69.提案と、その後の話
「一緒に暮らすって……」
疲労困憊の見本といわんばかりの顔をしたクラーラは、ウンザリとした様子で悪態をついた。
「リアちゃんの次は、私まで嫁にするつもり? 領主サマってば、随分と欲張りじゃない」
「ちっがーう!」
「え゛……? 違うの? それじゃもしかして、アンタの愛人とか……?」
「勘違いすんなっ! そんなんじゃないっての!」
「じゃあ何よ?」
「リアにとって、ここは不慣れな環境だからな。開拓のやる気があったとしても色々と大変だろう? 親しい友人が側にいるなら、精神的にもラクになるんじゃないかと思ってさ」
実はリアに話を持ちかける前、アイラたちにもこのことを打診していたのだ。奥さんに迎えるとはいえ、相手は王女様。お城とはまったく異なる暮らしに、リアの戸惑いも多くなるだろう。
それに……。これはクラーラのことも考慮してのことだ。先程の話では、国へ戻ったところで肩身の狭い立場に変わりなく、それならば、そういったものとは無縁の環境に身を置くのもいいのではないだろうか。
クラーラのリアに対する心情を思うと、想い人と夫の近くで生活を送るというのは、残酷以外の何物でもないのだが。
離れて暮らす二人が疎遠になって、親友という関係まで危うくなるのはとても辛い。クラーラには偽善や同情からくる提案だと思われるかもしれないが、それでもオレは声を掛けずにいられなかったのだ。
「ボクからもお願い。クラーラが一緒なら、きっともっと、ここでの生活が楽しくなると思うんだ!」
「リアちゃん……」
「あ、そうだ! タスクさんと一緒にケーキを作ってみたんだよ! クラーラが気に入ってくれるといいんだけど……」
生クリームとイチゴの乗った生菓子を差し出されたクラーラはうつむき、そして両手で顔を覆った。
うんうん。リアの優しさに感動して、涙腺が緩んだんだろうな。……なんて、一瞬でも考えたオレがバカだった。
「……ふ」
「ふ?」
「ウフフフフフフフ!!」
突然笑い出したクラーラは勢いよく顔を上げ、欲にまみれた瞳でリアを熱く見つめると、興奮した様子でまくし立てた。
「やっぱり! やーっぱりっ!! リアちゃんには私がいないとダメみたいね!! それにしてもリアちゃんってば、私の気を引くため健気にお菓子作りとか本当エモいっていうか!」
「……エモい?」
「これはもはや尊さを通り越した天使の行動としか思えないわ! 流石はマイスイートエンジェルリアちゃん! もぅ女神? 女神の化身なの? リアちゃんってば神々しくて直視できないけどそんなことでリアちゃんから視線を外す事なんてできない罪深さの可愛さっ! そしていい匂いはぁぁぁぁクンカクンカ犯罪級の愛おしさ…そうこれはもう犯罪だから取り締まるしかないわね私的裁判の結果私の赤ちゃんを三人産むことで許そうと思うんだけどいいえもうそんなの関係ないわ今すぐ子作りしましょうそうしまじょ゛ッッ……!!」
いかんいかん。ゲオルクよろしく、
「っ痛ぁぁぁぁ~~~!!! なにすんのよっ!」
「落ち着いたか、
「妙な当て字しないでくれるっ!?」
「人の奥さんに手を出そうとする方が悪い」
奥さん、というオレの一言に赤面するリアと、そんなリアを見てショックを受けるクラーラ。……しまった、こんな疲れるやり取りを今後も繰り広げなきゃいけないのか。
移住を誘ったのは失敗だったかなあと一瞬思ったものの、前言を撤回するわけにもいかない。ムンクの叫びのような表情を浮かべるクラーラへ、オレは再度問いかけた。
「で? 結局、この領地で一緒に暮らす件はどうする?」
我に返ったクラーラは、何事もなかったかのように姿勢を正し、そして素っ気なくこう言い放った。
「そうね。前向きに考えておくわ」
***
返事を保留したまま帰って行ったクラーラだが、後日、リアがやってくる際には必ず一緒についてきてはこの領地を満喫していたので、意外とまんざらでもないのかもしれない。
リアが遊びにくるのは三日に一度で、ジークフリートやゲオルクとは別行動で姿を見せるのがほとんどだった。事あるごとにからかってくる父親がいると、のんびり出来ないのだろうな。
一方、ジークフリートは一週間に一度のペースで領地を訪れている。視察という名目はあるものの、ここでは相変わらず日本食と将棋に明け暮れているだけである。部下の人たちには見せられない光景だな、これは。
リアと一緒に行動することのなくなった賢龍王だが、父親としてそれを寂しがっている様子は一切見られない。
「子供が何人いると思っておるのだ。いちいちそんなことに反応していても仕方ないであろう?」
「まあ、それは……そうなんですけど」
「それにしても、リアが結婚か……」
対局中に呟いた王様の言葉は、むしろ喜びに満ちているように思える。そのことを不思議に思っていると、ジークフリートはニカッと笑顔を向けた。
「あれは幼少期からおてんばで、男勝りなところも見受けられたからな。相応の歳になっても、結婚相手が見つかるか不安だったのだ」
「そうだったんですか。とても可愛らしい人だと思いますけど」
「お、早くも惚気か? リアのこと、よろしく頼むぞ、息子殿?」
ガハハハハと豪快に笑うジークフリート。そうか、義理の父親になるんだもんな。全然、実感湧かないけど。
「そういえば、ご家族の中には、この結婚に反対する方とかいなかったんですか?」
「反対?」
「ほら、リアは王女様。こっちは領主といえど、場所は辺境ですよ? 立場が違うじゃないですか」
「問題ない。よくある王族と貴族の結婚だしな。反対する者など誰もおらんよ」
……雑談ついでに軽く質問しただけなのだが、何かさらっと、とんでもないことを言われたような気がする。
「王族と貴族って、何の話ですか?」
「決まっておろう? リアとそなたのことだ」
「は? オレが貴族?」
「今さら何を言っておるのだ? 『黒の樹海』の領主になる際、そなたへ男爵の爵位を授けたではないか」
「男…爵……?」
領主になるためには、男爵以上の爵位を持つことが前提条件らしい。領主の任命式で、爵位もまとめて貰ったらしい……のだが。
あの時は、何が起きてるか理解できず、流されるまま式を済ませたことしか記憶にないので、そんなことを覚えているはずもない。
「保管するような場所がないから、勲章はいらないといっていたが」
「スイマセン、マジで記憶にないです……」
「仕方のないやつだ……。ほれ、手を出せ」
空中にカバンを出現させたジークフリートは、その中から無造作に何かを取り出し、オレの手のひらへそれを放った。
「わっと……!? って、重っ!」
「男爵の勲章だ。持っていれば自覚も出てくるだろう。くれぐれも無くすなよ」
え? 勲章って、こんな乱暴に受け取っていいものなんスかね……? 恐らく銅で作られたヤツだと思うんですが、細工は細かいし、すんごいキラキラしてますけど……。
絶対、雑に扱っちゃいけないヤツだと思ったものの、王様にとっては、目前の盤面の方が大事らしい。
しきりにそなたの手番だと促すその姿に乾いた笑いで応じながら、オレは勲章をポケットに仕舞い、改めて対局へ集中することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます