68.リアの告白
それからしばらく経った後、昨日のような異常な性愛っぷりを取り戻したクラーラだが、何故かリアとある程度距離を取り、しきりにオレとリア、二人だけの空間を作ろうとするのだった。
「お互いロクに話もしてないでしょ? あとは若い二人でごゆっくり……」
お見合いで聞くような、お約束の台詞を言い残し、クラーラはアイラたちを連れて家に戻っていく。何でも、ベルの作った服に興味があるそうで、それを見学させてもらいたいらしい。
ベルの作った服っていうと、アレだよな……? リオのサンバカーニバルの衣装みたいなヤツ。
実物を見て驚いたりしなきゃいいけど……なんて思っていたものの、アルフレッドから依頼を受けて製作された、ベルのデザインした服の数々は、今や龍人国での流行の最先端らしい。
うーむ、日本でもオシャレとは縁遠い生活だったが、こちらの世界でもファッションというものを理解するのは難しそうだ。
……あ、もしかしてクラーラに気を遣われたのか? 本当はベルの作った服への興味はないけど、口実を作ってオレとリアを取り持とうとしてくれてるとか……。
いやいや、まさか……と、いろいろな想像に耽っている最中、遠慮気味に袖を引っ張るリアを瞳の端に捉えた。
「あ、あの、タスクさん。何かお考えでしたか?」
「ああ、いや、ゴメンゴメン。ちょっとぼーっとしちゃって」
「開拓でお忙しいでしょうし、お疲れなのでは?」
「大丈夫大丈夫。それじゃあ、行こうか?」
元気のいい返事を聞きながら、オレとリアは菓子工房へ足を運んだ。採れたてのイチゴを使い、生菓子を作ろうと思ったのだ。
***
工房の主である翼人族たちは水路工事のために出払っていて、お菓子作りはオレとリアの二人きりで行うことになった。
そのことを知ったリアは、耳まで真っ赤にしてものすごく照れていたみたいだけど、正直、オレのどこがそんなにいいのかが、未だによくわからん。
いや、中性的でとても美しい女の子に好かれるのは気分がいいけどさ。こちとら、ついこの間まで、三十歳独身彼女ナシ、どこにでもいるような普通のサラリーマンだったワケで。
前世でどれだけ徳を積んだか知らないけど、突然の恵まれた環境に恐れ多さも感じているわけですよ。
「タスクさんのどこに惹かれたかというと、それはやはり、ボクの見知らぬ世界からやってきた
オレが何気なく口にした疑問に対し、リアは胸を張って答える。
「小さい頃から、お父様に異世界からやってきた勇者様のお話をよく聞かされていましたから。ずっと、憧れの存在でした」
「勇者様っていうと、ハヤトさんのことかな?」
「はい! 災厄王と破滅龍を倒し、世界に平和をもたらした英雄! そして、大陸の各地で繰り広げられたロマンスの数々……!」
胸元で両手を合わせたまま、夢見心地な様子で遠くを見つめるリア。
「その頃からずっと信じていたんです。異世界からやってきた勇者様が、いつかボクをお嫁さんとして迎えに来てくれるものだと……」
微塵も淀みを感じることのない、綺麗な瞳を輝かせているリアには大変申し訳ないが、オレは戦闘はおろか、痛いとか怖いとかが苦手な人間だからな……。そんなに期待されても、ガッカリさせてしまうだけなんじゃないだろうか?
「あー……。その、悪いんだけど、オレは勇者って呼ばれるほどの人間じゃないし、そもそも戦いは不向きっていうか……」
「何を仰いますかっ! 戦いだけが全てじゃありません! タスクさんは、ボクにとって、十分すぎるほどに勇者なんです!!」
「はあ……」
何でも、リアは龍人国の国では名の知れた薬学のエキスパートで、薬草にも精通しているそうだ。
品種改良による新たな植物や作物の研究にも熱心で、王族という立場にありながら、時間を見つけては野山へ入り、様々な動植物の収集に当たっていたらしい。
そんな折、『黒の樹海』で新たな作物を生み出した人物の存在を耳にした。しかもそれはどうやら異邦人。俄然、リアの興味が沸いた。
「そして、お父様からタスクさんの事を伺いました。その知識量、技術、開拓にかける情熱……。そのどれをとっても素晴らしいものだと、ボクは確信したんです!」
それまで憧れていた存在の出現。しかし、リアが結婚しようと決意を固めたのは、それからもう少し後、例のイチゴを口にしてからだそうだ。
「品種改良された『遙麦』、そして『七色糖』も素晴らしかったのですが、あのイチゴは別格でした……。あんなに甘く、そして爽やかな果物を生み出せるなんて……」
出来ることなら、その知識と技術を一番近くで見てみたい。憧れだった存在の側にいたい。その思いからジークフリートに結婚の相談を持ちかけた。
「よ、欲を言えば、なんですが……。本当は、ボクひとりだけが、タスクさんのお嫁さんになれたら良かったんですケド……。アイラさんも、ベルさんも、エリーゼさんも、素敵な方たちで……」
恥ずかしそうに手をもじもじさせて、リアは頬を赤く染めている。
「そ、その、お三方に負けないよう、頑張っていいお嫁さんになりますので……。改めてボクと結婚してもらえませんかっ!?」
まさかの逆プロポーズ。オレからお願いするつもりが、すっかり立場が逆転してしまったな……。
とはいえ、リアにしてみたら、一世一代の告白だったに違いない。ここに来るのも、相当の覚悟だったんだろう。
「こちらこそ。奥さんが三人いる立場だけど、結婚してもらえますか?」
笑顔で応じた瞬間、感激からか身体を震わせたリアは、そのまま飛びつき、オレの身体をぎゅーっと抱きしめた。
「う、嬉しいです!! ボク、ボク……! こんな幸せな日が来るなんて……!!」
「オレも。こんなにカワイイ子をお嫁さんにできるんだから幸せだよ」
「か、カワイイなんて……!」
ますます顔を赤く染めるリアは、抱きついていることに気付いたのか、慌てて身体を離し、軽く乱れた淡い桜色のショートボブを手で整えながら、必死に弁明を始めた。
「い、いえ! こ、これは違うんです!! そ、その、感情が抑えきれなかったといいますか……!」
「え? 別にいいのに。だって、結婚するんだから変じゃないでしょ?」
「はひっ!? そっ、そうですねっ! け、結婚……」
蒸気がリアの頭上から立ち上っているようにも見える。……うーん、オレが言うのもなんだけど、あまりこういうことに免疫がなさそうだし、軽く頭を冷やしてもらうためにも、話題を変えるか。
「えっと……。そろそろ、お菓子作り始めようか? みんなも待ってると思うし」
「そ、そうですね!! 色々教えて下さいっ!」
そしてようやく始まったお菓子作りだが、ここで作ったものをジークフリートへのお土産に持っていくものだとばかり思っていたオレは、リアの一言に意表を突かれた。
「ボクの作ったお菓子、クラーラ喜んでくれるかなあ」
「あれ? ジークフリートへのお土産じゃないの?」
「お父様も大事ですけど、やっぱり一番はクラーラに食べてもらいたいので!」
エヘヘヘと満面の笑顔で応じる王女を眺めやりつつ、オレは先程から考えていたことを、リアへ持ちかけることに決めた。
「あのさ、リア。クラーラのことなんだけど……」
***
「あっ☆ タックンおかえりー♪」
家のリビングでは、アイラとエリーゼ、そしてやけに機嫌のいいベルが寛いでおり、その後ろでは、ゲッソリとした表情のクラーラがもたれ掛かるように椅子へ腰掛けている。
「あのね、あのね! クラっちがお洋服着たいっていうからサ♪ ウチのデザインしたモノ、ぜーんぶ着て貰ったんだ☆」
「そっか、そりゃよかったな!」
「ウンっ☆」
なるほど、そりゃあ疲れるはずだよな……。クラーラも大変だったろうに……。
「……お楽しみだったようで何よりですねえ、領主サマ……」
力なく笑うクラーラからは、丁寧な口調ながらも、恨み節と思える言葉が飛び出している。悪かったよ、気を遣わせてさ。
それはともかくだ、まずは大事な話を済ませないとな。
「なあ、クラーラ」
「なによ?」
「リアとも相談したんだけどさ」
「?」
「お前もここで、オレたちと一緒に暮らさないか?」
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