124.移住の提案、そしてカフェ
「なるほど。それはいい考えだ」
「そうだな。将来有望な土地へ行けるとなれば、立候補する者も多いだろう」
賛同の声が四人組の中から湧き上がるものの、個人的には「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と言いたい心境だ。
「お、お待ちください。一方的なご提案をいきなり受け入れることはできません」
オレの気持ちを代弁するようにアルフレッドが声を上げる。
「こちらとしても人材の確保は課題となっています。しかし、だからといって他国より人を受け入れる余裕もありません」
「そうだなあ。住居にしろ、食料にしろ、人を増やす体制が整ってないからな」
アルフレッドの言葉にオレは頷いた。
第一、受け入れることを同意したところで、目の前にいるイケメンナルシストみたいな連中ばっかり来られても困っちゃうしな。
「では、タスク君。こういう案はどうだろうか?」
腕組みをしていたファビアンが口を開いた。
「移住の件は一旦保留にしておいて、当面、領地内の施設を整えるんだ」
いずれにせよ、人を増やさないことには領地の発展は望めない。であれば、今からでも受け皿は整えておくべきだ。
衣食住環境を整備した上で、改めて移住の件を再考すればいい。ファビアンの考えはこのようなことだった。
「そういうことならオレは構わないが……」
「君たちはどうだい?」
「ファビアン君がそう言うのなら仕方ないかな」
「ふむ。こちらも事を急いてしまったな。いや、礼儀を欠いた」
「我らとしたことが美しくない提案だったな」
「ああ、実に醜い……。忌むべき提案だった」
ウンウンと頷き合う四人組。美しいとか、美しくないとか、やっぱり重要なんですね。
ともあれ会談はこれにて終了。当初の予定通りの交易内容でまとまり、ハイエルフたちはそのまま帰っていくことに。
遠路で疲れているだろうし、泊まることを勧めたのだが、少しでも早く国王に報告したいそうだ。性格はアレだけど、仕事は熱心なんだな。
「あれで良かったのか?」
ハイエルフたちを見送った後、集会所へ戻ったファビアンにオレは尋ねた。
「良かったとは?」
「お前の友達なんだろう? 意図を汲んで、彼らの要望を叶える後押しだってできたはずじゃないのか?」
「なるほど。その考えはもっともだ。しかしね、タスク君。僕はこれでもビジネスマンなのだよ」
カミラへ紅茶のおかわりを要求しながら、ファビアンは椅子へ腰掛け、それから足を組んだ。
「いくら友人の頼みとはいえ、自分が損をするような提案は受け入れられないさ」
「それはつまり、あの提案は口減らしの類だったということでしょうか?」
アルフレッドの問いかけに、ファビアンは赤色の長髪を左右に振って応じる。
「それはないだろうね。そんなことをしても心象が悪くなるだけさ。きちんと労働力は見繕ってくれるはずだよ」
「ではなぜ、保留案を提示されたのですか?」
「この領地の特殊性を考えれば妥当な判断だったと思うけれど……。やあ、カミラ、紅茶ありがとう」
ティーカップを手に取ったファビアンは、立ち上る香気を鼻へ当てながら、その特殊性について説明した。
「ここはタスク君という絶対的な領主の下、多民族が共存している土地だ。領民たちとも固い信頼関係が結ばれている。しかし、新たにやってくるハイエルフたちが同じとは限らないよ」
移住によって環境が変われば不平不満が出てくるだろう。移住者の数が少なければ解決はすぐだろうが、反対に大人数で押しかけられた場合、お手上げになってしまう。
それにハイエルフが先住者たちと共存できるかという問題もある。受け入れには慎重を期すべきだ。
「僕はここで新たな事業を始めるつもりだからね。できるだけ不安要素は排除しておきたいのさ。余計なことで頭を悩ませたくはないだろう?」
涼しい顔で紅茶を口元へ運ぶファビアン。その口ぶりは、優秀なビジネスマンという話が本当だったんだなと確信させる。
「なによりだね、フローラとの愛を育む時間を邪魔してほしくないというのが本音なのだよっ! アッハッハ!」
高らかな笑い声が集会所に響き渡る。前言撤回。多分、こっちが地だな。
「とにかく、だ」
ピタリと笑うのを止めたファビアンは、軽く髪をかきあげてオレを見やった。
「先程も話したが、僕としては内政に時間を割くことをオススメしたいところだね。領民へ手厚いケアを施しながら、受け入れの準備を少しずつ進めていく。移住も少数から段階的に受け入れていくのがいいだろう」
引き続き僕がハイエルフの国との仲介に入るよと、ファビアンは続けた。
「オレとしては正直助かるけど、面倒じゃないか?」
「何を言っているんだい、タスク君。僕もこの領地で暮らす仲間じゃないか。このぐらいはやらせてくれよ」
「それはありがたいけど」
「それにだね。ここには愛しのフローラだけでなく、クラーラやリア、それにカミラも暮らしているんだ」
輝く白い歯を見せつけながら、ファビアンは太陽のように煌めく笑顔を浮かべてみせる。
「僕の大切な女性たちが穏やかに暮らせるのなら、たとえどんな面倒なことだろうとも苦に思わないさ!」
***
ハイエルフの国とのやり取りは、引き続きファビアンとアルフレッドへ任せておき、オレは領地内の整備へ取り掛かった。
ファビアンに言われたからというわけでもないのだが、考えてみれば、住民用の福利厚生施設などが皆無だと思い知らされたのだ。
……そういえば。
ロルフから要望のあったカフェの建築もそのままになっていた。いかんな、立て続けに色々なことが起きすぎて、今の今まで放置してたわ。
カフェができれば憩いの場にもなるし、みんなもいい息抜きができるだろう。手始めに用意する福利厚生施設としてはいいかもしれない。
というわけで、オレの自宅近く、領地の中央からやや北寄りの場所へカフェを建設することに。
ロルフへそのことを伝えたところ、「本当ですか!?」と大喜びされた。相当楽しみにしていたようだ。
それは他の翼人族も同様だったらしく、気がつけば翼人族総出で建築作業に加わっている。
力自慢のワーウルフだけでなく、魔道士たちやハーフフットも作業に加わり、妖精たちは内装や装飾品についてあれこれ意見を出し合ってるのがわかる。
驚いたのはこういう時には昼寝ばかりしているアイラも手伝いに加わっていたということで。
「甘味が食べられるのであろう? ならば少しでも早く完成させて、存分に味わいたいからのぅ!」
とは本人の弁で。ま、目的はどうあれ、手伝ってくれるのはありがたい。
そんなわけで、三日間という驚くほどの短期間にも関わらず、三階建てのカフェが完成した。
テラス席を含めた一階、二階部分が客席。三階部分は調理場となっている。当面は翼人族と魔道士たちが交代制で店員を務めるそうだ。
「カフェができたなら、飲食しながらネタ出しできるってことでしょ? 創作の助けになるなら役に立たないとね!」
と、熱く語るのはソフィアで、後ろに控えたグレイスを始め、魔道士たちも力強く頷いていた。意味は違えど、楽しみだったことに変わりないようだ。
カフェの運営責任者はロルフが務める。領地内の収穫物を材料として使用するため、その分の代金は納めてくれるらしい。
オレとしては憩いの場になるだろうから、材料なんか無料で使ってもらって構わないと思っていたのだが、それはいけませんとキッパリ断られてしまうハメに。
「私どもが望んで建ててもらうようお願いしたのです。これ以上甘えるわけには参りません」
「そんなもんか?」
「そうです。第一、タスク様は優しすぎます! もっと財務のことも考えていただかねば!」
……なんで怒られないといけないのだろう? ともあれ、売上の一部も税金として納めてくれるそうだ。しっかりしてるなあ。
完成したカフェは『天使の翼』という店名が付けられ、オープン当初から大盛況だ。
ケーキ類やパフェ、それにアイスなど、領地で採れた新鮮な材料を使った甘味とお茶が楽しめることもあり、客席のあちこちで笑顔が弾けているのがわかる。
種族関係なく仲良くテーブルを囲む光景は、建ててよかったと心から実感できるもので、次はどういった施設を用意しようかとオレは頭を悩ませる日々である。
そんなある日のこと。ダークエルフの国から来客があった。
義理の弟にあたるイヴァンが遊びにきたのだ。
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