117.王様と来訪者
「しばらく見ないうちに、こやつらも大きくなったな」
来賓邸の応接室へ足を運んだジークフリートは、一緒に着いてきたしらたまとあんこを細い目で眺めやりつつ、こたつへ足を伸ばした。
「去年の暮れだったか。最後に見た時はまだ小さかったのだが」
龍人族の王が優しく撫でると、二匹のミュコランは嬉しそうに鳴き声を上げる。警戒心が強く、人見知りの激しい生き物だと聞いていたけれど、しらたまとあんこにその傾向は見られない。
見た目はひよこのそれと変わらないまま、大型犬と同じぐらいの大きさまで成長した、白色と黒色のミュコランたちは、相変わらず領地のアイドル的存在として皆から愛されている。
「なんだな。ミュコランを可愛がるのも悪くはないが、ワシとしては実の孫を可愛がりたいという気持ちもあるのだ」
「ど、努力します」
「まあムリにとは言わん。こればかりは授かりものだし、おぬしたちの都合もあるだろう。爺の戯言と聞き流してくれ」
ガハハハハと豪快に笑い、ジークフリートはこたつの上のお茶に手を伸ばした。
なんだかんだと気を遣わせてしまって申し訳ないけれど、個人的にはカワイイ奥さんたちとのいちゃいちゃをもう少し楽しみたい心境でもあるし、難しいところだなあ。
「それはそうと、話は変わるがな」
オレの表情で色々察したのか、ジークフリートは強引に話題を転じる。
「ゲオルクのやつが喜んでおったぞ。ほら、なんだったか。あの、瓶に詰められた花の……」
「あー、ハーバリウムですか?」
「それだ。あやつの嫁らに講習会を開いてやっているだろう。いい趣味ができたと、楽しみにしているらしい」
ゲオルクから頼まれたハーバリウムの講習会は二週間に一度のペースで開催されることになった。
最初、ゲオルクからは一週間に一度のペースでとお願いされたんだけど、移動を含めると滞在は三日間になり、領地で過ごせるのが四日間だけになることをヴァイオレットが嫌がったのだ。
その理由なんだけど……。
「くっ……! 後生だ、タスク殿っ! これ以上、しらたまやあんこと交流する時間を奪わないでくれっ! 奪うぐらいならいっそ殺してくれっ!!」
はい、原文ママです。そんな泣きそうな顔をされながら「くっ殺」と言われてしまうと、こちらとしても了承せざるを得ないわけで……。
協議した結果、二週間に一度、講習会を開くということで決着することに。
最初の講習会から戻ってきたヴァイオレットが、しらたまとあんこの元へ直行したのを目撃してしまったので、このぐらいが限界だったんだろう。
だってなあ? 周囲の視線もはばからず、二匹の身体に顔を埋めては、思いっきりスーハースーハーしていたもん。終わったら終わったで、うっとりした顔になってるし。明らかに見境がなくなってきてるよな……。
ともあれ、講習会自体は大成功だったらしく、たくさんのお土産を持たされたフローラは、そばかすの残るあどけない顔に疲れを滲ませながらも、充実感に浸っているようだった。
「皆さん、いい人たちばかりで……。こんな庶民の私にも丁寧に接してくださって」
「よかったじゃないか」
「はい! 役立たずの私ですが、これからも頑張ります!」
照れくさそうに微笑むフローラ。役立たずなんてとんでもない。ヴァイオレットの話によれば、家事は万能、ワイバーンの騎乗技術だって一級品らしいじゃないか。
どうにも自己評価の低い彼女だけど、この講習会を通して自信を持ってくれたらいいなと願うばかりだ。
「それでだな」
ジークフリートの声がオレを回想から引き戻した。
「そのハーバリウム、だったか。それの講習会をえらく気に入ったようでな。ゲオルクの嫁たちが、ワシの妻たちにも声を掛け始めたのだ。よかったら一緒に参加しないか、と」
「……はい?」
「それだけに飽き足らず、宮中の婦人連中にも話が広まってな。今頃、ゲオルクの家には女どもが大挙して押しかけているだろう」
「聞いてないですけど……」
そんな大事になるんだったら、こっちも考え直さないといけない。いくらなんでも王族や貴族相手に、ふたりだけで事に当たらせるとか無謀にも程がある。
「なに、心配はいらん。真面目にハーバリウムをやりたいのは一部だけだろう」
「でも……」
「大半の女どもは暇を持て余しているだけだからな。何かと理由を付けて集まりたいだけなのだ。おそらく半数以上はティータイムやカードなどに興じておるだろう」
そう断言されてしまうと、それはそれで面白くない。こっちはちゃんと教えるために手配してるっていうのにさ。
龍人族の王はそれを察しているらしく、小さくため息をついてから呟いた。
「もしかすると、おぬしの手配した講師たちが不快な思いをしたまま帰ってくるかもしれん。無礼を前もって謝っておこうと思ってな」
「そんな、わざわざ……」
「いやいや。言い出したのはこちら側だ。親しい中でも礼儀は尽くさねばならん。申し訳ないが、その者たちへはよろしく配慮してやってほしい」
「止めてください、お義父さん。オレだって領主ですから、そういったケアはしっかりやります」
「そうか? うむ、それならよいが。……しかしなんだな」
やや重苦しくなった空気を換気するべく、ジークフリートはニヤリと笑う。
「おぬしにお義父さんと呼ばれるのも、なかなかに新鮮で嬉しいものだ」
「……う」
「なんだかんだ、呼ぶことに抵抗があったのではないか?」
「からかわないでくださいよ……。オレだって少し照れくさいんですから」
「ガッハッハッハ! いやいや、息子よ! 照れるでない! 今後も遠慮なくお義父さんと呼ぶがいい! いっそのこと『パパ』でも構わんがな!」
「それだけはホント勘弁してください」
遠慮するなと言いながら、義理の父親はバシバシとオレの背中を叩いている。加減してくれているだろうけど、めっちゃ痛いっす、お義父さん……。
ひとしきり笑い終えたジークフリートは、それじゃあそろそろ指すかと言いながら将棋盤を取り出した。結局、いつものように最後はこうなるのか。
盤上に駒を並べている最中、「おお、そうだった」と思い出したようにジークフリートは口を開く。
「どうしたんですか?」
「言い忘れていたことがあった」
そう前置きした龍人族の王は、日常会話の延長線上のようなノリで、何気なくこう言うのだった。
「タスクよ。新たな交易先として、ハイエルフの国と取引をするのだ」
***
ジークフリートからの来訪から数日後。
オレは新たな交易先を増やすということに対し、最終的な決断を先延ばしにしていた。
領地を豊かにするためには、取引先を多く持ったほうがいいのは理解している。が、実際の交渉にあたっては慎重に動きたい。しっかり考えを練った上で行動に移りたかったのだ。
しかしながら、こういう時に限って問題というのは重なるもので。二回目の講習会を終えたヴァイオレットとフローラが、アルフレッドに連れられて帰ってきたまではよかったものの。
そこには赤い長髪をした見慣れないイケメンが混じっておりまして。
「この人、誰?」と尋ねるより早く、イケメンは自分の髪を手で払いつつ、白い歯を見せつけるように自己紹介をするのだった。
「はじめまして! 僕はファビアン! お見知りおきの程よろしく頼むよ!」
「ああ、はじめまして。オレは……」
「知っているさ! 君はここの領主のタスク君だね!? 噂はかねがね聞いているよ!」
「はあ……。それはどうも」
フフフと微笑みながら握手を求めるイケメンは、所作のひとつひとつが優美で、キラキラという効果音がついてまわるかのようにも思える。
なんだろうな、良く言えば「ベルばら」に出てきそうで、悪く言えばナルシストっぽい感じというか。友達になりたくないタイプなのは間違いないんだけど……。
「その……、ファビアンさんは、どうしてこちらに?」
「それが、だな……」
困惑の表情を浮かべているヴァイオレットが口を開こうとした矢先、ファビアンはそれを遮って声を上げた。
「
「はあ……」
「タスク君! 僕とこちらの
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