きちとのそーぐー

@joblessCat

きちとのそーぐー

 駅の改札を抜けて、吹き付けて来た冷たい風に身震いした。

 ミシェルはフランス人の物理生物学者だ。この度は共同研究者に招待されて、日本に二週間の日程でやって来た。東京は緯度もずっと低いはずなのに、どういうわけか冬はパリよりも寒い。

 スマホでマップを開き、その共同研究者がいる大学までのルートを確認、キャリーバッグを引っ張って歩き出した。飛行機が午前中に到着の便だったため、ホテルにチェックインする前にラボで落ち合う予定なのだ。

 曇天の下を歩くこと15分、無事キャンパスにたどり着き、研究棟もすぐに見つかった。外の喧騒とはうって変わっての森閑とした建物の中を、キャリーバッグのタイヤの音を響かせてエレベーターに向かった。事前に交わしたメールには、受付を経ずに直接部屋まで来てくれと書かれていた。6階まで昇り、メールに添付されていたフロアマップに従って、指定された部屋の前に立った。

 ノックをすると、中からは若い女性の声が応えた。扉を開けて部屋に入ると、声の主の女性、というか少女、が立ち上がって出迎えてくれた。

「こんにちは。私はミシェル・コーソン。今日、ケイとここで会う約束をしていたのだが、彼が今どこにいるかわかりますか?」

すると少女はにっこり笑って、その件について承知していると肯いた。

「遠いとをころようこそ、待っていました。ただ、彼に会うためには、ここで私の話を聞いてもらう必要があります。どうぞ、荷物を置いて、そこの椅子にかけて下さい」

少女がそう言って近くにあった椅子を指し示したので、とりあえずは言われた通りに鞄を下ろし、コートを脱いで腰掛けた。実際、重い荷物を引っ張って歩いて来たので休憩できるのはありがたかった。

「何か飲みますか?緑茶とコーヒーがありますよ」

「ありがとう。それじゃあ、せっかくだから緑茶をもらおうかな」

 お茶の準備中、旅はどうだったかなどと聞かれたのに適当に答えつつ、少女を改めて観察した。秘書にしては若すぎるので院生だろうか、ただ、外見だけなら大学生にすら見えない。身長は150cmに満たず、顔の造りも幼くて15歳前後に見える。しかし、それ以上に不思議だったのが、その褐色の肌だった。ミルクチョコレート色の肌は日焼けとも思い難く、けれど顔立ちはアジア系で髪も黒いストレート、そして掌も同じ褐色だった。英語の発音は日本人のようだった。

 加えて、部屋の状況も少し奇妙だった。こぢんまりとした部屋の奥に机が一つ、その上にパソコンが一台と書類の束や電気ポット、本棚。共同研究者、ケイ・タカハシの部屋だと思われるが、少女は最初その机の正面に座り、パソコンを使用していた。

 お茶を出してから、少女は思い出したようにメグミと名乗った。

「それじゃ、詳しい話は明日以降するとして、今はうちのラボでやってるプロジェクトを簡単に説明するね」

 そう言って少女は机の正面の椅子に座り、パソコンを操作してスライドショーを開いた。ミシェルも自身の椅子を見やすい位置に移動して、話を聞く準備を整えた。本来はケイから聞くはずだったものだ。


 ケイは五年前までフランスにて、ミシェルの研究室で一緒に仕事をしており、日本に帰国した後もメールをやりとりしながら共同研究を続けていた。

 ミシェルの専門は組織の物理的性質の計測だった。培養された細胞の塊や発生中の胚、あるいは生体組織の中にマグネチックビーズ(MB、小さな磁石)を埋め込み、外から磁場をかけてそのMBがどれくらい動くかを観察する。周囲の組織が柔らかければMBは大きく動き、硬ければ小さくしか動けないので、磁場の強さとMBの移動距離から組織の硬さを推定できるのだ。

 ミシェルのチームはさらに、誘導マグネチックビーズ(IMB)というマイクロデバイスの開発に成功した。大きさ0.1-0.5mmで、フォトダイオードとコイル、鉄芯からなり、光を当てると電磁石になる。生体内においても、X線をIMBを焦点にして照射すれば磁化することができ、MBとして物性の計測に利用できる。通電量によってIMBがどれくらい強く磁化されるか変わってしまうが、光による励起を止めた後、徐々に磁性が失われていく間繰り返し測定することでその問題を解決できた。IMBの利点は、組織中に複数埋め込み、その中から好きなものを選んで一時的に磁化し使用できるという点だ。

 かたや、ケイはもともとはiPS細胞を用いた再生医療の研究室の出身だった。その研究室はiPS細胞を多核細胞から作成する技術の開発で有名だった。元来のiPS細胞の作成ではいくつかの遺伝子を線維芽細胞などにノックインし、全体の遺伝子発現パターンを未分化な幹細胞のものへ戻すが、遺伝子の挿入箇所のばらつきによりiPS化やその後の分化誘導効率も一定しないという問題があった。それを解決するために、彼らはまず巨大なiPS細胞を作成し、野生型の核をそのiPS細胞に移植して多核化したのだ。移植された野生型の核の中にも宿主核由来の転写因子などが輸入され、やがてiPSと同じ遺伝子発現パターンになる。この元野生型核を再び、今度は無核化された細胞に移植することで、ゲノムを編集することなくiPS細胞を作れるようになった。宿主細胞の系統も確立し、iPS細胞の品質制御は格段に進歩した。

 ケイはその研究室で、分化誘導されたiPS細胞を生体に移植し、その後の細胞の固着、血管新生、分化の経過などを調べていた。臓器移植と聞くと、一般の人は、ヒトからヒトへ健康な臓器の一部または全体を切り取って移し替えるという手術を想像するかもしれない。けれども、骨髄移植やiPS細胞由来の組織の移植の多くの場合では、一塊の組織ではなく遊離した細胞を標的組織やその付近の血管、体腔などに注入する。注入された細胞の一部は組織に固着し、場合によっては分化状態をさらに変化させ、その組織の一部になる。

 ケイをミシェルに紹介したのはMBの医療応用を試みる日本人研究者だった。MBをがん化した組織の中に埋め込み、MBを激しく振動させることで周囲のがん細胞を直接破壊、またはストレスを与え炎症反応を起こすことで白血球を集め、がん組織を取り除こうというのだ。同時に、MBは周囲の細胞の硬さががん細胞のものか健康な細胞のものかを計測することにも使える。

 ケイも初めはその研究者のところに、MBによる物性の測定をiPS細胞の移植に応用できないかと相談しに来たのだった。移植された細胞が組織として機能するためには、固着して増殖して血管を新生してといくつかの段階を経なければならない。その過程をMBでモニターしようとしたのだが、移植された細胞が組織のどこにどれだけ固着するかもわからず、また、組織全体に大量のMBを埋め込むと、磁場をかけたときに組織全体が平行移動してしまい物性の測定ができなくなるという問題があった。

 そこで、大量に埋め込まれたIMBのうち任意のものを選択的に励起し、複数回に分けて計測することで組織全体の物性を決定できるのではないかと考えたのだ。ミシェルの所属する研究所にはiPS細胞を扱っているラボもあり、そのラボともコラボして三年間研究を行った。マウスの実験では様々な器官の再生に成功し、その成果を以ってケイは日本の大学で准教授のポストを掴むことができたのだった。

 ケイが日本に帰国した後もコラボは続いた。例えば腎臓のネフロンのような微細構造を再生しようとした場合どこまで測定の解像度を上げられるか、骨組織など硬い組織で計測は可能かなど、面白い研究テーマはいくらでもあった。彼がラボを構えてから五年間、ラボのメンバーも増えてきたので、一度直接顔を合わせ、お互いの研究状況をしっかり共有しようということになったのが今回だ。


 メグミと名乗った少女は幼い外見とは裏腹に、驚くほど高度な科学的知識を持っていた。よほど優秀な学生か、あるいはポスドク以上と喋っているように感じられるほどだ。様々な実験結果の説明にも慣れたものだった。

「それで、これが横軸がIMBの振動の周波数で、縦軸が30分後の組織でキャスペース陽性だった細胞の数ね」

「この周波数より上でアポトーシス起こす細胞が減るのはなぜ?」

「うん、今二通り考えていて、一つは高周波で周囲の細胞内の構造が壊れたか変化したかでクッションになって、遠くの細胞にストレスを与えられなかったってのね。もう一つは、周囲の細胞のアポトーシスが他の細胞にアポトーシスを抑制するようなシグナルを伝えたってのね」

「なるほど」

「IMBを振動させて、その15分後にGFP標識した幹細胞を移植、4時間後、24時間後、48時間後にサンプリングしたの。これも、横軸がIMBの周波数で、縦軸がGFP発現してた細胞の数。組織にあらかじめストレスを与えておいた方が、移植された幹細胞の固着の効率が高くなるっぽいでしょ」

「24時間後よりも48時間後の方が移植された細胞数が増えているのは増殖によるものだよね?その増殖速度はストレスの大きさに依存するの?」

「部分的にはそう見えるデータもあるんだけど、まだちゃんとモデル化できてないの。まず、アポトーシス起こす細胞の数がIMBの周波数に線形じゃないでしょ。ただ、高周波でストレスが下がるとも言えないし」

「それはそうね」

「こっちが、IMBは振動させずに、薬剤処理でアポトーシス起こさせた場合と、遺伝的にアポトーシス阻害した場合ね。IMB振動時と同様にストレスで移植効率が上がったの。まとめると、適度なストレスは幹細胞の移植を促進することを示唆してる」

 ミシェルは示されたデータを眺めながら、顎に手を添えてフムと考える。

「これ、表皮って言ったよね?ストレスと幹細胞導入効率の関係はどれくらい一般的なの?他の組織では?」

「うちでこの実験は、他にはヒトiPS細胞をマウスの腎皮質、副腎皮質、肝臓、小腸、肺に移植したよ。程度の差はあれ同じ傾向が見られたよ。でも、多分これは分化誘導系にも依存してて、他のプロトコルで分化誘導した細胞使ったら違う結果になっちゃうんじゃないかな」

ミシェルはiPS細胞は専門ではないので詳しいところは知らないが、その分化誘導はお金と時間が結構かかるらしい。かなりの仕事量だということはわかる。

「次は、先月ノート送ったやつね。あれの続きの実験はまだ一回しかできてないんだけど、これ、上皮組織で幹細胞移植したあと4時間毎にIMBで計測した結果と、同じタイミングで分化マーカー初めたやつ、それから膜局在GFPの3Dスタックね。やっぱり、細胞の形取るのは難しそう」

「そっか。核は?」

「核?」

「そう。核の位置と大きさ、潰れているなら長軸と短軸。細胞間の隣接関係を直接観察できないなら、ボロノイとかで適当に与えちゃって、細胞間の相互作用を核間のもので近似して、コースグレインモデル作るのがいいんじゃないかな」

「わかった。じゃあ、詳しいことは明後日、この実験やってるオオムラくんも混ぜてディスカッションしよう。いい?」

「もちろん」

 話はまだまだ続く。移植した細胞の量と組織の物性の関係だとか、IMBが組織に与える影響だとか。あるものは以前にメールで交わしたノートに載っていたものだったし、またあるものは初めて見る実験だった。

 改めて、ミシェルはメグミを不思議な少女だと思った。彼女はケイのラボで行われている全ての研究に精通していて、最近ラボに加わったメンバーとも思えない。しかし、去年フランスで行われたワークショップでケイが発表した際には、そのアクノレッジメントで映されたラボメンバーの集合写真の中に彼女の姿はなかったと思う。

「本来ね、再生医療のコンテクストでは疾患だったり外傷だったりで機能に不全のある器官を移植した細胞で再生しようってものでしょ。でもね、IMB使えば標的組織を部分的に破壊して移植細胞に置き換えることができるんだ」

 以前、生体内に移植細胞のみからなる組織またはその一部を作ることは可能かと問うたのはミシェルだった。そのアイディアが少し形を変えて、移植を複数回繰り返すことで移植細胞の占有率を上げられるかという実験を行なっていたらしい。

 当たり前だが、再生医療では普通、不全な機能を回復するに十分なだけの移植しか行わない。例えば糖尿病患者にインスリン生産細胞を移植するなら、血糖値が正常に戻るまででいい。余計に移植すればコストも腫瘍化のリスクも高まる。

 だからこの実験は医療応用というよりもただの興味によるものだ。IMBの振動を用いた適度なストレスによって大量の幹細胞を移植し、適当な成長因子を与えることで組織を増殖させることに成功、さらに、うまく分化しなかった細胞群や過剰に肥大化した部分をIMBの振動で破壊することにより、組織の大きさを制御できたのだという。

「そういやツイッターで見たよ。騒ぎになってたの」

 六ヶ月前、「組織の一部を移植細胞に置き換える」というフレーズが一人歩きして、あのラボは改造人間を作っているのではないかと騒がれたのだ。もちろんネタとして。

「仮面ライダーだっけ?うちのラボにも日本の特撮が好きなポスドクがいるんだ」

「ん?ああ、違う違う。そういうサイボーグ兵士じゃなくてね、ケモ耳少女作ってるんじゃないかって言われたの」

「ケモミミ?」

「猫とか犬とか狐の耳が頭の上についてるやつ。かわいいやつ」

「なんで?」

「知らない。かわいいからじゃない?日本じゃかわいいは何よりも優先順位が高いんだよ。頭おかしいでしょ」

「そう、ね?」

ヒトの身体の改造実験というsci-fi的ネタを”かわいい”につなげる精神性は理解し難い。しかし、「頭おかしい」と口にする少女は楽しそうに笑っていて、否定的な感情は見えない。確かに、科学研究から兵器開発を連想されるよりかは、かわいい開発の方がまだ良いかもしれない。少女は、「ヒトにもともと無い器官作るのはあと20年は無理じゃないかな」と笑った。

「ただ、改造人間てのもあながち的外れではないんだよね」

 そう言って少女が次に見せたのはハムスターの写真だった。体長20cmほどの特に変哲もないハムスターだ。

「こいつね、ジャンガリアンハムスター。もともとは半分のサイズの」

なんと、その動物は幹細胞移植、成長因子の投与、IMBによる成長のモニタリングと制御により、四ヶ月で体長を二倍にしたというのだ。

「全てを予めプログラムするのは無理だよ。だけど、例えば10cmの動物に対して11cmのモデルがあれば、身体全体に幹細胞を移植、増殖させて、モデルと一致する部分はそのまま、モデルを超過した部分はIMBで削るってのができるんだ」

組織によっては分化誘導が難しく、未分化の移植細胞を何度も削らねばならなかったという。また、もともと再生の難しい心臓や膵臓、眼球などもそのまま大きくするのは難しく、本当の意味で巨大化できたわけではないとか。

「ちっちゃくするのがまだ楽なんだよね」

 動物が成熟して成長を止めると、外見的にはあまり変化が起こらなくなる。しかし身体の内部では細かな破壊と再生が繰り返されており、これをホメオスタシスと呼ぶ。生物がどのように各器官のサイズを一定に保っているかなど、まだ未知の部分が多く世界中で盛んに研究されている。ケイたちがやったのは、その破壊と再生のバランスを外から無理矢理崩すというのに近い。

「それで、この一連のCTスキャン、IMBの定位と励起、物性の測定、高振動をオールインワンで実行できるベッドを作ったの。これね」

 表示された写真には、実験室の中央に手術台やらCT機器やらその他の装置が所狭しと並べられている。その物々しい風景に、確かにこれでは改造人間を作っているのだと言われても仕方ない、などと思ってしまった。

「このベッドで、毎日一回全IMBを磁化して測定して、消磁してからもう一回、今度は選択的に磁化させて高振動で正常に分化できてない部分と増殖過多の部分にストレス与えて、全身をモデルに少しづつ近づけていくんだ」

「これ、ヒト用だよね?」

「うん、そうだよ。治験の準備もしてるところなんだ」

 単純に計測結果がモデルと一致するように調節するといっても話はそれほど単純ではない。CTスキャンでは移植した細胞の分化状態などわからないし、IMBで計測できるのも組織の硬さだけだ。細胞の物性は分化状態を反映し、また細胞の周囲の物性も細胞の分化誘導に影響することが知られているが、しかし物性から分化状態を確定することまではできない。

 そこでケイたちは生体内での分化誘導モデルを作り、IMBによる物性の測定からベイズ推定により移植された細胞の分化状態の期待値を計算、そしてそれが実際の分化状態と十分一致することを固定し免疫染色したサンプルにより確認。さらにその期待値が、およその組織において十分高く、機能的な組織の再生ができているであろうという値であった。

 その結果がハムスターの巨大化であり、またその技術を再生医療にフィードバックして、iPS細胞の移植への応用をしようとしているところらしい。また、ハムスターで行った骨組織の伸長は、例えば複雑骨折の治療に応用できるのではないかと期待されるだとか。

「ええと、これが今うちでやってる研究テーマの最後の一個だね。骨組織の物性の計測なんだけど。骨の中は海綿状の構造なってて、力学的なストレスに応じて異方性の配列になるでしょ。その構造的な異方性と、計測時の圧力による異方性を区別しようっていう内容なの。例えば、寝っ転がってる時と立ってる時じゃ足の骨にかかる圧力変わるでしょ」

 ミシェルのラボでも培養された細胞シートを一方向に引っ張ったり、細胞塊を押し潰したりして、組織に異方性の力をかけたときに物性がどのように変化するのかという研究を行っている。iPS細胞を扱う以上、ケイは医療応用を常に研究に組み込まなければならなかったが、本人曰く基礎研究の方が好きで、それでミシェルとの共同研究にも積極的なのだとかつて言っていた。

 表示された実験結果を少女が説明し、ミシェルが質問やコメントをし、少女がそれに答え。明日以降も時間はあるというのに、飛行機旅に疲れているはずなのに、興味深いデータを見せられればついついディスカッションも盛り上がってしまった。


 少女が「こんなとこかな」と呟いて、説明は終わりとばかりにミシェルに向き直り、聞きたいことはあるかと促してきた。

「このラボでやってるのは、これで全部?」

「基本的にはね」

「本当に?」

 ミシェルの問いに、少女は逆に聞き返すようにクスクス笑いながら首を傾げた。その見透かすかのような目に、ミシェルも正面から視線を返す。ミシェルがラボに到着してからすでに二時間、ケイは未だに姿を見せていないが、ミシェルもメグミの話に熱中するあまり、そのことを気にもしなかった。その代わりに、話の途中からある奇妙な感覚を覚えたのだ。

「明日以降、ラボのメンバーがもっと詳しく話すけど?」

「OK」

 ミシェルは早まる動機を落ち着けようと深呼吸した。

「つまり、君らは実質的に生体内でiPS細胞を分化誘導し、しかも組織の成長を制御できるようになった。ついでに、サイズを逆に小さくすることも」

 今日少女がした説明は大まかなものだったが、もともと共同研究でその一部に噛んでいたので、ミシェルにはケイのチームがiPS細胞とIMBを使ってどのような技術を開発したのか理解できた。そして、その技術と、専門的な内容を完全に理解し喋る不思議な容姿の十代にしか見えない少女という存在から、ある突拍子もない予想が得られた。ナンセンスな、馬鹿馬鹿しい、恐ろしい想像だ。ミシェルは唾を飲み込んで、徐に口を開いた。

「…そして、ケイはそれを使い…」

そして少女がその言葉を継いだ。

「その結果、自身の人体改造に成功。そして今、君とこうして話している」

「はあ!?」

 予想は見事に的中した、が、それでもやっぱり大声を上げて驚いてしまった。

 少女は誇らしげに胸を張ってニコニコ笑っている。その正体は46歳のおっさんだというのだ。頭がクラクラして来た。冗談だと言って欲しかった、が、認めざるを得ない、確信してしまった。顔立ちだってまるっきり別人なのに。今日彼が見せた技術があれば可能だろうし、他にこの不思議な少女に関するもっともらしい説明も思いつかない。

「なんでそんなことしたんだ?」

「かわいいでしょ?」

答えはシンプルにして理解不能だった。

「君は、もしかしてトランスだったのか?それで、性自認に身体的な性を合わせるために研究していたのか?でも君、結婚していたよな?」

「ああ、僕の性自認はあえて言えば男だよ、昔も今もね。自分の身体をこうしたのは、純粋な興味と趣味のためさ」

「全然わからない!今の君の見た目はまるっきり女の子じゃないか」

 少女、すなわちケイはおかしそうにころころ笑っている。

「まあ、君が混乱するのはわかるよ。でも、ここは日本だからね。日本には昔から女の子に変身する男の話がいっぱいあるのさ。日本最古の歴史書、古事記には女装して敵を討つヤマトタケルって人物が出てくるんだ。VTuberが日本発だってのは知ってる?日本にはね、女の子のアバター使う男性VTuberがいっぱいいるんだぜ。ま、残念ながらキワモノ扱いだけどね。でも、そういうキワモノだの変態だのがのさばってるのが日本なんだ。この暖かい地獄。C'est le Japon!」

 日本人意味わからない。頭を抱えて、もう一度目を上げてケイを見た。滑らかな褐色の肌、華奢な身体、すらっと伸びる手足、細い首、小さな丸い顔、サラサラの髪、切れ長の大きい目、小さく形の良い鼻、長い睫毛。彼は間違いなく最高レベルにかわいい美少女だ。声も笑い方も、ちょっとした仕草でさえもかわいかった。

 かわいいの暴力だった。それはもう悪魔的だった。

 ああ、確かにここは地獄だ。日本での五年間のうちに、友人が地獄に行ってしまったのだと知った。

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