97.ソース味が恋しいけど、とりあえず花を育てよう
領地で慌ただしくも賑やかな日々を過ごしているお陰か、異世界に来てこれまでホームシックというものにかかったことがない。
しかし、つい先日、新しい調味料作りに取り掛かっていたところ、手伝いを申し出てくれたエリーゼとリアにこんなことを言われてしまった。
「タスクさんはやっぱり元いた世界が恋しいのですか?」
「いや、全然だけど。なんで?」
「ボクたちがお手伝いして作る料理……日本食っていうんでしたっけ? 他とは熱の入れようが違うみたいなので……」
曰く、甘味を作る時と日本食を作る時ではテンションが違うらしい。……マジで? 全然意識したことはなかったんだけどなあ。
ま、確かに米作りへ執着したり、醤油や味噌の味が恋しくなる時もあるけどさ。何というか、それは日本人として生まれた宿命というか、持って生まれた遺伝子的に仕方ないことでね。
すなわち、オレにとってのソウルフードみたいなもんだから、ホームシックとはまったく違うものだよと説明しても納得してもらえず。
「こんなにカワイイ奥さんたちがいるのに、元の世界に帰りたいなんて思うわけないだろ?」
……と、一言付け足すことでようやく安心してもらえた。そしてその後、ちょっとだけイチャイチャしていたのだが……、ゴホン! ……まあ、それはさておき。
何を隠そう、オレは今、猛烈にソース味が恋しいのだっ!
いつだったか、『孤独のグ○メ』でも「ソースって男の子の味だよなあ」とゴ○ーさんが言っていたように。そして民明書房にも記述がある通り、古来から中濃ソースにウスターソースは、男子ごはんには切っても切り離せない関係だったのであるっ!
……多少の脚色はおいといて。チキンカツやエビフライだけでなく、『ミルククラム』という名前の貝を使った牡蠣フライだって作れるのだ。ならば、ソースをたっぷり掛けて食べるしかないだろう。
上手くいけば、ハーブソルトに続く交易品として取引できるかも知れない。ソース工場に潜入取材するテレビ番組を眺めていたことで、大体の作り方は覚えているからできるはず! ……と、試作に取り掛かったまではよかったものの。
野菜に果物、ハーブ類、塩に七色糖、それに油と酢……様々な素材を細かく混ぜ合わせ、煮詰めながら味を探っていくのだが、いつまで経ってもソースっぽい味のする何か違う液体しかできず。
何が足りないのか記憶を辿っていったところ、絶望的な結論に至ってしまった。そう、醤油のコクが足りないのだ。領地で大豆は育てているものの、ここでは醤油を作る技術などもちろんない。
……仕方ない。今回はソース作りを諦めるかと途方に暮れつつも、試作品の未完成なソースは奥さん方に大変好評で、釈然としない思いを抱きつつ、オレはただただ美味しそうに牡蠣フライを食べる奥さんたちに「よかったね」としか言えないのだった。
「……アンタってさ」
「ん?」
「食べ物のことになると、異常な執着を見せるわよね」
クラーラが呆れた眼差しでオレを見やっている。……否定できないだけに悲しい。
「ま、いいわ。お陰で私たちも美味しい物が食べられるから」
「そりゃどうも」
「そういうわけだから、多少は協力してあげるわよ」
「?」
「醤油と味噌だっけ? 出来るかどうかわからないけど、研究してみるわ」
何気なく呟いたクラーラの一言にオレはえらく感動し、思わずこのサキュバスを力強く抱きしめてしまった。そして間もなくリビングには軽い修羅場が巻き起こってしまったのだが。
……その後のことは、色々察してもらえると嬉しい。
***
数日後、花の種子を届けにゲオルクがやってきた。
酷く疲れた様子だったのでどうしたのか尋ねると、ここに来る前、家で一悶着あったそうで。
「いや、なに。ガーデニングを始めるにあたって、最初は何が良いかを妻たちに相談していたら、次第に揉めだしてしまってね」
ゲオルクの奥さんたちは全員ガーデニングを趣味としていて、揃って一家言あるらしく。
初心者向けにはアレだコレだと相談しているはずが、いつの間にか激論に発展してしまったそうだ。何とかその場を収めてからここにきたとのことで。
「……あれ? ゲオルクさん、奥さん何人いらっしゃるんでしたっけ?」
「十八人だな。普段は仲が良いんだが、揉め始めるとな……」
「それは……。お疲れ様です……」
何というか言葉もない。先日のソースの一件もあるし、オレも誤解を招くような行動は慎まないとな。
空中へカバンを出現させたゲオルクは、中から次々に種子を取りだしていく。これから冬を迎えるにあたり、寒冷地用の花だったり、あるいは先々を見据えて春夏の花だったりと、その種類は様々だ。
花の名前も教えてもらったんだけど、あいにく興味が無いので覚えられない。ダリア、アマリリス、バラあたりは聞き覚えがあったものの、その他についてはちんぷんかんぷんである。
「クラーラやリアに尋ねるといい。あの子たちは草花にも精通しているからね」
そうすると、植える場所は作物畑の近くにある薬草畑の隣がいいだろうか。質問もしやすいしな。それはさておき、気になることが。
「色んな花が咲くのは楽しみなんですが、家畜蜂から採れる蜂蜜は、味がごちゃ混ぜにならないんですか?」
現状、イチゴの花だけに姿を見せている家畜蜂だが、他に花が咲いたら、そちらからも蜜を集めるだろう。イチゴだけの純粋な蜂蜜でなくなるのが不安なのだ。
「心配いらないよ。同じ巣に住まう家畜蜂は、同一の花の蜜を採取する傾向があってね」
「そうなんですか?」
「ああ、別の巣が出来れば、また違う花から蜜を採取することもあるが。現状ではイチゴの花のみ、蜜を集めるだろうな」
そんなわけで、違う味の蜂蜜を楽しみたいなら、巣分けした方がいいと勧められたのだった。せっかくだしロルフたちに相談してみるとするかな。
さて、ありがたくいただいた種子は今までと同様、ある程度育ってから
再構築で育った作物などを見る限り、季節に関係なく三日間で育つようだし、それなら花も同じように育つだろうと考えたのだ。
とはいえ、春夏の草花が寒い土地でいきなり育つわけがない。温かい屋内ならある程度まで育つかも知れないと、木材を
土壌との相性が良かったのか、種子はすべて数日間で芽が生え、二週間も経つ頃には青々とした苗へ成長したので、このタイミングで再構築をして種子へと戻す。
それから改めて屋外の畑へ植え直すこと三日間。作物と同様、可憐な花が一面に咲き誇る光景がそこに広がるのだった。
寒空の下に咲き誇る、色とりどりの花はとても鮮やかで、見ているだけで心が落ち着く。様子を見に来たリアとクラーラも同じ事を思ったらしく、その芳香にうっとりしているようだ。
「タスクさん、ご存じですか? 花の中には薬にも使える物があるんですよ」
「へえ、そうなのか。それじゃあ花専用の畑をもっと拡げていくとするかな」
「アンタの能力、ちょっと気持ち悪いって思ってたけど……。季節外れでも素敵な花々を愛でることができるなら、そんなに悪くはないわね」
憎まれ口を叩きながら、近くに咲いたピンク色のバラの花へ顔を近付けるクラーラ。素直に褒めることができないのかね……。
「本当にキレイ。この寒い季節にこんなにたくさんの花が咲いているなんて……」
誰ともなく呟いた一言に、オレは同意する。
「まったくだ。これだけの花が咲き誇るとは思ってもみなかったけどさ、改めて花は心の清涼剤になるって思えるよ」
「あら、アナタ。人間の割にいいこというじゃない。その通りよ、草花は心を潤してくれるわ」
……は? 人間の割に?
そこで初めて気がついた。同意したその声色が、聞き慣れないものであるということに。
声の主を探すため、慌てて辺りをキョロキョロ見渡すものの、どこにも姿が見当たらない。一瞬、自分の幻聴を疑ったものの、その疑問はすぐに解消されることとなった。
「あはは、こっちよ。こっち」
声のする方向へ導かれるように、視線を宙へ上げる。
「はじめまして。アナタがこの花を育てたの?」
その問いかけに応えることが出来ず、オレはただ息を飲むことしか出来ない。
背中に四枚の羽が生えた小柄な人形のような女の子が、悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、オレの目前を漂っていたからだ。
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