72.下水処理(後編)

「なんだ、誰かと思えばアルフレッドじゃないか」

「なんだとは随分なご挨拶じゃないですか、タスクさん」

「悪かったよ。登場の仕方が怪しかったもんでな」

「まったく。頼まれていた例の物、これでも苦労して手に入れてきたのです。少しは労ってもらってもいいと思いますよ?」

「ゴメンって。いつも助かってるよ、ありがとな」


 紺色のボサボサ頭をかきむしる龍人族の商人へ礼を述べている最中、リアが小首を傾げた。


「例の物って、何ですか?」

「実は水路を作るにあたり、タスクさんに水道の蛇口を頼まれておりまして。それをいくつか入手してきたのです」

「理論はわかっているんだけど、細部まで構築ビルドするのは難しいからね。完成している物を入手できれば、それを使おうと思ってさ」

「なかなか大変でした。なにせ水道関係は機密事項が多いもので。取引先の貴族に便宜を図ってもらい、何とか手に入れることができたというわけです」


 どうかお父上にはご内密にお願いいたしますと続けるアルフレッドへ、リアはかぶりを振った。


「構いません。父も機密扱いである水道敷設の一般化に腐心しておりますので……。国民である皆さんの生活が豊かになるなら、多少機密が漏洩しても問題はないでしょう」

「ありがたいお言葉ですが、聞かなかったことにしましょう。リア王女のお立場もありますので……」


 深々と頭を下げるアルフレッドを、訝しげに眺める人物がひとり。


「……で? 誰なの、この人?」

「ああ、クラーラは初対面なのか。彼は龍人族のアルフレッド。ここの専属商人だよ」


 財務の相談も受けてもらっていると付け加えると、アルフレッドはクラーラへ手を差し出した。


「アルフレッドと申します。お目にかかれて光栄です、クラーラ博士」

「ふーん……、私のこと、知ってるんだ?」

「ええ。お噂はかねがね」

「どうせロクな噂じゃないんでしょ?」

「とんでもない。薬学における優秀な学者さんだと伺っております」


 半ば強引に握手を交わしたアルフレッドは、人好きのする笑顔を浮かべ、話題を転じた。


「そうそう。蛇口ですが、ロルフさんたちへお渡ししてきました。後ほど設置すると」

「助かるよ」

「いえいえ。……それで、先程の話なのですが。大変興味深いことに取り掛かられるようで」

「下水道のことか?」

「はい。僕にも協力できることがあるなら、是非お手伝いさせていただければと」


 ずれ落ちそうになるメガネを指で直しながら呟くアルフレッド。そんな龍人族の商人へ、クラーラは不信感を抱いているようだ。


「……見返りに何を要求するつもり?」

「見返り、ですか?」

「商人から無償の協力を申し出るなんて、そんな上手い話があるわけないじゃない。何が望みなの?」

「おい、クラーラ。アルフレッドはそんなヤツじゃ……」

「あんたは黙ってて」


 情けない話だが、その迫力にオレは思わず気圧されてしまう。白藍色のショートヘアを逆立てんばかりのクラーラに、アルフレッドは穏やかな口調で応じた。


「信じていただけませんかもしれませんが、こう見えて僕は、この大陸に暮らす人たちの生活を憂慮しているのですよ」

「憂慮?」

「ええ。大陸中を飛び回ってわかりましたが、この世界は貧富の格差がとても酷い。特に獣人族と人間族の国は、一部の権力者が庶民の生活を食い物にしてる有様です。その日を生きるのがやっとという、貧しい人たちが大勢います」

「……」

「僕は商人として得た知識や技術を提供し、そういった生活を余儀なくされている人たちの助けになりたいのです。協力を申し出たのもそのためですよ」


 真剣な話に耐えられなかったのか、アルフレッドは照れを誤魔化すかのように頭をかきむしった。


「……まあ、端的に言えばカッコつけたがりなのです。自分が影響を及ぼせる範囲なんてたかが知れてますしね」

「それでも、できることはやっておきたいんだろ? 米が作れるようになったら、食料事情の改善に繋がるって話した時、ものすごく興奮してたじゃないか」

「いやあ、覚えておられましたか……。お恥ずかしい限りで……」


 赤面するアルフレッドを眺めやっていたクラーラは、すっかり毒気が抜かれたのか、深いため息と共に呟いた。


「……わかったわよ。私だって、自分の研究がみんなの役に立つなら嬉しいし。ぜひとも協力をお願いしたいわ」

「おお、それはよかった!」

「ただし、さっきもコイツに言ったけど、あくまで論文ベースの研究だかんね? 上手くいかなくても文句なんて言わないでよ?」


 オレのことをコイツ呼ばわりですかい……。まあ、オレもクラーラを変態呼ばわりしているので強くは言えないが……。


 とはいえ、何とか話がまとまったようで良かった。険悪なまま、作業を進めたところで上手くいくはずもないだろうしな。


 リアも安心したようで、いつものような柔らかな微笑みをクラーラへ向けている。学者と商人、それぞれ違う分野の知識が融合して、よりよい下水道技術になることを期待しよう。


 そのためには、多少時間が掛かっても仕方ないかな。なんて、思っていたんだけど……。実際の所、作業の方向性がまとまったのは、それから三十分も経たなかった。


***


 リアとクラーラ、アルフレッドを交えた話し合いはあっという間にまとまり、オレはその内容についての説明を受けることになったのだが。


「……それにしては早過ぎじゃね?」

「優秀だから、私。この程度のことなら、カンタンよ」


 胸を張るクラーラから語られたのは、先程の下水道理論に若干のアレンジを加えたもので、次のようなものだった。


 まず、生活排水とトイレの排泄物などを下水管を通して、小さな池に集める。この池には空気を使って破砕させる装置を用意し、流れ着いた汚物を細かく砕くそうだ。


「……そんな装置、どこにあるんだ?」

「タスクさん。お忘れですか? 僕はトラップサークル『メガネドラゴン』の主ですよ?」

「ああ、そんなやつあったなあ……。世界トラップ協会、だっけ?」

「ええ、ええ! ついこの間完成した、試作罠『夏風一号』というものがあるのですが、これの威力を弱めれば、そのような装置すぐにできますとも!!」


 何でも、『夏風一号』は作動すると高さ二十メートルに達する竜巻を発生させ、侵入者を空中で木っ端微塵にするそうだ。もう少し実用性のある罠を作れと、何度言えばわかるのだろうか……。


 おっと話が逸れた。で、小さな池で細かく砕かれた汚物は、次に大きな池に移り、先程聞いた汚水を分解する生物によって、水と泥に分けられるらしい。


 水は濾過装置を通って浄水池に溜まり、リアの作った消毒薬を混ぜられて、海へ放流されていく。


「論文は田畑が整備されてない場所を想定してたから、水も再利用してたけど。ここはその必要がないでしょ? この方法が上手くいけば、同じような土地にも流用が出来るし」

「なるほどな。途中で汚物を細かく砕くのは、どういった理由があるんだ?」

「汚水を分解する生物の能力って、実はイマイチなのよ。大きければ大きいほど時間が掛かるから、そのためね」


 ああ、ちなみに、とクラーラは言葉を続け、苦笑いを浮かべた。


「聞かれると思うから先に言っておくけど、分解する生物っていうのは、アンタの想像しているスライムのことじゃないわよ?」

「……え゛? 違うのか?」

「やっぱりね。異邦人は皆、同じ事を考えるのかしら?」


 何でも、二千年前にこの世界にやってきたハヤトさんも、最初、スライムで下水処理が出来ないか考えたそうで、そのことは文献に記録されているらしい。


 そりゃそうだろうな。ラノベやファンタジー小説の読者だったら、同じ事を考えるはずだ。そんなことを思っていると、異邦人の話題に嬉しくなったのか、リアは身を乗り出すように口を挟んだ。


「異邦人の方のアイデアは斬新で、とても興味深いのですが。この世界のスライムというのは、栄養を取り込めば取り込むほど巨大化しまして……」

「ああ。収拾がつかなくなるのか」

「でもでも! ハヤト様のお考えがキッカケで、アーロイス式スライムというものが誕生しまして!」

「アーロイス式スライム?」

「粒状の生命体で、汚物を分解する新種のスライムです。栄養を取り込んでも大きくならないという特性が。アーロイスという科学者によって作られたのですが」

「そりゃスゴイな。……あれ、アーロイスって、どこかで聞いたような?」

「銅貨の名前になっている方ですよ。龍人国三賢人のおひとりです」


 補足するアルフレッドに続けて、クラーラが肩をすくめる。


「とはいえ、アーロイス式スライムは厳重に管理されているから、他では使えないの。なので、その代わりになるようなものが出来ないか研究してたわけ」

「それを論文にまとめたのか」

「その通り。でも、それが実用化されたら、水で利権を得ている人たちは困ってしまうでしょう? 賞をもらったところで見向きもされないって話なのよ」


 やれやれ。どの世界でも、いつの時代でも、特権階級の連中には困ったもんだな……。ともあれ、クラーラの研究が一般化できるようになるなら、それも変わるだろう。


 話に納得したオレは、人手を寄越すことを約束し、下水道の設置をクラーラたちへ任せることに決めたのだった。何はともあれ、まずはこの領地で成功させなければな。


 ま、優秀な仲間が揃っているし、そんなに不安を感じることもないだろう。明るい気分でその場を後にした、その時だった。不意になにやらまとわりつくような視線を感じたのだ。


 辺りを見回していると、魔道士たちの家の陰から「こっちへこい」というジェスチャーを送っている女性の姿が。


(……何してんだ、アイツ。あんな所で?)


 訝しげに首を傾げながらも、オレはとりあえずジェスチャーを送り続ける主の元へ足を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る