@tEN

 微睡まどろみに支配される脳裏の中で、わずかに自己の意識で制御できる領域を広げようと試みていた夢のような感覚の中で、ウイルスに侵されているプログラムの無傷な部分を使って挽回しようとするようにただとにかく抗うことしかできない。その形勢を逆転させるためにはワクチンが必要なのだが、しかしそんなプログラムの知識はない。侵食されていく意識の中で唯一の覚醒している意識を使って外世界の物理的な身体機能を使って身体に電気信号を促して脳も強制的に起動させると、身体が飛び起きた感覚がするが、それが夢なのか現実なのか判別がつかなかった。

 吐息が極端に熱く感じられるのは、自身が長い時間休んでしまっていたからかもしれない。眠りたくて眠いっていたのか、眠ることしかできなかったのか、眠らされていたのかもわからない。記憶の混濁こんだくを自覚して、意識が明確だった頃の最新の記憶を検索してみる。しかしそれはインターネットのようなシステムのようにはいかない。せめて眠りに落ちる前の最後に最も近い、認識できる記憶を再生するにとどめられた。

 再生されたのは街灯の下、逆光に照らされてまともに顔が判別できない自分に跨る人物の姿だ。しかしその映像再現はシルエットに留まり、人相は明らかではない。

 しかしそのあと、何か言われたことは認識している。

 それが、ものすごく懐かしく、ものすごく大切なものの再生であることが脳裏に浮かぶことで、マイナスだけだった記憶の性質がぶれていく。

 輪郭が滲み、想いが入り混じっていく。

 たくさんの後悔と、たくさんの憎しみと、たくさんの愛情と。

 圧倒的な、絶望。

 それらがコントラストの強いグラデーションを形成していったように見えた世界は、まるで一生抜け出せない檻のようにも思えた。

 だから思う。

 いつか、きっとここから抜けだしてやる。

 そして思う。

 いつか、きっとここから助けてあげる。

 そんな希望を持っていた心は、与えられ続ける絶望に光を根こそぎ奪われて、どんどん痩せ細る。

 その結果が、傷であり、抱いてはいけない、逃げ場としての想いだった。

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