73.ソフィアの嫉妬

「どうしたんだよソフィア……っと!」


 特徴的なオレンジ色のツインテールと、メイクをバッチリ決め込んだソフィアは、恨みがましい表情を浮かべながら、オレの腕を引っ張ると、家の陰まで連れ込んだ。


「ちょっと、たぁくん。何なのよ、あのサキュバス!」

「はぁ? ……あ~、クラーラのことか?」

「アタシのアルフレッドさんにベタベタするなんて、いい度胸してるじゃない」


 ……アルフレッドがいつソフィアのものになったのか、問い詰めてやりたい気分ではあるのだが。


「安心しろよ。そんな関係じゃないって。共同作業のために、一緒にいるだけだからさ」

「甘いわ、たぁくん。『七色糖』で作ったシュークリームより甘々な考えよ」

「その例え、わかるようでよくわからんぞ」

「いい? ああいう手合いの『私、仕事できます』みたいな女に限って、自分の得意分野をアピールして、オトコにいいところを見せつけるに決まっているんだから」


 少し前、魔法石の研究を実演し、アルフレッドにいいところを見せつけていたお前が、どの口でそれを言うかねとは思ったものの、あえて触れないでおく。


「ホント、多少、顔とスタイルがいいからって、自慢げに見せつけてくれるわね」

「考えすぎだっての」

「まったく、すっかり敵はいないものだと思って油断してたわ。明日から出かけるっていうのに……」

「そういえば、明日から五日間出かけるんだっけ?」


 例の同人誌即売会が明後日から三日間に渡り開催されるらしい。移動に往復で二日、合わせて五日間留守にするということで、事前にエリーゼから相談を受けていたのだった。


 家事全般が出来なくなることを心苦しそうにしていたエリーゼだが、些細なことだ。そんなことより年に数回しかないイベントなのだから、是非とも楽しんできてもらいたい。


 考えてみれば、オレ自身、元の世界でもコミケには行ったことがない。同人誌即売会がどんな雰囲気なのか、一緒に連れて行ってもらおうと相談を持ちかけたところ、エリーゼから返ってきたのは、やんわりとした制止の言葉だった。


「その……、タスクさんが行かれるのは止めた方がいいと思いますよ?」

「なんで?」

「えっとですね……、あまり大きな声では言えないのですが、今回のイベントはボーイズラブオンリーでして……」


 なるほど、ボーイズラブ把握。オーケー、皆までいうな。そら、流石にオレの趣味のストライクゾーンから大きく外れるわな。


 ま、イベント自体は年に何回かあるみたいだし、別ジャンルのものも出展される時に連れて行ってもらえばいいやと思い直すことに。


 それよりも、エリーゼが無事に帰ってこられるかどうかが心配である。グレイスが一緒だから、あまり不安を感じる必要はないだろうけど。


「ソフィア。エリーゼのこと、くれぐれもよろしく頼むな。いい大人だから、危ないことはしないと思うけどさ」

「ハイハイ、わかってますよ。……はぁ~、エリエリはいいわねえ。こうやって心配してくれる旦那様がいるんだもん」

「……エリーゼだけじゃなくて、ソフィアやグレイス、みんなのことも心配してるぞ?」

「いいわよぉ、そんな余計な気を遣わなくっても。そんなことより」


 力強くオレの胸ぐらを掴み、ソフィアは真剣な顔つきで呟いた。


「アタシが出かけてる間、あのサキュバスとアルフレッドさんをちゃんと見張っておいてね?」

「……いや、見張るってお前」

「わずかな隙を突かれて色仕掛けをされたらと思うと、たまったもんじゃないわ!」

「クラーラがそんなことするわけないだろ?」

「とーにーかーくっ! アルフレッドさんがあの女に誑かされないように見張っ……」

「僕がどうかしましたか?」


 穏やかな声に顔を上げる。視線の先には、いつの間にか近くへ来ていたアルフレッドの姿が。


「あらぁ、アルフレッドさんじゃないですか! こんにちはぁ」


 瞬時に手を離したソフィアは、姿勢を正し、余所行きの顔と声を作って応えている。……何度となく思っていることだけど、オレは本当にお前が怖いよ。


「こんにちは、ソフィアさん。おふたりのことを探している最中、偶然僕の名前が耳に入ったものですから。もしかしてお邪魔でしたか?」

「いえいえ、そんなことありませんよぉ? 明日から出かけてしまうので、留守の間は、アルフレッドさんに色々相談して下さいねって、タスクさんに伝えていたところでぇ」

「ハハハ、ご心配なさらずとも、僕がいなくてもタスクさんは領主としてしっかりやってらっしゃいます。僕の助けなど無用かと」

「そんなぁ、謙遜しないで下さい。アルフレッドさんが凄いってこと、アタシは十分わかっているんですからぁ」


 段々と頭が痛くなってきたのは気のせいだろうか。あれ? そういえば。


「そういやアルフレッド。オレたちを探してたって?」

「ええ。そうでした。以前、魔法石の媒体作りを見学させていただいたじゃないですか」

「うん、上手くいかなかったけどな」

「それです。構築ビルドする素材を、洞窟で探索されてはいかがかと思いまして」

「洞窟?」

「ええ。市場に出回らない魔石や貴重な素材が見つかるかも知れません。それらを使えば、媒体作りも進展するのではないかと」


 聞くところによると、ここから北へいったところに奥深い洞窟があるそうだ。樹海の中で人の手が入らず、それだけに貴重なものがあるのではないかと。


 場所についてはアイラが詳しいだろうということだけど……。危険な場所へ単独で行かせるわけにもいかないので、善処しておくとだけ伝えることにした。


 その後、ソフィアが笑顔を浮かべながらも「いいから、さっさとどこかに行け」という瞳でオレを見ていたので、大人しく退散することに。


 やれやれ、いちいち疲れるなあと思いながら家路についている途中、今度は前方からオレを呼び止める声が聞こえた。


「お~いっ☆ タック~ンっ♪」


 灰色のサイドポニーを揺らしながら、褐色の肌が美しいダークエルフが大きく手を振りながら駆け寄ってくる。


「ベルじゃないか。どうしたん……」


 返事をしている途中だが、突然、ベルはオレに抱きつき、それから身体のあちこちを触り始めた。


「フムフム……。なるへそなるへそ。こうなっているワケね……」

「……ベルさんや。いきなりなんですか?」

「ふっふーん、それはナ・イ・ショ★」

「いや、わけわかんないんだけどさ」

「それはそうとタックン。リアっち、どこにいるか知ってる?」

「ああ、リアなら、向こうでクラーラと一緒にいると思うよ」

「さんきう! ありがと、タックン♪ 愛してるよっ☆」


 さりげなく愛の言葉を残し、ベルは颯爽と駆けだしていく。一人取り残されたオレは、その背中を黙って見送ったのだが……。マジで何だったんだ、一体?


***


 さてさて。夏に入ってから、開拓作業のほとんどを水道関係に費やしていたのだが、実はその合間を縫いながら建築した施設があり、それについて話したい。


 我が家の両隣へ建てられた、『集会所』と『薬学研究所』という二つの施設である。まずは建築に至る経緯から説明しよう。

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