第2話

「どうよ真吾ちゃん、サークルでこき使われるのだいぶ慣れた?」

 ビール片手に親しげに話しかけてくれる。

隣同士で、雑談を交わしている。

それだけで、夢のようだ。


「は、はいっ!嵯峨先輩がいつも良くしてくださるので!」

思わず力が入ってしまう。

嵯峨も、周りの三年生も、笑っている。

「スドシンはほんと嵯峨ちゃんのこと大好きだなあ」

「そうですね!」


 真吾は臆することなく同意した。

 本当のことを否定するのは、嘘をつくということ。この気持ちに嘘をつきたくはなかった。

周囲は顔を見合わせて笑った。

「そうだな、真吾ちゃんは俺にベタ惚れなんだもんなあ?」

嵯峨がぐい、と真吾を抱き寄せた。

ヒュー!なんて周りから囃し立てる声がやんやと鳴り響く。

「おいおいラブラブかよー!」

「嵯峨っちもまんざらでもなさそだな?!」

場は爆笑の渦に巻かれたが、真吾は笑えない。


 だって、冗談じゃないのに。笑えるわけがない。

一人だけ、俯いて拳を握る。

心臓が早鐘を打っている。


 隣で笑う嵯峨はやっぱり眩しくて、この笑顔をずっと見ていたい、そんな戯言を想い抱くほどには、真吾の恋慕の情は膨れ上がっていた。


 好きだという想いを自覚してからは、なるべく嵯峨のそばにいるように努め、どんな嵯峨も見ていたいと思った。

 正直、そんなにテニスに熱心なわけでもない。大学に入ったらテニスサークル、という、なんとなくの憧れのようなもので入部した。

そこにいたのが嵯峨だ。


 一目惚れなどではなかったが、毎日接していくうちに、彼の人柄、特に優しさにぐいぐい引き込まれていった。

 器用になんでもこなせて、話も面白く、人懐っこい嵯峨の周りには当然いつも誰かいて、真吾は次第にその誰かを疎ましく思うようになった。


 二人きりで話せる機会が欲しい


 人間とは欲深いもの。

毎日見られるだけでいい、と思っていた気持ちはどんどん貪欲になり、話したい、こちらの存在を認識して欲しい、という感情を経て、今ではそんな大それた欲を抱くまでに。


 たまに一人の隙を見つけては、積極的に話しかけた。

キャンパス内で偶然見かけた時、食堂で、サークル後。

嵯峨はいつだって優しく、面白おかしく会話に付き合ってくれた。


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