70.水路

 リアとクラーラが連日のようにやってきてはいたものの、水路作りは引き続き順調に進んでいった。


 いや、むしろ、最初の頃に比べると作業ペースは確実に上がっている。ひとつ目の穴掘りに十日間掛かっていたのに、ふたつ目とみっつ目の穴掘りは両方合わせて十日間とか、マジで意味わかんないんだけど。


 いやいやいや、作業内容のコツを掴んだのかもしれないけどさ、いくら何でも早すぎやしないかね? その上、仕上がりも丁寧ときたもんだ。


 急ピッチなのにも関わらず、疲れを見せることなく、ワーウルフと翼人族は作業に没頭している。隙間なく石材が敷き詰められていく貯水池予定地を眺めながら、オレはガイアとロルフに問い尋ねた。


「みんな、かなり張り切ってるみたいだけど、何かあったのか?」

「もちろんです。みんな、タスク様たちの晴れ舞台を楽しみにしてますから」

「はい? 晴れ舞台って?」

「ハッハッハ! とぼけられても、我らに隠し事など出来ませんぞ?」

「その通りです。この水路が完成したら、結婚式を挙げられるとか」

「……あ」


 そういや、アイラたちにそんなことを言った気がするな……。


「ベル殿から話を伺いましてな! いやはや、大層楽しみにしておられましたぞ?」

「私はアイラさんとエリーゼさんから聞いたのですが。お二人とも、一日でも早くその日が来て欲しいと、嬉しそうにお話ししてましたよ」

「だからって、みんなムリして作業を早めなくても……」

「何を仰る! 我らが主のめでたき日を、この目に焼き付けることが出来るのならば、こんな水路のひとつやふたつ、すぐにでも完成させましょうぞ!」

「ええ、ええ。結婚というのはとても素晴らしいことです。是非、我々もお祝いさせていただければと」

「メインディッシュは鶏肉を山ほど用意しましょう! 胸肉とささみを香草焼きにして!」

「ウェディングケーキは翼人族にお任せ下さい! タスク様から教わった技術を活かし、腕によりを掛けた逸品を作ります!」

「そ、そう……。あ、ありがと……」


 キラキラとした二人の眼差しは、オレ以上にオレの結婚式を楽しみにしてくれているのがわかるもので、その気持ちは大変ありがたい。ありがたいんだけど……。


 そのせいでムリをさせるっていうのも、何だか申し訳ないんだよなあ。とはいえ、ゆっくり進めてくれって頼んでも、この分だと聞いてくれそうもないし。


 オレに出来ることは、みんなの疲れが取れるような料理を差し入れることぐらいか。とにかく、くれぐれも怪我に注意してもらいながら、引き続き作業を任せることにしよう。


***


 水路の全体像はこうだ。


 樹海の遙か遠く、北東に位置する巨大な滝。そこから発生している川の横へ、人工的な支流を一本作る。


 支流には水門を設置して、水量の調節ができるようにしてある。この水門は翼人族たちの設計を元に、オレが石材を構築ビルドして作り上げた、共同作業の賜物だ。


 ロルフには「おひとりで作られるおつもりですか?」と驚かれたけど、サンドボックスゲームである『LaBO』にハマりまくっていたオレとしては、物作りの作業は楽しくて仕方ない。


 若干、脳がトリップする勢いで完成させた水門は、ロルフからお墨付きを貰えた出来映えである。ゲームと違い、自分の作った物を現実の物として見ることができるので、達成感もひとしおだ。


 水門からは石材の水路を領地に向かって延ばしていく。途中、将来的な事を考えて、分岐点を設けることにした。

 ここから別方向に水路を設けて、ロングテールシュリンプの養殖池を作ろうと考えたのだ。


 何はともあれ、上水道作りが優先である。なだらかな傾斜を付けた水路が最初に到達するのが、ひとつめの大きな池、『沈殿池』だ。


 この『沈殿池』の役割は、ある程度の塵芥を底に沈め、水だけを次の水路へ流していくことにある。ここから延びていく水路はゴミや落ち葉、動物が入り込まないよう、地中を通っていく。


 次に辿り着くのが『濾過池』になる。『沈殿池』の周りは柵を設けたが、ここからは水を綺麗な状態に保つため、屋内へ池を設置していく。


 水路と『濾過池』の間には、濾過装置が置かれている。これも石材を構築した大きな円筒の中へ、「大きな石、小石、綿、木炭、綿、小石、砂、綿」を順番に入れて製作したものだ。


 日常生活では使うことのないサバイバル知識も、こういう時に役立つから、なかなかどうして侮れない。日頃から『鉄○DASH!』と『ディスカ○リーチャンネル』を見ていて、ホントによかったわ……。


 『濾過池』から次の水路の間にも、同様の濾過装置を設け、念には念を入れて水を濾過していく。綺麗な水は地中の水路を通っていき、最後に辿り着くのが、領地の北東部にある『浄水池』だ。


 文字通り、飲むのに適した水を貯めておく場所、なんだけど……。一見、無色透明の水だとしても、川から流れてきた代物なので、このままの状態で飲むのは怖い。


 何せ異世界、オレの知らないような動物はもちろん、魔獣だって当たり前の世界である。寄生虫などには細心の注意を払いたい。


 とはいえ、ここまで綺麗な状態にした水を、井戸水のように、いちいち煮沸するのも面倒な話だ。衛生面だけでなく、気軽に水を使いたいから水路を作りたかったわけだし。


 どうしたもんかなあと頭を悩ませている最中、意外な人物が解決策を提示してくれることとなった。


***


「飲料水ですね? できますよ」


 ある日のこと、水路を見学しに来たリアへ、雑談がてら飲料水問題を打ち明けたところ、あっさりと返ってきたのはそんな言葉だった。


「できるって?」

「えっと、つまり、タスクさんが仰っていることって、消毒のことですよね?」

「そうそう。……え? 消毒できるの? マジで?」

「はい、できます。マジで」


 最後だけちょっとおどけた口調にして、リアは微笑んだ。龍人国の水路作りは、かつての異邦人ハヤトさんの知識によるものだが、その際、同時に消毒についても学んでいたらしい。


 偉大なる先人の知恵に感謝しながら、オレはリアの話に耳を傾けた。薬学に精通している彼女は、水の消毒薬を作ることもできるそうだ。元の世界でいうところの、いわゆる塩素みたいなものだろうか?


 何はともあれ、これで懸念事項がひとつ解決した。自分の奥さんの聡明さへ敬意を表しつつ、オレはついでとばかりに、リアへもうひとつの相談を持ちかける。


「――というわけでさ。これもずっと考えているんだけど。いい結論が出なくてね」

「なるほど。お話は理解できました」

「何とかなるかな?」

「そのことでしたら、ボクより適任が」

「適任? ……って、もしかして」

「はい、そのもしかして、です。彼女も優秀な学者ですから」


 屈託のない笑顔でそう言うと、リアはオレを引き連れ、もうひとりの優秀な学者だという、クラーラが待つ場所へ足を向けた。

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