66.執着の理由(前編)

 その後、夜になって帰宅することになったジークフリート一行だが、クラーラは相変わらず抜け殻のような状態から戻らず。結局、父親であるゲオルクが無造作に肩へ担いで連れ帰っていった。


 年頃の娘さんをそんな雑に扱っていいんですかねえとは思ったものの、慣れた様子だったのでよくあることなのだろう。それもそれでいかがなモノかとは思うけど。


「タスク様……」


 遠慮がちに話しかけてきたのはリアだった。


「今日は突然押しかけて申し訳ありません。その、ボク……、ご迷惑でなかったでしょうか?」

「いや、全然。リアさえ良ければ、また遊びにおいでよ」

「よ、よろしいのですか?」

「もちろん!」


 ぱぁっと明るい表情へ変わったリアは、心の底から嬉しそうな声で応じた。


「はい! 今度はお父様抜きで伺います!」

「ははは、ジークフリートが拗ねなきゃいいけどね」

「いいんです! タスク様にもっとボクのこと知って欲しいですし!」


 その力強い宣言に、こっちが照れそうになってしまう。イカンな、三十歳の余裕ある大人として、思春期の男子学生みたいな反応は流石に恥ずかしい。


 話の主導権を取り戻すため、あることを思いだしたオレは話題を転じることにした。


「あー……っと、そうだ! お願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「その、未来の奥さんにタスク様って呼ばれるの、恥ずかしいんだよねえ。気軽に呼び捨てとかできないかな?」

「そんな、呼び捨てなんて……!」

「じゃあ、せめて、さん付けで」

「さん付け、ですか?」

「ダメかな?」

「えっと……。その、タスク……さん。タスクさん……」

「うん。これからはそれで頼むよ」


 さん付けでオレの名前を呟くだけで、かぁぁぁっと頬を染めていくリア。初々しくて、とても可愛らしいんだけど、クセの強い連中が多いここでやっていけるのか、気になってしまう。


 そんなわけで、次回、ここへ遊びに来る時は動きやすい服装でおいでと声を掛けた。発展途上ではあるが、領地の中を案内しつつ、住んでいる仲間たちとも親交を深めて貰いたい。


 「わかりました!」という元気な返事を残して帰って行くリアとジークフリート親子を見送ったオレは、今日一日の出来事を振り返ろうとして止めた。精神的な疲れが身体全体へ浸食していくことに気付いたからだ。


「疲れた……。マジで疲れた……」

「それにしては随分と楽しそうではなかったかのぅ?」


 ため息を漏らすと同時に耳へ届いたのは、拗ねたようなアイラの声である。


「よかったの? あれだけ可愛らしい王女が嫁に来るのじゃ。おぬしも嬉しいであろう」

「いや、まあ、確かに可愛かったけどさ」

「そうじゃろそうじゃろ。私という嫁が隣にいるというのにじゃ、王女相手に相当気を遣っていたしの」

「なんだ。ヤキモチ焼いてるのか、アイラ」

「そ、そんなわけなかろう! なんで私がおぬしにヤキモチを焼かねばならんのじゃ……」


 ブツブツと小言を漏らし、頭上の猫耳を伏せるアイラ。まったくコイツは……。


「そりゃあ、あの子はアイラみたいに、オレのことを何でも知っているワケじゃないしな」


 その一言に、ピクリと猫耳が反応する。


「タスクのことを、何でも……」

「そうだろ? ここで一番付き合いが長いのはアイラだからな。誰よりも頼りになるお前とは違って、初対面の相手だぞ? それなりに気は遣うさ」

「頼りになる……誰よりも……」


 猫耳をピンと立てて、尻尾をぴょこぴょこ動かしながら、アイラは自慢げに呟いた。


「ふ、ふふーん。そうであろうそうであろう? 誰よりも頼りになる、おぬしの嫁だからこそ、新たな嫁候補を前にしても嫉妬せずにいられるのだぞ? 感謝するがよい!」

「ああ。わかってるよ、奥様」

「本当にわかっておるのかえ?」

「わかってるって」


 そのまま、ぎゅーっと力強くオレの腕に自分の腕を絡ませたアイラは、身体をすり寄せて、ぬふふふふと満足そうに笑っている。カワイイ奴め。


 奥さんの慎ましい嫉妬と素直な愛情表現を微笑ましく思いながら、家路へ向かっている最中、思い出したようにアイラは呟いた。


「しかしのう。あの王女、遊びに来るとはいっておったが、次はいつ来るんじゃろうな?」

「話した感じだと、常識はわきまえてそうだし、以前の王様みたいに二日後とかじゃないと思うぞ」

「そうじゃな。というか、しょっちゅう遊びに来るせいで、ジークがそもそも王様だということを忘れそうになってしまうの」

「将棋狂いさえなければ、気のいいおっちゃんなんだけどなあ」


 もしかすると血は争えないとばかりに、王様と同じく二日後にやってくるのでは。そんな考えが一瞬頭をよぎったものの、その予感はめでたく外れることになった。


 リアが再び姿を現わしたのは、翌日の早朝だったからだ。


***


 白パンを咥えながら出迎えたオレが見たのは、前日とは打って変わり、作業しやすそうな村娘ファッション的軽装に身を包んだリアの、屈託のない笑顔だった。


「おはようございます! エヘヘへ。来ちゃいましたっ!」


 うん、とても可愛らしい。……じゃなくて! 流石に意表を突かれすぎたというか。


「ああ……。お、おはよう。随分早いお出かけだね……?」

「ご迷惑でしたか?」

「い、いや。迷惑とかじゃなくて……。その、なんだ? 朝ご飯を食べる時間もなかったんじゃないかなって」

「お弁当作って貰いましたので、ボクも皆さんとご一緒できたらなあって」

「そっかそっか。オレもちょうど食事中だし、それじゃあ一緒に食べようか?」


 はい! と、元気よく応じるリアを眺めながら、その予想外のアクティブさに驚くオレ。そして驚いたことはもうひとつ。


「……クラーラまで一緒に来るとは思わなかったな」

「何よ? 迷惑なの?」

「いやいや、迷惑ってわけじゃないよ」


 昨日の過激な服装ではなく、露出の少ない、大人しめの服をまとったクラーラは、見るからに不機嫌そうな眼差しでオレを見据えている。


「お目付役よ、お目付役。アンタがリアちゃんに変な事しないか見張っておかないと」

「するかよ、そんなこと」

「ふん。どうだか……」

「まあいいや。とにかく二人とも家の中へどうぞ」


 上機嫌な王女と、機嫌の悪いサキュバスを引き連れて家の中へ戻ったオレは、昨日に引き続き、今日も精神的に疲れそうな一日になりそうだという覚悟を決めるのだった。



***


 突然の訪問にも関わらず、奥さん方三人のリアに対する反応は概ね好意的で、和やかな雰囲気の中、朝食の時間は過ぎていった。


 食事が終わると、今後はみんなで一緒に領地内を巡ることになり、施設と仲間たちを一通り紹介することになったのだが。


 よく言えば特徴的、悪く言えばアクの強い連中たちばかりだというのに、リアには少しも気圧される様子は見られず、むしろ楽しげに交流を図っていた姿には驚かされた。


 コミュ力の高さは王族だからだろうか、それとも地のものだろうか。この分なら、意外と早くここに馴染みそうだなんて安堵を覚えながら、オレたちはリアの要望でイチゴ畑に足を向けた。


 畑ではアイラとベル、エリーゼとリアの四人がキャッキャとはしゃぎながら、イチゴを収穫しつつ、それぞれ粒の大きさを競っている。


 奥さん三人と奥さん候補の、和気あいあいとしたやり取りをほっこりした気持ちで眺めやりつつ、オレは隣からにじみ出る負のオーラの持ち主へ声を掛けた。


「あれだけリアが楽しんでるんだぞ? お前も少しは表情を明るくしたらどうだ?」

「私はお目付役だもの。笑う必要もないし、楽しそうにする必要なんかないじゃない」

「まあ、そりゃそうなんだが……」


 せっかくの美人が台無しだぞ、と、口を滑らせそうになり、慌ててかぶりを振った。思いっきりセクハラ発言だしな。


「幼なじみのお前がそんなにむくれたままだと、リアも心配するんじゃないか?」

「……」


 必死に代わりの言葉を選ぶと、図星を突かれたのか、クラーラの表情が曇っていく。大切な幼なじみを不安に思わせることは本意ではないらしい。


「なあ、クラーラ」

「……なによ」

「どうしてリアに執着するんだ? ハッキリいって、お前の行動は友人の域を超えてるだろ」

「……」

「ま、別に話したくなければいいけどさ」


 興味本位で聞いてみただけなので、返事は期待しなかったのだが。クラーラは小さなため息をひとつついてから、ぽつりぽつりと話し出した。


「いいわよ。どうせみんな知ってることだし、アンタにも話してあげる」

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