88.噂話

 異邦人? 異邦人っていうことは、オレ以外に他の世界からやってきた人がいるって事だよな?


 噂にしても結構衝撃的な内容だと思うんだけど……。ジークフリートとゲオルク、さらにはアルフレッドまで反応が薄い。


「所詮は噂話であろう。そもそも、帝国に現れたという異邦人と、ここにいるタスクは別人だ。怯える理由はどこにもない」


 ハーフフットたちを諭すように、落ち着いた声でジークフリートは続ける。


「ワシもその昔、異邦人と共に旅をしてきたが、親友と呼ぶにふさわしい程の人格者であった。異邦人だからとて、一概に悪と判断するのは早計というものだぞ? 第一……」


 龍人族の王はオレをチラリと見やってから豪快に笑ってみせる。


「こやつは素朴な見た目通り、性格も素朴そのものだからな。戦争などという、大それたことなどできやしないだろうて」

「……褒められてる気がまったくしないんですが……」

「ガッハッハ! 何を言うか、ワシとしては最上級の賛辞を送ったつもりだぞ!?」


 呆気にとられた表情でジークフリートを眺めているハーフフットたち。『賢龍王』と呼ばれている人物の独特のノリに、どう反応して良いのかわからないようだ。


 ま、初対面でいきなり怯えられるよりマシだろう。あんな目で見られるのは結構ショックだったしなあ。


 結局、「噂話を鵜呑みにしないよう」と、ジークフリートは念を押し、「戻って休むように」と付け加え、ハーフフットたちは外へと出て行ったのだが。


 それから間もなく、お茶で喉を潤したジークフリートから語られたのは、意外な事実だった。


「実はな、帝国に異邦人が現れたという噂は、以前から耳にしていたのだ」


***


「耳にしていたって……」


 だからハーフフットたちが噂について話している時も驚かなかったのか……っていうか、待てよ? 前から知っていたってことは、オレと同じ異邦人の手によって、今回の戦争が引き起こされたってことは本当なのか?


「それはわからん。が、帝国に異邦人が現れたという信憑性は薄いと考えておる」


 ジークフリートはその理由について、次のように説明してくれた。


 ハヤトさんにしろ、オレにしろ、異邦人というのは常人離れした能力を持っていることがわかっている。


 仮に帝国に異邦人が現れたとして、そういった能力を持っているならば、今頃は連合王国を圧倒しているだろう。にも関わらず、反攻に転じられる事態へ陥っているのはなぜか。


「オレみたいに生産系だけが得意で、戦闘が苦手なだけかも知れませんよ?」

「だとすれば、ますます戦争というカードを切ることなど愚の極みであろう? 自殺行為に等しい選択をする理由などないはずだ」


 肩をすくめる王様を見やりながら、オレはふと、この世界へくるキッカケとなったゲームである『ラボ』のエンディング条件を思い返していた。


 もし、帝国に異邦人が現れ、オレと同じ『ラボ』のプレイヤーであったとするなら、エンディングを迎えることで元の世界へ帰れるのではと考えないだろうか?


 世界征服というのは、エンディング条件のひとつだ。その異邦人が元の世界へ戻るため、戦争を始めたならば説明がつく。


 そのことを伝えると、三人は神妙な面持ちで押し黙り、やがてその沈黙を破るようにジークフリートは口を開いた。


「何はともあれ、だ。遠い国の噂話より、目の前のことを対処しなければな」

「そうですね」

「タスクよ、この領地でハーフフットたち全員を亡命者として受け入れることはできるか?」

「正直、厳しいですね。食料となる作物は増産していますが、交易に出す分もありますので」


 隣に座るアルフレッドが同意する。


「財務状況としてはやや余裕がある状況ですが、あれだけの人数を一気に引き受けるとなれば、厳しくなると言わざるを得ません」

「ふむ。であれば、予定通り首都へ移送するか」

「予定通り、ですか?」

「ああ。ここへ来る前に施設を手配しておいたのだ。避難所のようなものだな」


 いつも、ジークフリートの「将棋に夢中な義理の父親」という面しか見ていないので、このような有事の仕事の早さには素直に感心してしまう。


 元々、あの人たちも、龍人族の国へ行きたいって話だったし、同じ国でもこんな辺境の土地より安心して暮らせるだろうと考えていると、ジークフリートは予想外のことを言い放った。


「三分の一程度はここへ留まらせるからな。しっかり面倒を見るのだぞ?」

「……は?」

「あのハーフフットたちは、どうやら異邦人に対してあまり良い感情を抱いていないと見える。つまらん噂に惑わされ、ハヤトやおぬしの人柄が誤解されたままでは面白くないではないか」

「え? もしかしてですけど、誤解が解けるように同じ領地で暮らせと?」

「その通り!」


 ニカッと笑う王様に、アルフレッドが慌てた様子で口を挟む。


「お待ちください。財務的に厳しいと先程申し上げたはずですが……」

「全員受け入れればの話であろう? 一部であれば問題なかろうが」

「しかし……」

「懐事情が厳しいなら遠慮無く申せ。その分、援助しようではないか」


 そう言われて、すごすごと引き下がるアルフレッド。相手は王様だし、強く言えないよなあ。


「とにかく、だ!」


 テーブルを力強く叩き、ジークフリートはオレに向き直った。


「ハーフフットたちに、おぬしの善人っぷりを思い知らせてやるが良い!」

「思い知らせてやるって……。何か、悪いことをするかのような口ぶりですけど」

「ええい、ゴチャゴチャ言うな! よいか? おぬしやハヤトのような良い異邦人がいることをわからせてやるのだぞ?」


 ……どちらかというと、オレよりもハヤトさんの人柄が誤解されるのが嫌なんじゃないだろうか……?


 親友だったっていうし、噂でしかないとはいえ、異邦人のことを悪く思われるのは耐えられないのだろう。困った人を助けるのは当たり前だけど、そういう理由でハーフフットたちと生活をするのはちょっと違うような気が。


 話はまとまったとばかりに、ジークフリートは満足げな表情で席を立っちゃうし。ま、いいさ。異邦人云々はさておき、共に暮らすなら、住みよい環境を提供できるよう頑張らないとな。


 それはそうと。気になっていることがひとつ。


「ウソかホントかはわからないですけど、異邦人がいるなら会ってみたいと思わないんですか?」


 王様と初めて会った際、かつて生死を共にした異邦人のことを知りたいと、質問攻めにあったのだ。もうひとり異邦人が現れたとなれば、それなりに興奮するのではと思っていたんだけど。


「なあに。ハヤトの故郷についてなら、おぬしの話だけで十分だ。確認しようのない奴を追うことよりも、ここへきて将棋を指していた方が有意義だしな」

「それもそうですね」

「それにだ」


 真剣な顔つきに変わったジークフリートは、低い声で続けた。


「好んで戦争を仕掛けるような異邦人と、気が合うとはとても思えぬ」

「……単なる噂話で終わるかも知れませんよ? 本当は異邦人なんていなかったりして」

「ガッハッハ! そうだな、勝手に異邦人を騙る輩がいるだけかもしれんな」

「ええ。もしかすると、ですけどね」

「よいよい。それならばむしろ都合が良い」


 その言葉の持つ意味がどういうことなのか理解するよりも早く、ジークフリートの凍てつくような眼差しが見えない何かに対して向けられた。


「ハヤトやおぬし……。異邦人の名を汚そうとする不逞な輩がいるならば、生まれてきたことを後悔させてやるだけだ」

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