02.構築(ビルド)・再構築(リビルド)
瑞々しい緑色の草原の上で体感するには極上ともいえる自然の中で、オレは天を仰いだ。身体は動く。どうやら生きてはいるらしい。
視線をやった先には、太陽のような何か、が見える。……いや、太陽なんだろうな、アレ。太陽だと思いたいんだけどさ。
「……何で太陽が二つあるんだろう?」
直射日光の眩しさで見間違えているかもしれないと、目の上に手を当て、じっくり観察するも結論は変わらず。
つい先程までいたはずの、LEDライトに照らされた部屋の中とはえらい違いだなと、ぼんやり思いながら、突如とした目の前に広がった非現実的な光景の中で、オレは他人事のようにこんなことを考えたのだった。
「なるほど、これがいわゆる異世界転生というものか」
意識を失う直前に感じた……あれは落雷の衝撃だったのだろうか? まったくもって、普段から異世界モノのラノベやマンガに親しんでおいて良かったと言わざるを得ない。発狂も混乱することもなく、今のこの状況を違和感なく受け入れている自分がいるのだ。
ともあれ、ここが異世界として考えるなら、可能性が高いのは直前まで触れていた『ラボ』の中なのではないだろうか? というか、それ以外にあり得ないと思うし、そうであって欲しい。
だってそうだろう? 自分がハマりにハマって遊んでいるゲームの中へ転移したなんて、夢のような話じゃないか。しかも、トラックに轢かれて異世界転生することもなく、である。
幸いなことにケガも無いようだが、身につけている部屋着以外、何も持っていないところを見ると、着の身着のままで異世界転移したみたいだけど……。ここが本当に『ラボ』の世界そのものなら、そんなことは些細な問題に過ぎない。
なぜならばっ! ゲーム中のスキルは全てレベル上限まで到達済みっ! そのデータをそのまま使えるなら、ラノベよろしくチート無双も夢ではないからだっ!
さてさて、それでは自分の能力がどんなモノなのか、早速確認してみるとしますかね……。
「ステータス」
ゲーム中と同じく、自分の能力を表示するため、オレは呟いた。
しーん。
……あれ? おっかしいな。ゲーム中ならこれでステータス画面が表示されるんだけど。声が小さかったか?
「ステータス!!」
今度は腕を伸ばし、勢いをつけて叫ぶ。……しかしながら、結果は変わらず、オレの声は草原の風に空しくかき消されていく。
……そ、それなら、これならどうだ?
「スキル表示!」
これで使えるスキル一覧が表示される……ハズだったんだけど……。何も表示されることもないし、何かが起きる気配もない。
こうなると、格好つけて叫んだこの姿もカッコ悪いものでしかなく。目に見える変化が何も起きないことに、オレは打ちひしがれ、思わずその場に倒れ込んだ。
***
「まいったな……」
てっきり、『ラボ』の世界へ転移してきたものだと信じ込んでいたオレは、すっかり途方にくれていた。先程までのワクワクしていた気持ちはどこへやら。もはや絶望感しかない。
「まさか、まったく関係無い異世界へ放り出されたとか、そういうヤツなんだろうか……?」
いっそ、これがやけにリアリティのある夢の中だったら、どんなにいいだろう。いずれ眠りから覚める時を待てばいいだけなのだが、どうやらその気配もない。
うつ伏せの状態から寝転び、仰向けになると、相変わらず二つの太陽がオレの身体を照らしている。ひとつの時でさえ眩しい光が二倍なのだ。もはや暴力といってもいいだろう。
太陽の刺すような光から逃れるように顔を背ける。すると、少し背の高い雑草が視界の端に入り、オレは何気なく、そこに手を伸ばした。
「これが『ラボ』の世界だったら、素手でも素材集めができたんだけどなあ。草を切ったら、種に変わったりとかさ……」
そんなことを呟きながら、手刀のような動きで雑草に触れた、その瞬間だった。
スパッ――という音と共に雑草が宙に消え、いくつかの茶色い粒へ変化したかと思うと、そのまま草原へ落下していく。
何が起きたのかわからず、しばらくその様子を眺めていたのだが。ようやく目の前で起きた事に理解が追いつき、オレは勢いよく身体を起こして、草原に落ちた茶色い粒を凝視した。
「雑草が……種に、変わってる?」
五粒の小さな茶色の種を握りしめ、あたりを見渡す。そして、目に付いた雑草を、同じような手刀の動きで片っ端から触れていった。
スパッ、スパッ、スパッ、スパッ……。
全てが全てではないものの、いくつかの雑草は茶色い種へその姿を変え、残りは綺麗に消滅していく。ゲーム中、雑草から素材へ変化しない場合とまったく同じだ。
もしかして……? 絶望に支配された暗い心へ、一縷の希望が光明となって差し込んでくるのを実感しつつ、オレは草原の中に点在している樹木へと走り出した。
そして、近くにあった手頃な木を見つけると、斧を振り抜くような動きで、手刀を打ち込んだ。
カーン!!
実際に斧を打ち込まれたように、手刀が木の中へめり込んでいく。ぶつけた手には軽い衝撃こそ伝わったものの、驚くことに痛みを感じることはない。
『ラボ』のゲームスタート時、アイテムは何も持っていない状態なのだが、素手で木を倒し、岩を削り、素材集めができる――それはこの世界でも同様らしい。
何回か手刀を繰り返し木に打ち込んでいく内に、メキメキメキッ! という音を立てながら、目の前の木はあっけなく倒れていく。
やっぱり、間違いない! 素材集めに関しては『ラボ』のシステムが適用されるらしい。……と、なると、だ。他にも適用されるシステムがないか確かめなければ。
オレは倒れた木に手を触れ、『ラボ』を進める上で、最も初歩的で、最も重要な能力を呟いた。
「
上手くいかなかったらどうしよう、と、一抹の不安が頭をよぎったものの、オレの望み通り、倒木はみるみるうちにいくつかの木材と小さな樹脂の塊、数本の木の棒、そして数枚の木の皮に変わり、地面へ並び置かれていった。
オレはその中から、右手と左手で木材をひとつずつ持って、その両方を合わせると、今度は違う言葉を呟いた。
「
リビルドが使えるなら、ビルドも使えるはず。その考えは正しく、二つだった木材は綺麗に接着し、切れ目のない、ひとつの長い木材として生まれ変わった。
「……イケる、イケるぞ!」
ここが『ラボ』の世界なのか、はたまた本当の異世界なのかはわからない。しかし、この二つを能力として使えるなら、何も無い今の状況からでも生き残ることができるはず!
と、いうか、ほぼほぼブラックな会社に長いこと勤めている中で、いい加減、人付き合いも疲れてしまったし、豊かな自然の中、自給自足で暮らしてみたいと常々思っていたところなのだ。
第二の人生を大自然の中で送ることができると、前向きに考えようじゃないか!
……こうして、何の因果かわからないが、着の身着のまま、見知らぬ世界へ放り出されたオレの、異世界生活が始まったワケである。
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