137.味噌と醤油

 その後。


 ココたちへ味噌と醤油の協力を頼みにいったところ、快く了承の返答をもらうことができた。


 協力する代わりに花畑を拡張してくれなんて言われるかと思っていたのだが、見知らぬ物に対する好奇心が勝ったようで、味噌と醤油が完成するまでは付き合ってくれるらしい。


 とはいえ。妖精たちにも味噌のビジュアルはインパクトが強かったようだ。見学にやってきた地下室で実物を見ては、


「うわぁ、これを食べるの……? 正気?」


 みたいな、ドン引きの眼差しを向けられる始末。食べれば美味しいんだって!!


 もうひとつの醤油は独特の香ばしい匂いもあってか、概ね好評だったのにね。見た目で判断するのよくないと思うぞ?


 ……で。それはさておき、気がかりがひとつあるんだけど。


 そもそも妖精たちの力なくして作れないって話だったら、味噌も醤油も、製品として売り出すのは厳しいんじゃないかってことで。


 ゆくゆくは一般的な調味料として大陸中へ普及させたいのだ。となれば、特殊な能力を使うことなく、普遍的な製造方法を確立しなければならない。


 どうしたもんかと頭を悩ませている最中、心配いらないわと声に出したのはクラーラだった。


「要は発酵の仕組みがわかればいいのよ。妖精達が菌を作れるなら、それを元手として保管しておけばいいだけの話だし」

「できるのか?」

「もちろんよ。あとは保管した菌を増やして、味噌や醤油を作る際に使っていけばいいでしょ」


 なんてことないわという自信に満ちた顔で、クラーラはさらに続けた。


「それよりも、他に考えることがあるんじゃない?」

「何がだ?」

「味噌と醤油の売り出し方よ。醤油はともかくとして、味噌のあの見た目の悪さ、どうにかならないの?」


 古来より伝わる調味料に文句を言われても困るんだが。


「妖精たちの反応を見たでしょ。味はいいかも知れないけれど、手にとってもらうまでのことを考えないと、製品として売り出すのは厳しいわよ」


 ごもっとも。こちらの人たちには色合いがよくないらしい。予備知識がなければ調味料だってわかんないもんな。


 こういう時にアルフレッドがいればなあ。色々相談に乗ってもらえるんだけど。最近、顔出してないんだよなあ、アイツ。


 ま、来たら来たで「また妙なものを作りましたね」なんて具合に、驚かせてしまうかも知れない。


 しかしながら、実際に驚かされたのはこちらの方で、久しぶりに訪れた龍人族の商人の姿に、オレは開いた口が塞がらないのだった。


***


「新居を建てたとは聞いていましたが、いやはや立派なものではないですか」


 執務室のソファへ腰を掛けたアルフレッドは、いつもの人好きのする笑顔を浮かべながら辺りを見回していた。


 そんな龍人族の商人から距離を取るように、アイラは部屋の隅から様子を伺っている。


 アルフレッドも不審の眼差しを向けられている事に気付いているようで、困惑の表情に変わりながらアイラへ問いかけた。


「ええと……。アイラさん、僕、何かやりましたか?」

「……気味が悪い」

「は?」

「気味が悪いというておるのじゃ! なんじゃ、アル、そんな変な格好をしおって!!」


 キシャー! と、しっぽを荒々しく逆立て、警戒の声を上げる姿は猫そのものだ。


「き、気味が悪い、ですか?」


 落胆する声を発するアルフレッドだが、残念なことに、オレとしてもアイラに同意せざるを得ない。


 真っ赤なスーツの下には、胸元まではだけた漆黒のワイシャツが姿をのぞかせている。


 首元には銀色のネックレスが輝き、フレームの細いメガネも同じく銀色が眩しい。


 トレードマークだったボサボサ頭も、オールバックでまとまっており、どこからどう見てもタチの悪いチンピラとしか思えないルックスだ。


「……あー。なんというか、イメチェンしたのか?」


 カミラが運んできたお茶に手を伸ばしつつ尋ねると、テーブル越しから自信に満ちた声が返ってくる。


「ええ、ええ! 先日、ハンスさんにお会いした際、領主に仕える身として、身だしなみには気をつけるようにと指摘されまして」


 とはいえファッションには無頓着、どういったものを着ればいいだろうかと思い悩んでいたところ、アドバイスをくれたのがファビアンだったそうだ。


「僕に任せたまえアルフレッド君! 優美かつ華麗、そしてトレンドの最先端を抑えたファッションの真髄を伝授してあげようじゃあないかっ!!!!」


 高らかに笑うイケメンの言葉を信じ、トータルコーディネートを任せたところ、このような姿になったらしい。


「素晴らしい……! 素晴らしすぎるよ、アルフレッド君……! 僕には及ばないが、いまの君は龍人族の中でもトップクラスといってもいいだろう! 誇りたまえ! トップクラスなのだよ!!!」


 何がどうトップクラスなのか、ファビアンに問い詰めてやりたいが。とにもかくにも根拠なく褒められ続け、アルフレッドもついついその気になってしまったようだ。


 後ろで聞いていたカミラが舌打ちしながら「余計なことを……」と小声で呟いている。


 アルフレッドもアルフレッドで、訝しげな眼差しを向けられていることに気付いたようだ。


「あの……。もしかしてですが、僕のこの格好、おかしいのでしょうか?」

「はっきり言って気持ち悪いですね」

「うむ。似合ってないの」


 恐る恐る口を開いた龍人族の商人へ、容赦ない言葉を浴びせるカミラとアイラ。バッサリだな、おい。


「なんだな……。ほら、ファビアンはセンスが独特だからさ、着る人を選ぶっていうか。そんなに落ち込む必要はないんだって、な?」


 何でオレがこんなフォローをしなくちゃならんのか。わかりやすく落ち込んでいるアルフレッドに、オレは続けて声を掛けた。


「あっ、そうだ! ベルにコーディネートを頼んでみよう!」

「ベルさんに、ですか?」

「龍人族の中で、ベルの作った服が流行っているんだろう? ベルならセンスも抜群だし、似合う服を用意してくれるはずだって!」


 必死に励ますものの、ベルに頼んだら頼んだで、リオのカーニバルさながら、半裸の服を用意されかねないリスクもあるんだよな……。


 そこはかとない不安はあるものの、このままだと仕事の話が進まないので、余計なことは考えないことにした。


 そうなったらそうなったで面白いかもと、一瞬だけ思ってしまったのはここだけの秘密である。


***


 それから時間をたっぷり掛けて、ようやくアルフレッドの気持ちを立て直すことに成功したものの。


 協議しようとしていた移住の件については、ファビアンが不在のため進めることができず、また後日ということになった。


 聞けば、ファビアンは龍人族の首都からハイエルフの国へ向かったそうで、商談を兼ねて移住の詳細を詰めてくるとのことだ。


 話を聞いていたカミラが残念がっていたが、会えずに残念ということではなく、いじることができなくて残念ということなんだろうな、多分。


 そんなわけで、メインの話としては味噌と醤油をどうやって売り出そうかという相談になったわけだ。


 まず醤油を先行して売り出し、様子を見ながら味噌を売り出していくのがベストだろうというのが、アルフレッドの意見だった。


「こちらの世界の人たちにも、この香ばしい匂いは十分に魅力的です。香りと味が伝われば、他の調味料にも興味が湧くと思いますよ」


 火入れをして香ばしさを引き出しておいた醤油は、龍人族の商人を虜にしたようで、黒茶色の液体が入った小瓶を掲げながら、アルフレッドは口を開いた。


「まずはデモンストレーションするのがいいでしょうね。口コミで噂も広まりますし、需要はすぐに高まるでしょう」


 確かに。ゲオルクへのお土産に渡したハーバリウムも、上流階級の人たちへあっという間に広まったしな。


 まずは確実な注文が見込める貴族たちをターゲットにしよう。そう結論をまとめて、アルフレッドに醤油の小瓶をいくつか預ける。気にいってもらえることを願うばかりだ。


 それとは別に、ジークフリートとゲオルクへのお土産として、醤油の小瓶と、醤油を使った料理を手渡した。


 鶏肉の照り焼き、唐揚げ、焼きとうもろこし。試しに作った料理の中で、みんなから好評だったもの三品だ。


 特に唐揚げは争奪戦が起こったほどで、今度定番のメニューとなりそうである。


 ここまで気に入ってもらえるなら、王様たちの口にも合うだろう。……そんなことを考えていたのだが。


 いつもと同じように、このお土産が、とある騒動を引き起こしてしまうのだった。


 とりあえず、それは別の話ということで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る