125.イヴァンの再来
突然の訪問とはいえ、遊びに来てくれたのは嬉しい。交易で訪れる際はゆっくり話ができないからな。
雑談を交わしながらイヴァンを自宅へ招くと、いまやすっかり大きくなった二匹のミュコランと妖精たちがダークエルフを出迎えた。
「立派になりましたね。皆さんから可愛がられているみたいで何よりですよ」
しらたまとあんこが再会を祝すかのように、みゅーみゅーと鳴き声を上げながら、イヴァンにすり寄っている。
「うん。身体のどこにも不調は無さそうですね」
「……しらたま……あんこ……健…康……?」
「そうだね。どこも問題は無さそうだよ」
「それはよかったッス! 元気が一番ッスもんね!」
みゅー! と、ひときわ大きな鳴き声を上げる白色と黒色のミュコランたち。
ロロとララは二匹の背中に寝そべって、遊びに行ってくるッスと、そのまま出かけてしまった。
「人気者ですね」
「しらたまとあんこはウチのアイドルだからな」
「これからますます大きくなりますよ。あと二ヶ月も経たないうちに子牛ぐらいの大きさになるかも」
イヴァンの言葉にオレは耳を疑った。え? だって、いま、せいぜい大型犬ぐらいの大きさだぞ……。
「成長期に入ってからが早いんですよ、ミュコランは。半年も経たないうちに成人男性が背中へ乗れるぐらいにまでは大きくなりますね」
「はー。そんなもんか……」
もふもふフワフワの体毛は変わらないそうだけど、一緒に寝るのは厳しそうだな。圧死されかねない。
……それでもヴァイオレットは一緒に寝ると言い出す気がするのはなんでだろうか?
下手したら全身を守るための甲冑を着込んで寝そうな気がするもんな。いまのうちから、それとなくミュコラン離れさせていこう。
「あの子達にはそろそろ小屋の準備もしてあげないといけませんね」
「もう少し一緒にいたいんだけど」
「義兄さんの気持ちはわかりますが。大人になったミュコランはかなり大きいですからね」
交易の都度、ダークエルフ国の荷台を引っ張るミュコランを見るのだが、確かに立派だ。子供の象を一回り大きくした印象だからな。
「そういえば」
話題を転じるようにイヴァンが口を開く。
「来る途中、見慣れない建物がありましたけど……。新たに何かを作られたんですか?」
そうか。前回の交易はカフェが建つ前だったか。さっきベルもカフェに行ってくるって言ってたし、イヴァンを案内するにはちょうどいいだろう。
「さあて、なんだろうな。見たら驚くぞ?」
散々もったいぶりながら、オレは義理の弟を連れて翼人族が運営するカフェ、『天使の翼』へと足を運んだ。
ふっふっふ……。新鮮な材料を使った、こだわりの甘味を味わって、腰を抜かすがいい!
そんな些細な気持ちから、あまり深く考えずにカフェへ案内したわけなのだが。
このカフェで過ごすひと時が、ちょっとした波紋を広げることになるのだった。
***
「あれ〜? いっくんじゃん☆ どーしたの♪」
テラス席の一角に座る女性たちの中から、陽気な声が上がる。
「ベルデナット姉さん……。いい加減、いっくんって呼ぶの止めてくれって」
「ぶー。いっくんだって、ベル姉さんって呼んでくれないじゃん!」
「わかったよ、ベル姉さん。とにかく、今日はお義兄さんに会いに来ただけだから」
同じテーブルへ座るようベルは手招きしているが、その誘いを断って、オレたちは離れた席へ腰掛けた。
「フーンだ、いいもーん☆ こっちはこっちで女子会楽しんじゃうもんね!」
褐色の肌をしたギャルギャルしい格好のダークエルフはそう言うと、アイラ、エリーゼ、リアたちと談笑を再開させる。
椅子の傍らにはしらたまとあんこが寝そべっており、更にその背中へ妖精達が寝転んでいる。実に平和な光景だ。
「それにしても、甘味専門の食堂ですか。面白いことを考えますね」
ウェイターが運んできたケーキと紅茶を眺めやりつつ、イヴァンが口を開く。
「ダークエルフの国にはカフェがないのか?」
「本格的な甘味は高価で嗜好品みたいなものですからね。せいぜい贈答品で用いられるか、貴族の茶菓子として食される程度ですよ」
飲食店としてあるのは酒場と食堂ぐらいで、甘味が用意されていたとしても、ビスケットやパイといった焼き菓子がせいぜいだそうだ。
最初、ココからカフェを開きたいという相談を持ちかけられた時は、この大陸にもカフェ文化があるんだなと思っていたけど、どうやら地域によって異なるようだ。
「だからこそ、先日の技術講習は、皆大喜びしていましたよ。新たな産業だけでなく、甘味の特産品が作れると」
「ソフィアとグレイスたちのチョコレート講習会か」
「ええ。長老たちから、くれぐれもよろしく伝えてくれと。近いうちにまた講習を開いていただければ幸いです」
「もちろん。ダークエルフの国のチョコレートがどんな味になるか、今から楽しみだよ」
「ええ、期待していてください。……ところで」
イヴァンはガラス越しに見える店内へ視線をやりながら、躊躇いがちに続ける。
「講師のおふたりが、先程からこちらをじぃっと眺めているような気がするんですが……。俺、何かやりましたかね?」
ちらりと見やった先では、店内の奥の席に陣取ったソフィアとグレイスが、顔を上気させながら鼻息荒くこちらを見つめているのがわかる。
……なんとなくだけど、
「血の繋がっていない兄×弟……。これは尊死不可避……」
「異種族間の禁断の愛……。妻と姉には言えない情事……。実に、実にエモい……」
とか言ってそうな気がする上、それが遠からず当たっている確信が持ててしまうのが悲しいところだ。
同人創作は自由だけどナマモノだけは止めておけと、口うるさく言っているんだけどなあ。また注意しておかないと。
発作みたいなもんだから気にしないでくれと伝え、誤魔化すように紅茶を口へ運ぶ。
釈然としない様子のイヴァンも、視線を戻し、ティーカップを手に取ったのでほっと一安心である。
「それにしても、どうしてこういう店を開こうと考えられたのですか?」
フォークを手に持ったイヴァンは、ケーキを一口分切り分けながら口を開いた。
「義兄さんは開拓作業のほうが好みだと思っていたのですが……」
イチゴの乗ったスポンジケーキを口元へ運ぶイヴァン。確かにその指摘は正しい。個人的に箱庭ゲーへハマっていた身としては、開拓作業のほうが圧倒的に楽しい。
とはいえ、領主ともなればそうはいかないわけで。先日のハイエルフたちとの一件から、このカフェを建てることになった一連の経緯についてを、オレはイヴァンへ話したのだった。
「――なるほど。移住が持ちかけられたのですか」
「ま、保留になったけどさ。その間に領地を充実させようってなったわけ」
「次から次へ……。義兄さんも大変ですね」
「まったくだ。何だったら手伝いに来てくれても構わないぞ?」
「いえいえ。俺にも仕事がありますからね。遠慮しておきますよ」
そう言って軽く微笑むイヴァン。くそう、オレとしては本気だったんだけどな。
「しかしですね、このお店も見事ですが。他に充実させなければいけないところがあるのでは?」
「他にって?」
イヴァンにつられて振り返った先には、オレの自宅が見える。
「いい加減、ご自宅を建て替えられたらどうですか?」
「イヴァンまでそれを言うか……」
「俺が言うのもなんですが、領主の住居としてはいささか格好がつかないかと」
いや、確かにね、新しく建てたみんなの家や、来賓邸に比べたら、少しばかり古めかしいかなあとは思うけどさ。
これはこれで気に入ってるんだよ、俺は。あんまり広くても落ち着かないし、掃除だって大変だしさ。
……ええ、みんなが言いたいことはそういうことじゃないんだろうなってことはわかってますとも。ある程度の外聞は必要だってことぐらいは。
やれやれ、他の施設を考えるよりも前に、自宅の増改築を検討しなきゃいけないかなと思いつつ、お茶会は終了。その日のうちにイヴァンは帰っていたんだけど。
数日後、今度は交易の使者として、再び領地に姿を見せたイヴァンは、落ち着かない様子でオレに話しかけてきたのだった。
「義兄さん……」
「お、イヴァン。今日は取引の日だったか。お疲れ様だな」
「ええ、そうなのですが……」
「?」
普段は冷静な義弟が、珍しくそわそわしているのが気にかかり、どうしたのか尋ねてみたところ、イヴァンはこんな事を言い出した。
「先日、ハイエルフたちの移住の件をお聞きしたのですが」
「ああ。返事を保留してるって話な。それがどうした?」
「ダークエルフの国からも、移住を認めていただくわけにはいかないでしょうか?」
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