104.年越し準備。それから
今年も残すところ、あと一週間となった。
とはいったものの、異世界に来てから日付の感覚というものがなく、周りの話に耳を傾けることで「ああ、なるほど。今はそんな時期なのか」と納得するだけなんだけど。領主としてそれはさすがにマズいんじゃないかと。
カレンダーを作るべきかななんてアルフレッドへ相談を持ちかけたところ、ありますよという返事が。しかもため息交じりで。その昔、先輩の異邦人であるハヤトさんの指示で作られたそうだけど……。なんでため息交じりなんだ?
「っていうかさ、カレンダーがあるんだったら教えてくれたら良いのに」
「タスクさん……。今までそんなこと気にした素振りなかったじゃないですか……」
アルフレッドの言い分では、「最近暑いけど、そろそろ夏なのか?」とか「寒くなってきたなあ。もうすぐ冬か?」とか、毎回その程度の質問しかしてこないので、この人は時間をあまり気にしない人なんだろうなと思っていたらしい。
……と、とにかく! 年明けからはキチンと日付は把握しておこうと、来年のカレンダーを発注しておくことに。
苦笑交じりで立ち去っていくアルフレッドは、そのまま領地のあちこちを回っていく。オレ以上に、領地のみんなの方が新年を祝うための準備に忙しいみたいだ。次々にアレが欲しいコレが欲しいと龍人族の商人へ伝えていく。
ハーフフットのアレックスとダリルは、アルフレッドが持参した酒類を真剣に吟味していた。祝い事に酒は欠かせないと張り切るふたりに仕入れを任せたものの、お互いにこだわりが強すぎて未だに決められないようだ。
いっそのこと、エールも
ロルフたち翼人族は焼き菓子作りに忙しい。ドライフルーツやナッツ類がたっぷり入った保存の効くお菓子を、年明けから一週間かけて食べるというのが新年の風習だそうだ。クリスマスに食べるシュトーレンみたいなものだろうか?
ソフィアとグレイスはチョコ作りを魔道士たちへレクチャーしている。ダークエルフの国の長老会から正式な要請を受けて、年が明けたらチョコレート製造の技術講習へ行くことが決まった。
創作ができないとソフィアから文句を言われると思っていたものの、意外にも乗り気で、チョコレートの伝道師としての役割を果たそうと熱心な様子だ。新年早々、ダークエルフの国にチョコレート産業が加わるかも知れないな。
オレはオレで食料の増産に取り掛かるべく、ロングテールシュリンプの養殖池を拡張することに決めた。
エビは正月のおせち料理に欠かせない、長寿の象徴でもある。祝い事にピッタリの食材だし、何より美味しいというのが素晴らしい。
ダークエルフの国でもポピュラーな食べ物らしいし、交易にも使えるだろう。そのような理由から、養殖の拡張を決めたわけだ。
とはいえ、季節は冬。産卵の時期ではないし、冷たい水ではエビの動きも鈍くなっている。とりあえずは拡張の準備だけ整えて、春を迎える頃に改めてエビの住み分けを行うことにしたのだった。
***
「こうやってみんなでお出かけするの、久しぶりって感じ☆」
水路を辿るように北東へ向かう道すがら、楽しそうにベルは呟いた。拡張準備のために出発したメンバーはオレとアイラとベルの他、ワーウルフたち『黒い三連星』、しらたまにあんこ、さらに妖精のロロとララまで一緒である。
「開拓が進んでいるとはいえ、樹海の中で滝も近いし、オレひとりだと流石に危ないからな」
「お任せあれタスク殿! 我らがしっかり主をお守りいたします故!」
「うむ。魔獣が出てきたとしても、ささっと片付けてやろう!」
「頼りにしてるよ」
アイラとガイアたちは護衛のために、ベルにはダークエルフの国へ出荷するエビについてのアドバイスをもらおうと思って同行をお願いしたんだけど。
「ふたりとも、今日はカフェに行かなくていいのか?」
しらたまとあんこの背中に寝そべる妖精たちへ声を掛ける。ロロはむくっと起き上がり、ララはそのままの体勢で応じるのだった。
「自分ら、今日は休みッスから!」
「……店員…代わりばんこ………やる……」
「毎日カワイイ服が着られるの嬉しいッスけど、たまにはリフレッシュしたいッス!」
しらたまとあんこが、ふたりと声を合わせるようにみゅーみゅーと鳴いている。妖精たちとお出かけできるのが嬉しいみたいだ。
やれやれ、作業にいくというより、ピクニック気分だなこれは。
「暖かくなったらお弁当持って、みんなで出かけるか?」
「アハッ☆ タックン! それナイスアイデアだよ★」
「うむうむ。自然に囲まれての食事も悪くないのう」
「それ! 自分も! 自分も行きたいッス!」
「みゅー!」
「……タスク…わたしも……」
そう遠くない未来について花を咲かせている最中、穏やかな笑顔が一転、ガイアたちが緊張した面持ちに変わり、その場へ足を止める。
「どうした?」
「タスク殿、お静かに……」
「……聞こえるの」
猫耳と尻尾をピンと立て、アイラは鋭い眼差しで辺りを見回した。魔獣や野獣が出たのだろうか?
「いや……。そうではないの……」
「ですな。滝の方から聞こえますが……。これは……」
「?」
不明瞭な返事に首を傾げる。アイラもガイアもどうしたんだと思っていると、いつの間にか右肩へ乗り移っていた妖精たちが耳元で呟いた。
「……助け……求めてる…………」
「自分も同じように感じてるッス! ご主人! 急いで助けに行きましょう!」
ロロとララの声に、オレたちは誰とはなしに顔を見合わせ、そして一斉に駆け出すのだった。
***
樹海の滝へ辿り着いてまず視界へ捉えたのは、川辺へ横たわっている全身甲冑姿の人物で、オレは急いで駆け寄ると、その人物を抱き起こした。
「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」
鎧の重さのせいで抱きかかえるのも一苦労だが、そんなことはいってられない。呼吸をしているか確認するため、顔を覆っている兜を取り払う。
「……これは……」
兜の下から現れたのは美しい顔立ちの女性で、わずかではあるが呼吸はしているようだ。しかし、どうしてこんなところに?
「タスク! こっちも倒れておるぞ! おなごの騎士のようじゃ!」
下流へ視線をやった先では、アイラが同じような人物を助け出していたようだ。とにかく詳しい事情を知るのは後だな。一刻も早く連れ帰って手当しないと……。
「ご主人……。これ、見て欲しいッス……」
近くで羽ばたいているロロが、抱き起こした女騎士の肩の辺りを指差している。そこには見慣れない模様の付いた腕章が巻き付けられているのがわかった。
「その模様がどうかしたのか?」
「いえ、その……。自分、この模様に見覚えがあるんスけど……」
確認するように再びしっかりと眺めやってから、ロロはためらいがちに口を開いた。
「……これ、間違いなく帝国軍のやつッス」
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