116.講師

「講習会、ですか」

「うん。急な頼みで申し訳ない。その分、謝礼はするつもりだ」

「それはかまいませんが……」


普段からお世話になっていることもあり、別段お礼とかはいいんだけれど。無茶振りに近い依頼なのが悩ましい。


 ゲオルクの奥さんって、確か十八人いたはずだよな……。教えるにしては人数が多すぎる!

 それに要職へ就いていないとはいえ、王様と近い関係の立場だからな。なにか失礼があっても困るし……。


 とりあえず、王様たちと身近なところへ相談を持ちかけようと、リアとクラーラを呼び出したオレは、さらにヴァイオレットとフローラを自宅へ招くのだった。


***


「――そういうわけで、よろしく頼むよ」


 対面へ腰掛けるヴァイオレットとフローラは、オレの話に耳を傾けながら身を固くしている。


 リアやクラーラと相談した結果、礼儀作法がしっかりしていて、ハーバリウム作りにも精通しているヴァイオレットとフローラへ講習会を任せようという結論に至ったのだ。


「事情はよく理解できたのだが……」


 納得いかないといった面持ちで、女騎士は重い口を開けた。


「講習会の講師であれば、私たちより適任がいるのではないだろうか? タスク殿の奥方たちとか……」

「お偉いさんを相手に、アイラやベルがまともに対応できると思うか? エリーゼは気を遣いすぎて倒れそうだし」

「リア殿がいるではないか」

「結婚しているとはいえ、王女だからな。相手の方が気を遣うだろ」

「そもそもボク、タスクさんの側を離れたくないですしっ!」


 エヘへへへと笑いながら、オレに抱きついてくるリア。うん、クラーラからの恨みがましい視線が痛いから、時と場所は考えような?


 一方的に惚気を見せつけられているにもかかわらず、ヴァイオレットは意に介すことなく続けてみせる。


「それならば、魔道士殿たちやクラーラ殿はどうなのだ? 私達より馴染みがあると思うのだが」

「ソフィアたちは別件でダークエルフの国へ行くことが決まっているんだよ。クラーラは……」

「私もパス。家族とはいえ、折り合いの悪い相手が少なからずいるもの。ね? お父様?」


 娘から満面の笑みを向けられたゲオルクは苦渋の面持ちを浮かべている。どこの家庭にも問題はあるもんだよな。まして、クラーラはサキュバスだし、いろいろ難しいんだろう。


「そんな事情でふたりに白羽の矢が立ったってワケ」

「ご命令とあらば謹んでお受けするが……。果たして大丈夫だろうか?」


 心配そうに顔を見合わせるヴァイオレットとフローラ。


「ありがたいことに領民として受け入れられたとはいえ、私達は元帝国人だ。先方が嫌がるのでは?」

「ここの領民であることがわかれば、妻たちは余計な詮索をしないよ。そもそも、この土地自体、特殊だからね」


 割って入ったゲオルクは「それも領主を筆頭に」と続けてからこちらを見やった。はいはい、どうせ特殊な人間ですよ、オレは。


「収穫物や特産品も未知のものばかりだ。見知らぬ人間がふたりやってきたところで、いまさら不思議に思うこともないだろう」

「それならよいのですが……」


 不明瞭な返事をした後、ヴァイオレットは口ごもる。


「なんだ? まだ心配なことがあるのか? 問題があるなら相談に乗るけど」

「い、いや、そういうわけではないのだ。しかし、その……」

「……?」

「わ、私達と一緒に連れていきたい者が……」

「ん? ああ。ヴァイオレットたちの手助けになるならいいけど」

「ほ、本当かっ!?」


 勢いよく立ち上がったヴァイオレットは、身を乗り出すと、瞳をキラキラさせてまっすぐにオレを見やってる。


 いつの間にそんな仲のいい友人ができたのだろうか。ま、教える相手も多いから、助手も必要になるかもな。


「な、ならばっ! しらたまとあんこをお願いしたいっ!」


 ……はい? しらたまとあんこって、もしかしなくても、ウチで飼ってるミュコランのことだよな?


「そうだ! フワフワもふもふと柔らかい、カワイイあのコ達のことだ!」


 オレたちのポカンとした表情に気付くことなく、ヴァイオレットは身をくねらせながら、興奮気味に熱弁を続けた。


「あのような可愛らしい生き物がこの世に存在するだなんて……! ここの領地に来て本当に良かったと心から思っているのだ! みゅーみゅーと愛らしい声で身を擦り寄せながら甘えてくるあの姿といったら、もう……!!」


 はあはあと荒い息遣いと共に、恍惚とし始める女騎士。こっちとしては「えぇ……?」という感じで困惑する以外ない。


「どんなに過酷な労働を課されたとしても、一日の終わりにしらたまとあんこを抱きしめれば復活できるのだ私はっ! あぁ……こういうことを話している間にも愛おしくなってたまらない……! もはやあのコ達抜きの日々など考えられないっ……!」

「……あ〜。ヴァイオレットさん?」

「フフ……、そんなに焦らずとも交互に撫でてやるといっているのに、しらたまとあんこと来たら、撫でて撫でてと先を争うように身を委ねてきてな、フフフ……」

「ヴァイオレットさん」

「もはや我々は一心同体と言ってもいい! 私がいるところにあのコ達がいて、あのコ達がいるところに私が」

「ヴァイオレットってば」

「そういうわけで、しらたまとあんこを一緒に連れて行っても良いなっ!? タスク殿っ!!」


 どういうわけだよ……?


 一通りまくしたてた後、呼吸を乱れさせながらもヴァイオレットは期待する視線を外そうとしない。


 オレはにっこり微笑んでから、女騎士の子供のような表情と、申し訳なさそうなフローラの顔を交互に見やり、こう応じるのだった。


「ヴァイオレット」

「うむっ!」

「フローラとふたりだけで行ってきてくれ」


***


 一ヶ月後。


 早くも二回目となったハーバリウム講習会のため、ヴァイオレットとフローラは龍人国の首都へ向かう準備を整えている。


 ドラゴンの姿になったアルフレッドに移送してもらうことになっているんだけど、出発直前まで名残惜しそうにしらたまとあんこを抱きしめていたのは言うまでもない。


 一回目の出発前日なんて、抱きしめたまま眠ってたっていうからな。二匹ともそこそこ大きくなってきたので、寝てる時に苦しくないかと心配になるんだけど、ヴァイオレットにとってはそれも些細な問題なんだろう。実際、二匹ともカワイイしね。


 一方で、ソフィアとグレイス、それに数人の魔道士が荷物をまとめて出かける準備を進めている。


 イヴァンたちの同行のもと、ダークエルフの国へチョコレート製造の技術講習に向かうのだ。


 初回の滞在は十日間の予定で、帰る際にはハーバリウムの材料となる、オイルやガラス瓶などを持ち帰るよう頼んでおいた。


 それにしても、一時的に領地から人がいなくなるのは寂しいものだ。苦楽をともにしてきた仲間たちだし、感傷も当然なのかもな。


 そんなことを考えつつ、無事を祈りながら二組の出発を見送った直後、入れ違いで領地を訪れる人物がひとり。


 久しぶりにジークフリートがやってきたのだ。

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