82.戦争と交易

 戦争という暗い話題を持ち込んだにも関わらず、アルフレッドの口調は悲壮さや深刻さとは無縁のもので、いつも通りの飄々とした様子にオレは違和感を覚えた。


「随分落ち着いているけど……。戦争って、ここは大丈夫なのか?」

「昨日、ギルドの面々と国の重臣たちで話し合いが行われましたが、当面は問題ないだろうという結論になりましたので」


 その理由は、戦端を開いた当事国である、人間族の国の『帝国』が大陸最東端に位置していること、攻め込まれたのは、その隣国である人間族の国の『連合王国』なので、直接的に関わることがないだろうということらしい。


「そもそも帝国と龍人族の国は、海洋に面した国家という点で共通点はありますが、地理的に離れすぎています。また帝国には二正面作戦ができるような国力はありません」

「今すぐここが危険にはならないってことか、なるほどね」


 同時に、昨日、ジークフリートが慌てて帰ったのもそれが原因だったのかと納得。遠く離れた国のこととはいえ、戦争は一大事だもんな。結婚式に参列している場合じゃないか。


 龍人族の商人は一息入れるように、テーブルのお茶をひとすすりしてから続けた。


「とはいえですね、領地のことを考えると、対策を講じた方がいいことには変わりありませんで」

「……? 当面は問題ないんだろ?」

「ええ。しかし、この戦争の混乱に乗じて、他の国が挙兵する恐れもありますので」


 大陸の実に三分の一を支配する龍人族の国は、他国に比べ圧倒的な国力を誇っているものの、国境に面した国々から一斉に攻め込まれたことを考えた場合、その軍事的な優位性は皆無に等しい。


「樹海という自然の要塞がありますが、この領地は三カ国の国境に面しています。防壁を作っておいて、まず間違いは無いかと」

「確かに。防衛は重要だよなあ」


 開拓した場所の周囲にはアルフレッドの作った電気柵や、死霊使いたちによるアンデッドの見張りを用意しているんだけど、実際問題、範囲が広くなりすぎたため、所々手薄になっているのが実情なのだ。


「わかった。早急に取り掛かろう。不足している資材はまた発注するよ」

「かしこまりました」

「しっかし、わかんないな」

「何がです?」

「戦争を始めた理由だよ。ま、理由を知ったところで納得できるかどうか、話は別だけど」


 頭の後ろで両手を組み、椅子へもたれ掛かる。遠く離れた国で起きていることとはいえ、一般人が巻き込まれているかと思うと面白くはない。


 アルフレッドは紺色のボサボサ頭をかきむしりながら、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている。


「ギルド内でも情報を得ることに躍起になっているのですが、具体的なことまではわからないのですよ。ただ……」

「ただ?」

「大陸の東側では作物の疫病が流行り、今年の収穫は壊滅的という話を聞いています。理由の一端はそれかもしれません。あくまで推測の域を出ませんが」

「いつの時代もどこの世界も、飢えの苦しみで争いが起きるか……」


 かといって、それが戦争を正当化する理由には決してならない。戦争を起こす金があるなら、食料を仕入れるなり、他にも手を打てると思うんだけどね。


 どうやらアルフレッドもオレと同じ考えだったようで、ため息交じりに重々しく呟いている。


「戦争で苦しむのは何の罪もない、貧しい庶民たちですよ。お偉方や貴族連中にはそれが理解できないのでしょうね」

「辺境とはいえ、オレも領主だからな。せいぜい肝に銘じておくよ」

「い、いえ! タスクさんのことを言ったのでは……!」

「いやいや。初心は忘れるべきではないし、忠告は謙虚に受け止めないとな」


 すっかり恐縮しているアルフレッドへ、話題を転じるようにオレは尋ねた。


「それで。防壁以外に、何をやったらいいかアドバイスはあるかな?」

「……え? ええ、もちろんです。本日訪問したのは、前々から考えてたことを実行するいい機会だと思いまして」

「あ~……。アレかあ。いい機会かなあ?」

「間違いありません。他国と交易を行うなら、今が絶好の時かと」


***


 話は少し前まで遡る。


 先日、種子同士を構築ビルドして誕生した『サツマイモ』と『スパゲティコーン』というふたつの作物だが、案の定、それを見たアルフレッドから是非卸して欲しいという要望を受けたのだ。


「こんなに美味しいのですから、イチゴ同様、高級品として売れますよ!」


 興奮しながら熱弁を振るう龍人族の商人には悪いけど、オレはこのふたつを今までと同じように、高級品として売るつもりは全くなかった。


 元の世界でもサツマイモは一般的な穀物だし、新種の作物であるスパゲティコーンも、保存が利いて調理がしやすい。両方とも共通して、お腹を満たすのにもってこいなのだ。


 この世界では貧富の差が激しく、食うに困る人たちが大勢いると聞く。ならば、このふたつを無料で大陸中へ普及させ、食料事情を改善させることはできないかと考えたのである。


 オレの考えを伝えたところ、アルフレッドは笑顔を浮かべて賛同した後、恐縮したように意見を述べた。


「そのお考えは素晴らしいと思いますし、僕としても是非実行に移したいのですが……。タダで普及させるというのは難しいでしょう」

「なんで?」

「以前、領地の皆さんと、給金について話し合われたことを覚えていらっしゃいますか?」


 曰く、この世界では等価交換という考えが常識で、無料で何かを施してもらうのは恥と捉えるそうだ。


「また、これを機に相手から施されることが当たり前と思われてもなりません。望めば恵んでもらえる、都合のいい存在だと捉えられてしまいますので」

「そんなことは……」

「もちろん、タスクさんのご厚意は十分に理解しております。しかしながら現実問題、相手側の面子を考えながら行動を起こさなければなりません」

「面子、ねえ?」

「いかがでしょう? 当面の間、作物の収穫量を増やし、ある程度まとまったところで交易を始められては」


 今の今まで収穫物を卸しているだけだったので、その提案は新鮮なもののように受け止められた。


「幸いなことに、この領地は三カ国と国境を面しています。それぞれの国の特産品と取引を行えば、双方に利が生じますよ」

「三カ国と交易か……」


 確かに、ジークフリートやゲオルクからも、ここを商業都市にしたらどうだっていう話があったからなあ。あの時は冗談半分で受け止めていたけど、そういった話を聞くと、商業都市というものも現実味を帯びてくるな。


「わかった。とりあえず、このふたつは増産して、いつでも出荷できる体制を整えておこう」

「はい。僕も情報を収集し、適切な時期が来たら取引を行えるように準備を整えます」


 それから畑面積を拡張し、ひたすらサツマイモとスパゲティコーンの増産に励んだわけなんだけど……。


 結果としては、三カ国まとめて取引できる量には至らず。ほどほどの量を倉庫へ備蓄できる程度で今日を迎えたのだった。


***


 物足りない収穫量のことを考えていたのが顔に出ていたのか、アルフレッドは不安を取り除くように微笑みを浮かべた。


「無理に三カ国まとめて交易をする必要は無いのです。まずは一カ国、状況を見ながら交易する相手を徐々に増やしていきましょう」


 領地と隣接するハイエルフの国、獣人族の国、ダークエルフの国の三カ国は、いずれも連合王国と国境を面しており、今後のことを考えると食料だけでなく武具なども調達したいところだろう。


 戦争に乗じるような点はいささか心苦しいですが……と続けるアルフレッド。商人ながら思うところはあるらしい。


「武器供与してるわけでも、価格をつり上げて取引するわけでもないだろう? あんまり考えすぎるな」

「そうですね……」

「それで? 最初に交易をする相手はどこがいいんだ?」

「この三カ国の中なら、北にあるハイエルフの国か、東にあるダークエルフの国でしょうか。どちらも食料事情はあまりよくないと聞いています」

「わかった。それじゃあダークエルフの国を最初の交易相手にしよう」


 即断ですねと驚くアルフレッド。……いや、なんというか、個人的な理由で申し訳ないんだけど、ハイエルフの国の印象がよくないんだよなあ。


 ほら、どうもエリーゼのことを邪険にしてたっぽいしさ。愛する奥さんがそんな目に遭ってたとなると、いささか心証も悪くなるのが当然で。


 私情は持ち込んじゃいけないとはわかってるんだけどね……。こういうところが領主としては良くないんだろうなあと反省しつつ、オレは交易に際しての助言を求めるため、ベルをこの場へ呼び寄せたのだった。


***


「おっけーおっけー☆ まーかせて★ ウチが長老おじーちゃんたちに口利きすれば問題ナッシン♪」


 事情を聞いたベルはそう言うと、交易を始めるにあたり、自分がダークエルフの国へ向かうと立候補した。


「確かに、同族であるベルさんがいて下さるなら交渉もしやすいですが……」

「ノープロっしょ? サクサクっと話をまとめちゃうからさ☆ おーぶねに乗ったつもりで、安心してイイヨ♪」

「ありがとう、ベル。助かるよ」

「アハッ☆ 愛するタックンのためだしネー♪ コレも妻のつとめってヤツ?」


 満面の笑顔でピースサインをこちらへ向けるベル。この明るさにはいつも元気づけられる。


「しかし楽しみだなあ。考えてみれば、他の場所にいったことないからさ。ダークエルフの国がどんなものなのか、今から楽しみだよ」


 これから始まる新たな事業と、この領地以外でファンタジーの世界を体感できることに期待を込めながら呟くと、アルフレッドとベルはキョトンとした顔を浮かべている。


「あの、タスクさん? 何か勘違いをされてますが……」

「ウンウン。タックンはぜ~~~~~~ったいっ! 一緒に来ちゃダメだかんねっ!?」

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