわけにもいかない。移住者用の住居はある程度用意できているので、ロルフに頼み、ハイエルフたちを案内することにする。


 まったくもって頭が痛い……。何はともあれ事情を把握しなければと、オレはファビアンを引き連れ、新居へ足を向けた。


***


 応接室のテーブル越しに、涼しい顔を浮かべるイケメンがふたり。


 ひとりはもちろんファビアンで、もうひとりはブロンド色の髪をしたハイエルフなのだが、以前にも会ったことがあるような……?


 えーっと、なんだっけ。確か、しぇ、しぇー……なんとかっていうグループのひとりだった気が。


「『シェーネ・オルガニザツィオーン』でございます、タスク様」


 紅茶を差し出すカミラが囁く。ああ、それだ。『美しい組織』って意味のグループだっけ。


「しかしよく覚えてるな、カミラ」

「覚えたくて覚えたわけではないのですが……。間違えるとファビアン様がやかましいもので」


 忌々しく呟きながらも、表情ひとつ変えることなく、ファビアンたちに紅茶を差し出す戦闘メイド。


 そんなカミラの様子を意に介すことなく、ファビアンは微笑んでいる。


「外出している間、カミラの淹れた紅茶が恋しくてたまらなかったよ! もちろん、愛情もたっぷり注いでくれたのだろうね?」

「いやですわ、ファビアン様。私、ファビアン様を愛しく想うあまり、誤って毒を注いでしまったかも知れません」

「構わないさ、カミラ。美女に毒を盛られて死ねるとなれば、それも本望……。一滴も残さず飲み干そうじゃないか!」


 そう言って、熱々の紅茶を一気に喉元へ流し込むファビアン。カミラはただ黙って、冷たい眼差しを向けている。


 君たち、一応お客さんがいるんだからそのへんにしとけよ?


「彼らとは付き合いが長いので、どうかお気になさらず」


 落ち着いたテノールの声が、ハイエルフの口から発せられる。


「お久しぶりですね、領主殿。もっとも、以前はご挨拶もままなりませんでしたが」


 ブロンド色をしたイケメンのハイエルフは席を立ち、礼儀正しく頭を下げた。


「移住の件を担当する、ルーカスと申します。以後、お見知りおきを」


 『ベルサイユのばら』の世界を思わせる端正なルックスは、いかにも美形のエルフって感じで、男のオレでも見惚れてしまうほどである。


 戦闘メイドと掛け合いを続けているファビアンに代わり、ルーカスが説明してくれたのだが、彼がハイエルフの国の窓口役になるそうだ。


「ファビアンは仕事を抱えすぎているようですからね。交易や移住については、今後は私にご連絡をいただければ」


 なお、今回の移住の件については書類をご確認くださいと続けるルーカス。


 で、その書類とやらは、オレの後方に控える戦闘執事がもっぱら確認中なわけで。


「ふぅむ……。拝見しましたが、問題になるような項目は見当たりませんな」


 メガネを取ったハンスは、書類をオレに差し出した。


「双方に不利益が生じることもないようです。話としてはきちんとまとまっているかと」

「モチロンだとも! 心の友であるタスク君に負担をかけるわけにはいかないからね! 僕がしっかり取りまとめたのさっ!」


 派手なポージングと共に声を上げるファビアン。なんだよ、心の友って、初耳だわ。


「だからといって、ご領主に一言の断りもなく、移住者を勝手に受け入れるのは筋が違うと思いませんかな?」


 ハンスからギラリとした眼差しを向けられ、流石のファビアンも一瞬ひるんだらしい。


「……あー。ふたりともそのへんで止めておこうか。お客さんが来てるんだし」


 一礼するハンスと、ホッとした表情で腰を落ち着かせるファビアン。


 話を先延ばし先延ばしにしてきたオレにも責任はあるといえばあるし、ハイエルフの国としてもしびれを切らしたんだろう。


 第一、移住してきたハイエルフたちには何の落ち度もないからな。彼らが健やかに過ごせるよう、領主としては環境を整えるだけだ。


 大事なのはこれからだと考えを切り替え、オレは今後についての詳細をルーカスと話し合うことにした。


***


 それから数日。


 移住してきたハイエルフたちは問題なく順応しているように思える。皆、揃って働き者だし、住環境にも問題なさそうだ。


 コミュニケーションについても、他の領民たちと談笑している姿を見かけるし、今のところは大丈夫なようである。


 初回となる移住者は総勢十八人。男性が十名、女性八名がその内訳となる。


 先行して移住したハイエルフたちに支障がなければ、二回目の移住者がやってくるらしい。やれやれ、また住居を用意しておかないとな。


 先日の話し合いでルーカスが教えてくれたのだが、後日、移住者に加え、ハイエルフの国から羊を何頭か融通してくれるそうだ。


 ノウハウがある移住者たちに、羊の飼育を任せてもらえないかということで、了承する旨を伝えておく。慣れない仕事を任せるよりいいだろう。


 以前より、領民のみんなから羊を飼う要望があったので好都合だ。家畜用の土地も拡張しておこう。


 あ、そうそう。これは余談なんだけど。


 話し合いの後、ファビアンは真っ先に立ち上がり、


「ああ、そうだ。例の魔法石の素材だけどね、いろいろ見繕って輸送の準備を整えているから、もう少し待っていてくれたまえ! 僕はこれからフローラのところへ寄ってから出かけるからね!」


 なんてことを言い残して、さっさと立ち去ってしまったのだが。


 その後ろ姿をハンスが猛然と追いかけていったところを見るに、かなりの説教をするつもりなんだろう。


 ま、結果はどうあれ、賑やかになるのはいいことだ。人手が増えればそれだけやれることも多くなるし、領地の開拓も進むだろうからな。


 ますます忙しくなるなあと気を引き締めていた矢先、今度は西から来客が三人やってきた。


 義理の父親のジークフリートとゲオルク、そして謎のフードをかぶった人物がひとり。揃って来賓邸に足を運んでいったのである。


***


 義理の父親でもある龍人族の国王は、すっかりお馴染みとなったこたつに足を通し、早くも将棋盤を取り出してオレを手招きしている。


「タスク。今日は泊まっていくからな! 夜通し付き合ってもらうぞ?」


 ガハハハと豪快に笑うジークフリートの顔を眺めやりながら、正直、オレは早めに寝させてくださいと心の中で願うのだった。


「おい、ジーク。タスク君も暇じゃないんだ。少しは遠慮してやれ」

「む。ワシがまるで暇人みたいな口ぶりではないか」

「実際、面倒な仕事は部下へ押し付けてるだろう? 泣きつかれるのはオレなんだからな」


 ゲオルクはそう言うと、こたつに足を入れながら大きなため息をついた。……いや、あの、おふたりともこたつで寛ぐのはいいんですが。


 こちらのフードをかぶった方が、顔が見えないまでも戸惑っている様子なのでどうにかされたほうがよろしいのでは?


「おお! そうだったそうだった! 悪いな! もうフードをとってもいいだろう!」


 ジークフリートの声に、やっとかといった具合で謎の人物はフードに手をかけた。


 程なくして現れた顔は、銀色の長い頭髪が印象的な美しい顔立ちの青年で、その長い耳からはエルフの種族なのだろうということが伺える。


「タスク。そなたに紹介しようと思ってな。ワシの友人で将棋仲間でもあるのだが……」


 あ、将棋仲間いたんですねという素直な感想を抱く間もなく、ジークフリートはとんどもないことを言い出した。


「……ハイエルフの国の前国王だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る