103.喫茶メルヘン
突然の申し出にオレは数秒ほど思考を停止させ、上機嫌のココに聞き返した。
「カフェ?」
「そう、カフェよ!」
「カフェって、お茶とかお菓子を食べる店の、あのカフェのことか?」
「他にどのカフェがあるっていうの?」
いや、オレも他は知らないけど、純粋な疑問があったのさ。
「カフェは良いけど……。ココって給仕できるの?」
「失礼ね。立派なレディたる私に、ウェイトレスができないわけないでしょう?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて」
わずかに首を傾げたココは、キョトンとした表情を浮かべている。妖精である彼女の身長はわずか二十センチ。対する人間のオレの身長は一七五センチである。
領地内でもっとも低いとされているハーフフットたちですら一メートルあるのだ。いくらなんでも体格差がありすぎて対応できないだろ。
それに接客業はかなり過酷だ。昔、喫茶店でバイトをしていたからわかるけど、タチの悪い客が一定数存在する。
ケーキが不味かったから金を払わないと、綺麗に無くなった皿の上を指差してごねるヤツとか、禁煙だっていってるのにソーサーを灰皿代わりにタバコを吸うヤツとか、ランチセットの時間外なのにいつもこの金額でよかったのにと激高するヤツとか、満席なんですよと案内したら、常連客なのになんで入れないのとかキレ始める、よくよく話を聞いたら前回の来店が一年前のヤツとか……。
挙げだしたらキリがないぐらいのアレな連中に、数え切れない殺意を抱いてきたのだ。そういう目に遭って欲しくないんだけどなとそれとなく伝えたところ、ココははじけるような笑顔で応じた。
「心配いらないわ。カフェを開くといっても、お客は妖精たちだし」
詳しい話を聞いたところ、大陸に散らばっている妖精たちが集まる場所として、カフェを開きたいということらしい。
「この前集まっていた妖精たちが全部じゃないのか?」
「あんなに少ないわけないでしょう? 私が呼びかけたところで限りはあるもの」
良質なマナの供給場所、そして情報交換の場としてカフェの存在が広がれば、各地の妖精たちも興味本位で訪れるかもしれない。
「妖精は好奇心の塊だもの。口コミが広がれば、大陸中から集まってくるわよ」
「そんなもんか」
「それにこの領地にもメリットがあるわ」
「メリット?」
まずひとつ目。先程も言ったように情報交換の場ができるということ。様々なところに住処がある妖精は細かな情報に精通しているそうだ。すなわち他国の情勢といった詳細な話を収集できる。
ふたつ目。精霊からの加護が受けられるということ。妖精たちは極めて自然に近しい存在らしく、わずかではあるが精霊とコンタクトを取ることができる。
万物に存在するといわれる精霊たちへ感謝と飲食物を捧げることで、加護と祝福を与えてもらい、結果として土地が豊かになるそうだ。
……なるほど。良いことずくめだな。デメリットがないだけに、落とし穴が潜んでいないか怪しくなるけど。
「大丈夫よ。何かあったら、私が責任を持って解決するわ」
「いや、困ったことがあったらオレにも相談しろよ? 同じ土地で暮らす仲間なんだしさ」
「ありがとう。アナタのそういう優しいところ、大好きよ?」
ふふふとはにかんで、ココは続ける。
「それで、どうかしら? カフェ開いてもいい?」
「ああ、構わないぞ。妖精たち向けの店なら、すぐに建築できるしな」
「嬉しい!」
バンザイと両手を高く上げ、ココは体中で喜びを表現するべく空中で舞った。
「タスク。もうひとつお願いがあるのだけれど」
「?」
「カフェの名前を考えてくれないかしら?」
***
ココの要望により、三面ある花畑の横へカフェが建てられることになった。
店名は『喫茶メルヘン』に決定。はい、そこ。昭和感満載の純喫茶みたいなネーミングだなとか思わない!
いや、最初はおとぎ話を意味する『フェアリーテール』にしようと思ったんだけどさ、なんというかカフェ感がないっていうか。それなら同じ意味合いの言葉で、ちょっとレトロな感じを出したかったのさ。
幸い、ココたちもネーミングは気に入ってくれたようなので一安心。彼女らにとっては店の内装の方が重要なのかもな。
カフェを作るにあたり、人一倍張り切っていたのはベルとエリーゼだった。ベルなんか、もの凄く興奮しながら、
「ウチにまーかせて☆ めちゃんこカワイイウェイトレスの服作ってあげるし♪」
なんて言いつつ、これまたものすごい勢いで妖精用ウェイトレスの服をガシガシ作ってたしな。途中、ココから「もっとレディっぽくして!」みたいな注文を受けていたけど、どうなったんだろう?
エリーゼとオレは、妖精用の家具やら食器をチマチマとこしらえていた。細かい作業は実に楽しい。集中できるしね。
同人誌の原稿作業がなくなったこともあり、エリーゼの熱の入れようはとてつもなく。こんな細かい細工をよく施したなというような物が次々に出来上がっていった。
カフェの建築作業はあっという間に終わった。ドールハウスの延長だし、
作業が終わり、なんで大きくする必要があるのか尋ねたところ、ココからは意外な返事が。
「店には小鳥もやってくると思うのよ。そのコたち用ね」
「小鳥が客にくるとか夢があるな。でも代金はどうするんだ?」
「代金の代わりに、花や農作物の害虫を駆除してもらうの。労働が対価ってヤツね」
は~……、よく考えてるなあ。素直に感心するわ。
で。ココのお願いからわずか三日後。喫茶メルヘンはめでたく開店することに。フリルの付いた愛らしいウェイトレスの服に身をまとったココたちは、嬉しそうに店内を動き回っている。
「自分、こんなカワイイ服似合わないと思うんスけど……」
「いやいや似合ってるぞ、ロロ」
「え? そ、そうスか……? ご主人がそう言うなら……」
「……タスク…………。わたし…は……?」
「ああ、ララも可愛いぞ?」
「…………(にこり)」
はしゃいでいるロロはともかく、相変わらず眠そうなララに接客が出来るんだろうか……? ま、そこのところはココに任せておくか。
開店の翌日から、喫茶メルヘンの店内はそこそこの賑わいをみせるようになった。顔を覗かせて驚かせるような真似はできないので、遠くからそっと見守る程度だけど、領地では見慣れない妖精の姿や、屋外のテラス席で果実をついばむ小鳥を見ることができる。
眺めているだけで心温かになる光景なんだけど、そこへ熱視線を送る人影がひとり。翼人族のロルフだ。
何をやっているのか尋ねると、ロルフは思いがけないことを言い出した。
「タスク様……」
「なんだ?」
「私もカフェを開きたいのですっ!!」
……ロルフ曰く、日々研究と製作を重ねて出来上がったお菓子を、領地以外の人たちにも食べてもらいたい。そういう欲求が日々強くなってきていたそうだ。
とはいえ日持ちがしない生菓子類を遠くへは運べず、どうしたものか悩んでいたところ、妖精たちのカフェが開かれたことに天啓を得たらしい。
ロルフたちの作るお菓子ならクオリティも高いし、他の人たちもきっと満足するだろうけどさ。
「流石に今すぐは無理だぞ? 小柄な妖精たちとは違って、人相手の店となったら準備も建築も時間が掛かる」
「かまいませんっ! 店を持てるならいつだって待ちます!」
力強い返事に圧されてしまい、思わず了承してしまったけれど……。他に優先してやることもあるし、準備は年明け以降になりそうだな。
しっかし、桜が見たいという要望から始まって、予想もしない方向にどんどん話が進んでいくなあ。ジークフリートのこと、すっかり忘れてたもん。
思えば、交易用の作物の増産問題も片付いていないし。はあ……、また色々考えるか。
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