Episodio extra
16.5 concittadina
ある日のこと。
実家からの電話に、懐かしい気持ちと共にやって来た知らせがあった。
高校卒業以来、連絡の取れなくなった友達の結婚。
前園樹が結婚する。
母さんから手渡された葉書を手にしてみる。
『
あぁ。やっぱりあの子は何も知らなかったのね。そんな気はしてた。友達だと思っていたのは私たちだけだったのかと疑っていたくらいだった。
思えば、あの子はいつも何も知ろうとしなかった。知ることを恐れてた。特に、自分のことを。誰かに自分がどう思われているのか。
高校に入学して初めて会ったあの日のことは今でも覚えてる。遠く離れた
事実、あの子はとても臆病で、誰かとの関わりを意図的に避けていた。
「そっかぁ」
思わず声が出る。
「樹が結婚するんだぁ」
樹のことを守ってあげられる人が現れたのかな。だとすると、凄く嬉しい。あの子は、私たちのことを恐れて、一人で誰も知らないところへと旅立っていったから。きっと、あの子は私たちが何度も家に連絡をしたことも何も知らないんだろう。
誰にも頼らず、ただ一人で怯えてひっそりと生活するあの子の姿が簡単に思い浮かぶ。一人になりたくないくせに、いつも私たちから逃げ出そうとしてた。だから私たちも気付かないふりをして一緒にいた。
こうやって少しずつ思い出していくだけなのに、自然と笑みが溢れてくる。それはすぐ傍にいる人が証明してくれる。
「何かいいことでもあったのかな?」
「そうね。とてもいいこと」
私は去年結婚した。高校を出てすぐに就職して、そこで出会った人とこうして今は家庭を築いている。だから、あの子は私が藤村ではないことも、おなかの中に命が宿っていることも知らない。
あの子に話したいことはたくさんある。それは、高校卒業のときに置き去りにされた誰もが思っていること。
「あなたに話したことはあったかしら。高校のときの友達で、いつの間にか私たちの傍から逃げ出していた子」
「ああ。覚えてるよ。何も言わずにいなくなってしまったことが悔しいってことと、それでも自慢の友達だったってこと。何度も聞かされてきたね」
私は一度頷いてから、
「あの子、今度結婚するみたい」
と言った。
「見つかったのかい?」
「みたいね。多分、結婚するために渋々ながらも実家に戻ったというところかしら」
そのあたり、きちんとしてる人が相手みたいでよかった。事後報告でもなさそうだし。
「そうか。じゃあ、その葉書は結婚式の招待状ということになるのかな」
私は頷いた。何のことはないただの往復はがき。でも、この葉書の文字に私は覚えがある。
この字は、あの子の字だ。私のところに届いたこの招待状はすべてあの子の手書きだった。それに気付くととても嬉しくて、同時にそこまで気を使わせてることに申し訳なくもなる。
「丁寧だね。それ、全部手書きだ」
「うん」
そうね、あの子は昔からとても几帳面だった。それと同じくらいに妙なところで頑固だった。その最たるものが進路を一切私たちに教えないことだったのだけれど。
「行くんだろう?」
「うん」
行かないという選択肢は存在しない。それはきっと、この葉書を受け取った他の友達も一緒だと思う。式よりも前に、皆と連絡してみようかな。きっと、皆があの子の結婚と連絡を嬉しいと思っているはずだから。
後日。あの頃の友達に連絡した結果、樹と付き合いのあった私を含む三人が招待葉書を受け取っていたことがわかった。
それからすぐに私たちは段取りを付けると高校のあった
実際にそろって会うのは結構久しぶりで、それだけでも話は弾む。
「樹、もしかしなくてもこの結婚相手が初恋の相手になるんじゃないかしら」
そう言ったのは
だから、私の他の友達が彼女からの葉書をもらうことはなかった。
「でしょうね。そのことに疑いを挟む余地はないんじゃない?」
それに関しては誰もが同意した。あの子は、私たちのことも時には怖がっていた。だから男に走るんじゃないかとも思えたけど、それもなかった。寧ろ、男ですら怖がっているように見えた。
あの子は、ただ他人が恐ろしかっただけだ。その他人は近しいところにいたつもりの私たちも例外じゃなかった。
「そうよね。あの子が男と付き合えるくらいの神経をしてるんなら私たちと出会うこともなかったんじゃないかしら」
梢の言うことに頷く智里。
「もしもあの子が男と付き合えるくらいに普通だったなら…… そうね、きっと実生の高校に通っていたはずよ」
「それもそうね」
智里の言葉には素直に頷くしかない。
「それに、あの子は自分に関心がある男なんていないと思い込んでいたみたいよ」
「ええ? それ、梢のガードのせいじゃないの?」
言われて梢が顔を顰めた。
「そんなこと言われても。樹を傷つけるってわかってるのに紹介なんて出来ないでしょう? それはあなたたちも一緒だったと思うけど」
「否定できないわね」
苦笑する智里。
「それはそうと、彩乃。あなた本当にこの店でよかったの?」
「どうして?」
言われて、首を傾げる。
「彩乃、梢が言いたいのは妊娠したのに禁煙の店にしなくてもよかったの、ということよ。私たち、場所を決めるときに何度も反対したでしょう?」
あ、そういうことか。こういうところ、私の悪いところだ。思い出に浸ることを優先して、自分のことをあまり考えてなかった。
「ごめん。全然気付いてなかった」
「気をつけなさいよ。月並みな台詞だけど、あなた一人の体じゃないのよ」
「気をつける」
ここまで言われたからにはこの店に残るわけにもいかない。幸い、全員が最初に注文した飲み物を飲み終えていた。
「じゃ、ここは出よう」
梢が伝票を掴んで率先して歩き出す。もう心配はないのだけど、こうして気を遣えるところ、私たちは大好きだった。だから、変わっていないことに安心する。
樹も、変わっていないのかな?
「大丈夫、か」
「どうかしたの?」
立ち止まって、呟いた私に智里が振り返る。
「何でもない」
樹がよく誤魔化すのに使った言葉だけど。でも、今度は本当の意味でそうなんだって言ってほしい。それは、私たちの願いでもある。
本当に月並みだけど、よかったわね。おめでとうは…… 直接会うときまでとっておくわ。
後書き
後書のくせに長くなります。
結婚式に招待された樹の数少ない高校の友人たちでした。
彼女たちのことも信じ切れなかった樹は進路選択の際に誰にも何も言わずに、誰も行かない短大へと行くことにしました。更に、同じ地区にも自分を知る人がいないところを探してまでの逃避行でした。
結果、自分が怖れているほどには周りは自分には関心を持っていないということを学習し、友人を作りたいと思いつつも挫折し、ひたすら勉強に打ち込んでいきました。
樹は彼女たちに赦されない、そう思い込んでいたようですが、実際には心の底から心配されています。実家に連絡を取られるくらいには。それでも会いにいくことを選択しなかったのは、彼女たちの怯えによる部分も大きいです。樹が本気で自分たちのことを拒絶していたとしたら。そう思うだけで彼女たちは、樹に会いにいくということを選択できませんでした。
因みに、今回の語り手となった彩乃が既婚者であるということの意味はあまりありません。あくまで、樹が知らない間の変化の象徴としてしか考えていません。骨組みも肉付けも甘いので、彼女たちを主人公にすることはないですが。
しかし、作者個人としても結婚式での彼女たちの再会は楽しみではあります。お互いに何を思い、何を言うのか。
では、もうしばしのお付き合いを。
今回の副題はイタリア語で「同郷人」です。
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