幽咲の桜火 ~近衛伝~

東風

プロローグ

いろは

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 その少女の眼前には業火がそびえたっていた。炭に焼かれた肉のかほりが彼女の鼻にかかるころには、既に、少女の声は枯れていた。先ほどまでの旋律もガラガラした汚らしい音に変わったが、なお、少女の涙は美しかった。


・・・・


「・・君が近衛君じゃな。」

 少女は仄かな木の香りが漂う執務室の中に居た。目の前で鎮座する白髪の老人にやや圧倒されてこそいたが、背筋を伸ばし、冷静におきなの話を聞く姿勢ができているように見える。

「ええ、そうですが。」

 分かったような事を聞くな、と言わんばかりにその鬱色に染まった瞳を老人に向ける。老人はその目をあわれむように見つめ返し、こう言った。

「えーと、自己紹介がまだだったのう、儂は鹿島芳泉かしまほうせん。とある活動をしている者じゃ、よろしく頼むよ。」

「・・はい、よろしくお願いします。」

 少女はその「よろしく」の意味をあまり良い意味とはとらえていないらしい。わざと目をそらし、頭を下げたのだから、芳泉にもその不機嫌さはよく伝わったことだろう。

「・・まあいい、単刀直入に言うぞ。」

「はい。」

 少女は多少の身構えを見せたが、どうせ「いつもの」だろう、と思って翁の方を軽蔑するような目で見つめた。しかし、芳泉の言葉は彼女が予想していた「それ」とは全く違っていた。


「仇。」

「え?」


「親の仇だ、取りたくないか。」


・・・・

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