81.結婚式(後編)

 無垢の道を通り、集会所まで足を運んだオレたちを出迎えたのは、それぞれに着飾った領地のみんなだった。


 真っ白な絨毯は大広間中央の一番奥まで続き、そこには立会人を務めるゲオルクが待ち構えている。


 大広間の左右から万雷の拍手が響き渡る中を、オレたち五人はやや緊張した足取りで進んでいく。真っ直ぐ前を見据えて歩いていると、ふと最前列にいたジークフリートの姿を視界に捉えた。


 以前、子供の結婚にいちいち反応などしていられないと語っていた王様だったけれど、娘の晴れ姿にはやっぱり感じる物があるらしい。目に光る物を浮かべて、純白のドレスに身を包んだリアへ視線を送っている。


「新郎新婦、こちらへ」


 一番奥まで進み終えたのを見届けると、拍手は自然と鳴り止み、代わってゲオルクの厳かな声が大広間の中へ響きわたった。


「これより結婚の儀を執り行う――」


***


 ……さて、皆様におかれましては『精霊式』と呼ばれる異世界の結婚式がどんなものか、知りたいとご期待の方も多いと思われます。


 ええ、まあね、オレもできるだけ記憶に留めて話したいと思っていたんですよ? いや、ホントホント。しかしですね、申し訳ないことに、何をやったかマジでほとんど覚えてないんスよ……。


 結婚式に参列したことのある人ならわかってもらえると思うんですけど。いつも明るく、親しみやすい友人や知人が、結婚式では緊張のあまり、ガッチガチになってることあるじゃないですか。


 見てるこっちとしては「なんだよ、おい。柄にもなく緊張してんなよ」とか、そんなことをちょっと考えちゃうんですけど。いや、本当、友人たちに謝りたいね。あんなに緊張するもんだとは思わなかったわ……。


 立会人のゲオルクが、その都度どうするかを説明しながら進行してくれたんだけど、言われたことをちゃんとやらなきゃってことでいっぱいいっぱいだったからなあ。


 所々で覚えているのは、『芳香油ほうこうゆ』と呼ばれる、柑橘系の果物をつけ込んだオリーブオイルを人差し指につけ、新婦それぞれの額に軽く触れることと、薔薇の花飾りを新婦の髪へ付けてあげること。


 あとは用意した指輪を左手の薬指にはめるってことだったんだけど。こっちでは指輪交換はせずに、自分の指輪は自分ではめるということに軽く驚いてしまった。


 なんでも、自分の意思で結婚をするよっていう表明だそうで。なかなか面白い風習だなあとかそんなことを考え込んでいるうちに、ゲオルクが両手を掲げて力強く宣言したわけだ。


「――これをもって、この五名を正式な夫婦とする。未来永劫、精霊たちの加護と祝福、偉大なる我らが祖、『龍神』ジークムントの慈悲があらんことを……!」


 その声と共に、割れんばかりの歓声と拍手が大広間を埋め尽くしていく。あちこちから湧き上がるおめでとうの声に感無量の面持ちで佇んでいると、ゲオルクが耳打ちしてくるのがわかった。


「あとは中央の白い絨毯をゆっくり歩いて集会所を出れば儀式は終了だ。残りわずかだが、最後まで気を抜かないように」


 入場した際は『無垢の道』と呼ばれていた白い絨毯は、退場する際に『祝福の道』と名前が変わるらしい。みんなからの祝いの言葉を受けながら集会所の外へ足を踏み出すことで結婚式が終わるそうだ。


 外へ向かう準備はいいかなと、正式に奥さんとなった花嫁たちへ視線を向ける。エリーゼとリアが涙ぐんでいる姿は想像できたけど、アイラとベルの二人がボロボロ泣いているのは予想外だった。


 てっきり照れ笑いを浮かべているもんだと思っていたけど、そうだよなあ。一生に一度のことだもんな。感極まるのが当たり前だと思い直し、それぞれにハンカチを差し出した。


 そして、花嫁たちが落ち着くのを待ってから、祝福の声が溢れる中、オレたちは夫婦としての第一歩を踏み出したのだった。


***


「お疲れ様でした」


 屋外の広場に設けられたベンチでぐったりしていると、アルフレッドが果実水の入ったコップをオレに差し出した。


「いやはや。見ているこちらにも新郎の緊張が伝わる、微笑ましい挙式でしたよ」

「やかましい」


 奪い取るようにコップを受け取り、カラッカラに乾いた喉へ流し込む。その様子をおかしそうに眺めながら、礼服をまとった龍人族の商人は呟いた。


「しかし……。結婚というのはいいものですねえ。挙式に参加して、改めてそう思いました」

「お? なんだ、アルフレッド。お前も身を固めるのか?」

「いえいえ。相手がいませんからね」


 いつも通りのボサボサした紺色の頭をかきむしりながら、アルフレッドは続ける。


「ほとんど家にいないような仕事ですから。理解のある人を見つけるのは大変でしょう」

「わからんぞ? 案外近くに、ピッタリの相手がいるかもしれんしな」


 そう返しながら、オレはエリーゼを取り囲む魔道士の一団へ視線を向けた。いつも以上に気合いを入れ、フル装備を固めたソフィアが談笑している。


 付き合うかどうかはわからないけど、脈があるかどうかぐらい知っておいてもバチはないだろう。それとなくソフィアのことをどう思うのか尋ねようとするよりも早く、アルフレッドは口を開いた。


「存じてます。しかし、僕にはもったいなすぎる方ではないかと」


 照れくさそうにメガネを直す龍人族の商人。オレは少し驚き、すでに空だということも忘れ、喉を潤そうとコップを口元へ運んだ。


「……気付いてたのか?」

「ええ。こちらには頻繁に足を運んでいましたから」

「そうか。そうだよなあ……」


 あれだけ猛アプローチしていたんだからな。そりゃ、朴念仁でも気付くって話だ。よかったなあ、ソフィア。お前の努力は実を結びそうだぞ?


「あれほどに素敵な女性ですから、他の男性も放っておかないでしょう」

「いやいや。この領地は男が少ないからな。遠慮しないでデートにでも誘ってみればいいじゃないか」

「そうでしょうか?」

「そうだよ」


 うんうん。少なくともお前の役に立ちそうだぞソフィア、サークルの姫みたいなポジションも卒業だな、なんてことを考えている最中、意外な言葉がアルフレッドの口から飛び出した。


「それでは今度、グレイスさんをお誘いしてみましょう」

「……はい?」


 アルフレッドの視線の先には、ソフィアの隣にいる、華麗なドレスに身を包んだ知的な美人の姿が。


「えーっと……。グレイス?」

「はい。……違うのですか?」


 言葉に詰まるオレ。いやー、参ったな、流石に予想外すぎる……! しかし、アルフレッドがその気なのに相手が違うとか言い出しにくいし……!!


 こんな平和な土地で三角関係が始まるのだけはカンベンしていただきたいんだが、どうしたものか……。頭を悩ませながら答えを求めていると、視界の端に見慣れない人影が映るのことに気がついた。


 よくよく見れば、宴席から離れたジークフリートとゲオルクが、その人物と話をしているのがわかる。誰だろ、アレ?


「どなたでしょうかね?」

「アルフレッドも知らないのか?」

「ええ。少しお話を伺ってきます」


 そう言って席を立つアルフレッドの後ろ姿を見送りながら、オレはソフィアのアプローチが実を結ぶことをただただ祈るしかなかった。


***


 祝賀会のあちらこちらでは、この日のためにご馳走が用意されていた。


 ここで取れた作物の他、翼人族が魂を込めて作った(ロルフ談)というケーキの数々、そしてワーウルフたちによる鳥の丸焼き。


 さらにはアイラが狩ってきたという、数頭の十角鹿やスピアボアが調理され、食べきれないほどの量が振る舞われている。


 果実水にエール、蜂蜜酒ミード、それにワイン。飲めや歌えの大騒ぎの光景を眺めながら、オレは相変わらずベンチへ腰掛けていた。


「なんだ、疲れた顔しおって」


 顔を上げた先には、義理の父親となった賢龍王の姿があった。


「いまから主役がそんな調子では先が思いやられるな。結婚の宴は深夜まで続くぞ?」

「うわあ、本当ですか?」

「たらふく酒も勧められる。酔い潰れないよう気をつけるんだな」


 ガハハハハと豪快に笑ったジークフリートは、さらに続けた。


「ところで。昨日、おぬしとリアと飲もうと言っていたワインだがな」

「ああ、八十年物ですね。来賓邸にありますよ。取ってきましょうか?」

「いやいや。いいんだ。おぬしたち二人で楽しんでくれ」

「は?」

「ちと急用が出来てな。急ぎ城へ戻らねばならんのだ」


 先程見た人影はすでにそこにはなく、ゲオルクとアルフレッドも帰り支度を整えている。


「何かあったんですか?」

「なあに、大したことではない。ワシとしたことが、会合を一件失念しておっての」

「そうですか……」

「うむ。最後までこの場におれないのは残念だがな」

「それじゃあ、リアを呼んできますよ」

「いやいや、気を遣わんでもいい。リアも楽しんでいるだろうからな。あやつにはすまなかったと伝えてくれ」


 そう言い残し、足早にジークフリートたちは立ち去っていく。お礼をするのもままならなかったので、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「おーい、タスクや」


 振り返った先にはアイラが立っている。純白のドレスをまとったまま、両手には果実水の入ったコップを持っていた。


「ほれ、喉が渇いているであろう。気の利くおぬしの妻が持ってきてやったのじゃ。ありがたく思え」

「ああ、悪いな」


 コップを受け取ったものの、どことなく表情は固かったようだ。アイラは小首を傾げ、どうしたのかと尋ねてくる。


「いや、急用ができたって言って、王様たちが帰っちゃってさ」

「ジークたちが?」

「うん。昨日会った時は、仕事のほとんどを終わらしてきたって言ってたんだけどなあ」

「お偉方ともなれば、急に仕事が舞い込むこともあろう。あまり不思議がることもないのではないか?」

「そりゃそうだけどさ……」


 なおも思考を巡らせているオレを見ながら、アイラはどことなくもじもじとしている。


「……アイラこそどうしたんだ? なんかヘンだぞ?」

「ヘンとはなんじゃ! ヘンとは!」

「いや、だって、ずっと落ち着かないみたいだし」

「……そ、そうか? そうじゃの……」


 猫耳と尻尾をぴょこぴょこ動かしながら、うぅぅとうなり声を上げると、観念したようにアイラは顔を上げた。


「おっ、おぬしに感謝の言葉を伝えようと思って!」

「……オレに?」

「そ、そうじゃ……!」


 手にした果実水を一気に飲み干して、アイラは深呼吸をひとつする。


「猫人族の忌み子として産まれて二百年。私は今まで生きる意味を持たずに過ごしてきた」

「アイラ、忌み子の話は……」

「よいから聞けっ。聞いてくれ」

「……わかったよ」


 決意を込めた眼差しが、オレを真っ直ぐに見据えていた。


「何のために生を受け、そしてそれがわからぬまま、人目を避けて死を迎えるだけの人生。たったそれだけの人生と思っておった」

「……」

「それがどうじゃ。おぬしと出会ってから、すべてが一変した」

「アイラ……」

「おぬしと出会ってから、私は生きることを初めて楽しいと心から思えた。見るもの、触れるもの、そして共に暮らす仲間たち。ここではすべてが優しく美しい。私のことを忌み子だと気味悪く思う者など誰もおらん」


 表情を輝かせ、アイラは興奮気味にまくし立てる。


「そして、生涯を共にする伴侶を得るという、昔は想像すらできなかったことも実現できた。すべて、すべておぬしのお陰じゃ、タスク」

「そんなこと」

「そんなことあるんじゃ!! 私が今ここで、幸せに暮らせているのはすべておぬしのお陰なんじゃ!! だからっ……!」


 顔を真っ赤にしたアイラは、うつむき、絞り出すような声で呟いた。


「……あ、ありがとう……と。その言葉を……つ、伝え……たく……」


 言葉尻を遮って、オレはアイラを強く抱きしめる。手にしていたコップが地面に落ちたけど気にしない。


「な、なんじゃ、タスク!? と、突然にっ!」

「まだまだだからな」

「な、何がじゃ!?」

「まだまだこんなもんで満足してもらっちゃ困る」

「へっ?」

「これからもっと幸せにするから、覚悟しとけよ?」


 軽く身体を離し、キョトンとした花嫁の顔を覗き込む。一瞬の後、アイラはぱあっと表情を明るくさせ、満面の笑顔を浮かべてオレに抱きついた。


「ぬふふふ~! それはこっちのセリフじゃ! 私が妻となったからには、おぬしにはもっと幸せになってもらうぞ?」

「ああ。覚悟しておくよ。……一緒に幸せになろうな?」


 こくりと胸元で頷くアイラを眺めやっていると、遠くから叫び声が。


「ああ~~~!!!! またアイラっちが抜け駆けしてるっ!!」

「ズルいですよ!! アイラさん!!!」

「ボクも!! タスクさん、ボクも!!!」


 駆け寄ってくる花嫁たちを微笑ましく思いながら、オレとアイラは揃って宴の席に戻っていった。その後、奥さんたちだけでなく、領地のみんなからももみくちゃにされながら、荒っぽく祝ってもらったのはいうまでもない。


 祝賀の席は深夜まで続き、余韻を残しながら解散となった。片付けは朝になってからでいいだろう。疲れているし、とにかくゆっくり休みたい。


 ――そして迎えた翌朝。


 朝食を済ませた後、オレにもたらされたのは、大陸の東に位置する人間族の国が戦争を始めたという知らせだった。

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