65.龍人族の王女リア

「クラーラ!? どうしてここに?」

「ああん、もう、リアちゃんったら、そんな些細なことどうでも良いじゃない! いつもと違ったドレス姿もサイコーなんだから! 超カワイイ!!」

「クラーラ、……お、落ち着いて。ね?」

「落ちつくことなんてできないわよ、リアちゃん! リアちゃんがこんなにカワイイのがいけないんだから! さあ、今すぐ結婚しましょう! いいえ、結婚なんてまどろっこしいわ! 今すぐ子作りしましょう! 私、元気な赤ちゃん産むから安心して! 出来れば最初は男の子で次は女の子がいいかなって思うんだけどでもリアちゃんにそっくりだったら正直どっちでもいいっていうかああもうリアちゃん今日もいい匂いで興奮が収まらないっていうかもうガマンできないっていうか」


 何かがキマったかのような表情でリアに抱きついているクラーラ。対照的にリア本人は困ったような表情を浮かべ、クラーラを落ち着かせようとしている。


 直後、クラーラの頭上へ勢いよく振り下ろされる拳がひとつ。


「いったっっっっ!!! なんなのよイキナリ……」

「こんのバカ娘が……」

「ゲッェ! お父様!!」

「突然、飛び出していったと思えば、あられもない格好で何をしている……!」

「だってだって、リアちゃんの香りを感じ取ったか……いったっっあ!! 二回も殴った!!」

「いいから黙ってすぐに服を着ろ!」


 ゲオルクとクラーラのやり取りに、オレはドン引きしていたのだが、ジークフリートとリアはまたかという表情で二人を眺めやっている。


 ……え、こういうのが日常茶飯事なんスか……? 皆さんお疲れにならないんスかね?


「ただいま帰ったぞー。他の連中からこっちにいるって話をきいたんじゃが……」


 応接室に入ってきたアイラは、尻尾をぴょこぴょこ動かしながら、あられもない姿の少女とドレスの王女様を交互に眺め、そして、至極当然の疑問を口にした。


「何しとるんじゃ、おぬしら……?」


***


 仕切り直しの為に、お茶とイチゴのケーキを人数分用意すると、ジークフリートは礼を述べてからカップに口を付けた。


「リアとクラーラは幼なじみでな。生まれた年も同じなものなので、小さい頃からいい遊び相手になってくれていたのだ」

「そうなんですか」


 ようやく冷静さを取り戻したクラーラは、渋々、ゲオルクの隣へ腰掛けている。また暴走されても困るしな。


 憮然とした顔をしているクラーラへ、怪訝そうな視線を送っていたのはリアだ。


「さっきも聞いたけど、どうしてクラーラがここにいるの? 今日は親戚と会うために出かけるって言ってたのに……」


 明らかにヤバイという表情に変わるクラーラ。そりゃそうだろ、幼なじみの結婚相手を罠に掛けようだなんて、口が裂けても言えないもんな。


 そんなクラーラへ助け船を出したのは、意外な人物だった。


「あー……。親戚の予定が急遽変わってね。それならば、リアの結婚相手を一目見たいと、後を追いかけてきたのだよ」


 苦し紛れなゲオルクの言葉に、クラーラの表情がぱぁっと明るいものへ変わる。父親として娘の醜態を晒すわけにもいかないもんな。


「そうだったんだ……。言ってくれれば一緒に出かけたのに」

「あはははは……。リアちゃんが相手と上手く話せるか心配で……」

「ボクは大丈夫なのに。クラーラは心配性なんだから」


 ゲオルクの話を信じたリアは、中性的な美しい顔を微笑ませ、クラーラへ向き直る。


「お慕いしているのはとても優しい人だって、ボクは前から話していたじゃない。何も不安に思うことはないんだよ?」

「……アア、ソウダッタネー」


 リアの一言にクラーラの目から光が消えた。……まあ、気持ちはわからんでもない。そんな二人のやり取りには興味がないのか、アイラはケーキを頬張りながら疑問を呈す。


「時にジークよ。今日、末娘を連れてきたのは一体どんな了見じゃ?」

「了見とは?」

「今まで顔を出してなかった王女が、突如、現れたのじゃ。不思議に思うのは当然であろう?」


 おうおう、そのことかと応じたジークフリートは、ガハハハハと豪快に笑い、さらに続けた。


「リアにな? 『恥ずかしがっていつまでも挨拶にいかねば、タスクに愛想を尽かされるぞ?』なんて言った瞬間、こやつめ、焦って出かける支度を始めての」

「お、お父様っ!!」

「普段はドレスなんて着ないくせに、今日に限ってああでもないこうでもないと、衣装に悩んでおってな」

「うぅぅ~~~!!」

「しきりに『変じゃないか?』と、メイドや執事連中に尋ね回る姿の傑作だったこと! タスクにも見せてやりたかったわ!」


 再び顔を真っ赤にしてうつむいてしまうリアと、そんなリアの姿を見て、遠い目をしているクラーラ。……なんというか、フォローしようがない。


 ま、とにかく突然の訪問は理解できた。会ったことのない相手に、これだけ慕われているのは嬉しいし、こんな美人が奥さんになってくれることには何の文句もないんだけど……。


 相手が王女様なだけに、どうしても気になる点があってだね。


「あの……。いくつか聞いても良いかな?」

「な、なんでしょうか?」

「その、オレと一緒になると、ここで暮らすことになるんだけど。ここは見ての通り辺鄙へんぴな土地で、開拓もまだまだっていう寂しい環境でさ。それについては不安じゃないかな?」

「そうよ! こんな辺境、リアちゃんにふさわしくな……痛ったぁぁぁぁ!!」


 クラーラの後頭部へクリーンヒットするゲオルクのチョップ。いいから黙ってろという無言の眼差しを娘に向けている。


 そんな二人を気にも留めず、リアは自分を落ち着かせるためにか、お茶を一口すすってから真剣な眼差しで応じた。


「この領地のことは、お父様やゲオルクおじさまから伺っています。もとより承知の上ですし、ボクもタスク様と一緒に開拓のお手伝いが出来ればと思っていて」

「開拓作業って、かなり過酷だけど……」

「心配いりません! ボク、こう見えて、身体動かすの大好きなので!」


 ドレスの袖をまくし上げ、むんと、片腕にささやかな力こぶを作り出すリア。瞬間、ハッと我に返ったのか、慌ててドレスの袖に腕をしまうと、恥ずかしそうに赤面する。


「す、スミマセン……。つい……」

「いやいや、気にしないで。あと、もうひとつ、とても大事なことなんだけど」


 隣で猫耳をぴょこぴょこ動かしているアイラへ一瞥をくれてから、オレはリアを眺めやった。


「君を迎え入れることができるのはとても嬉しいんだけど……。ご覧の通り、オレにはすでに奥さんがいてさ、そのことは嫌に思わないのかな?」

「嫌に思う、ですか?」

「うん。その、すでに奥さんが三人いるような男に嫁ぐのって、抵抗がないかなって」

「そ、そうよ!! そんなふしだらな男、リアちゃんにふさわしくないわっ!!」


 父親の威圧も何のその、我が道を行くと言わんばかりに声を荒げるクラーラ。しかし、今度はリアによって、とどめを刺されることになる。


「……クラーラ」

「なになに!? リアちゃん!」

「ボクの旦那様になる人へ、そんなこと言わないでもらえるかな」


 グサッ! と、透明な槍がクラーラの心臓を貫いたのが見えたような……。死んだ魚の目のようにうつろな瞳で、ゆっくりと机に突っ伏していくクラーラ。掛ける言葉もない。


「あの……。タスク様とご結婚なさったのは、皆さんとても素敵な方と伺っております。至らない点はありますけど、ボクも皆さんのようになれたらと!」


 真っ直ぐな瞳のリアへ、得意げにアイラが応じる。


「ふふーん。殊勝な心がけじゃのぅ?」

「アイラにも、あれぐらいの謙虚さがあればな……」

「なんじゃと! むしろ、おぬしが私に謙虚な気持ちを抱くべきではないかっ!?」

「すぐムキになるのも良くないよなあ?」

「ムキになってなどおらぬ! おぬしはいっつもそうやって、くどくどくどくど……!」


 質問していたつもりなのに、いつの間に夫婦の口論へ変わっていったのは何故だろうか? こういう騒がしさには、早めに慣れておいて貰った方がいいのは確かなんだけど、もう少し場を選ぶべきだったと、すぐさま反省。


 リアをはじめ、ジークフリートもゲオルクも笑いながらこの様子を眺めていたようなので、それだけは幸いだったのだが。


 たったひとりクラーラだけは、引き続き、死んだような表情をしていてね。……立ち直れるのかな、あれ?

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