いちどきり

春嵐

レッド

夜の光。自分を貫くように、光って、消える。そしてまた、新しい光。過ぎ去っていく。

「今日も収穫なしですか?」

運転手が話しかけてくる。

収穫なんてない。最近は、そういう仕事ではなかった。崩れかけた会社のプロジェクトを、梃子で押し上げるようにして軌道に乗せる。自分のためにやっていることではない。

すきなひとがいた。

この崩れかけた会社で、社員に給料をあげるだけの装置になっていた場所で、ひとりだけ、反抗と自我を失わなかったひと。

結っていた髪を、解いた。

「ねぇ」

「はい」

「今の会社、居心地いいですか?」

「そりゃあもう。副業する必要もない額の賃金で、しかも残業なしの会社ですよ。社内でお見合い制度なんてものまであるし。私みたいな運転するしか能のないやつでも嫁がもらえましたから」

「そうですか」

「でも上のひとは大変ですねぇ。あなたも疲れた顔をしている。帰ったらゆっくり寝てください」

「ありがとうございます」

別に、仕事の帰りではなかった。

すきなひとの、送別会の帰り。

私は、意を決して、そのひとに、帰り道一緒だから送っていくと言った。

そして、断られた。

どうしようもなくて、仕事の移動に使う車を呼んだ。

この運転手は、運転するしか能がないと言っているが、実のところ私にとって最高の逃げ場所だった。

「なんでだろ」

崩れかけた会社のプロジェクトを、梃子で押し上げるようにして軌道に乗せた。そのプロジェクトのトップに私のすきなひとを据えて、自由にやりたいことをやらせる。そして、いつか私もそこに入る。すきなひとと、一緒の仕事。一緒の日常。それが私の憧れであり、私の夢だった。

そして、夢は儚く消えて、すきなひとは会社を辞めて独立する。

プロジェクトのトップは、私になる。

「かなしいなぁ」

夜の光。過ぎ去っていく。

「疲れてますね」

「ええ。まぁ多少」

「あぁ、そういえばウチと似たような店が駅前の一等地に建つらしいですよ」

知っている。わたしの好きなひとが独立して、その店を作っている。そして、その店は上手くいく。私抜きで。

「あそこ立地良いですよねぇ」

「まったくです。うちに欲しいですよ」

「えっ」

一瞬の沈黙。

「なんだ、てっきりあそこの店を呑み込むために仕事してるのかとばかり」

あそこの店を。

呑み込む。

私が。

「えっ、と」

「いやもうしわけない。忘れてください。運転手が出過ぎたことを」

「ごめんなさい行き先変更で。その店が建つ予定の場所に」

「えっ」

「あなた、最高の運転手ですよ」

そうだ。

奪えばいい。

奪って私のものにすればいい。

最初から、そういう話だったじゃないか。

「あはは」

なんか愛が重たいひとみたいになってきたな私。送ると言って断られるだけで、これだけ、心がしんどいなんて。

ひとしきり笑っていた。

「あ、あの、ええと、着きました」

「あらごめんなさい」

夜の光。そして、それを反射する、一人の、誰か。

わたしの、すきな、誰か。

あのひとが、いた。

「降りますか?」

「ううん。このままでお願いします」

あの反射した光は、涙。

見覚えがあった。酔いつぶれたあのひとを、自宅で介抱したことがある。トイレで倒れたそのひとを抱き起こしたときに、目から流れていた涙。なぜだか分からないけど、あのひとの涙は、光を反射する。

なぜ、泣いていたのだろう。

「私のためだったら、いいのに」

夜の光。また、過ぎ去っていく。

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いちどきり 春嵐 @aiot3110

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