13.il mio migliore amica
友達って、一体どこからが友達なんだろう?
昔読んだ漫画に「気付いたらもうなってる」って書いてあったけど、私は気付いていなかっただけなのか。
少なくとも、私は自分の気持ちも、人の気持ちも全然わからないような鈍いみたいだけど。
それでも、目の前に座る彼女と友達になりたいって思いは嘘じゃない。
私たちが
「久々のメールだったから張り切って仕事してきちゃった」
その表情に、あの日の面影は無い。でも、そう繕ってるだけなのかもしれない。だから、私はすぐに本題を切り出すことにした。
「宮下さん。いいえ、未央さん。私と友達になってくださいますか?」
下手に言葉を選ぶより、これぐらいストレートなほうが気持ちを伝えやすい。それは確かだった。これ以上ないぐらい、伝えたいことをきちんと伝えられたように思う。
でも、まっすぐすぎる分、反応も怖い。もしも、拒絶されたら? そう思うだけで何も出来なくなる。
「もしかして、樹…… この前のあれで友達解消したって思ってたの?」
だけど、未央さんの反応は私の想像の全てを裏切ってくれた。
「私、ただ距離を置いて樹が冷静になるのを待つつもりだったんだけど」
「え?」
「たったあれだけで友達やめるわけ無いでしょ。樹が全然冷静じゃないから時間がいるのかなって」
私は恥ずかしさのあまり顔を上げられなくなってしまった。
だって、たった一人の友達を失ったって思ってたのに。そう思っていたのは私だけで。
一体、今どんな顔をして未央さんを見ればいいのかわからない。
「樹」
声をかけられるけど、顔を上げられない。
「私さ、不器用な樹が好きだよ」
「どういう意味ですか」
「どうやって友達を作ればいいかもわからず、とりあえず勉強だけしてどんどん孤立していった学生時代を知ってる」
そう、私の短大時代はそんな毎日だった。
サークルに入ろうにも、ドアを開ける勇気も、加入届を持っていく勇気も持てなかった。せめて認められたいって思って勉強してみたけど。人はどんどん離れていった。そして、どこかでそれでホッとしていた自分がいた。
「一生懸命仕事してるのに、それが本当に役に立っているのかわからずに過小評価し続けてた樹も知ってる」
そうだった。そんなときに桑畑さんと話が出来て、未央さんと遊びにも行けて。
「好きな人に彼女がいるって思い込んで、全部しまいこんでしまおうとしてた樹のことだって知ってる」
うん。桑畑さんがどういう考えで噂を流して、どういう考えで私に近付いてきたのかもわからず、勝手に苦しんでた。
そして、独りで勝手に全部なくなったって思い込んでた。
「そしてね、こうして恋を実らせた樹を知ることも出来た。不器用だって、奥手だって、やれば出来るんだから。だから、不器用でも一所懸命に頑張る樹のこと、好きだよ」
そこまで言い切って、未央さんは息を吐いた。
「友達相手でも、こういうの、照れるね」
「あ」
私は顔を上げた。
顔を少しだけ赤くして笑う未央さんがそこにいた。安心した。
今までは私のことを強引でも引っ張ってくれる姿だけを見ていた。まるでそれは姉のようで。でも、こうして照れ笑いを浮かべる未央さんは、本当に可愛くて、初めて同年代の友人に見えた。
「それと、さっきの。樹の悪い癖ね」
「え?」
悪い癖?
「ちょっとでも気まずい事があると俯くでしょ? でも、前を見てないと何も見えないから何も出来なくなるよ」
そうだった。
私、この前、桑畑さんのときにも同じことしてたんだった。ちゃんと、人の顔を見て話をしないといけないのに。
「そうですね。ちゃんと見てないと、さっきみたいに友達の照れた顔を見逃してしまいますし」
「言うようになったね」
「ご、ごめんなさい!」
今までやられてきた分をやり返したつもりが、返り討ちにあってしまった。
うぅ。修行が足りないのかな。
「いいの。そういうの、結構嬉しいから。桑畑さんたちに前に言ったのにね。言わなきゃ伝わらないって」
ちゃんと言わなきゃ。そう、私にも言い聞かせようとしてるように思えた。
「で、俺は完全に空気か?」
「というか、あなた状況をややこしくした張本人ですよね」
ずっと黙っていた桑畑さんが口を開くけど、未央さんにすぐに黙らせてしまう。
「先に噂の誤解を解けば良いのに。それをしないまま樹にアプローチなんてするから樹が気にするんですよ」
「面目ない」
「まあ、過ぎたことばっかり言っててもしょうがないですから。これからに期待させてください」
「わかってる。で、一応は報告させてくれ」
そこまで言って、桑畑さんはテーブルの下で私の手を握った。
一瞬、びくっとしてしまうけど、すぐに私も握り返した。
私にもちょっとだけ勇気をください。
「入院の次の日に改めて交際を申し込んで、了解を得た。それで、結婚前提で、申し込んで。それも、了解を得た」
「おめでとうございます。樹も、おめでとう」
言われて、顔が熱くなるのを自覚する。
「それで、だ」
桑畑さんが未央さんのほうを見てまじめな顔つきになった。
「宮下に、証人になって欲しいんだ」
「証人? ああ、そういうこと。わかりました。引き受けましょう」
桑畑さんは私の手を握ったまま反対の手でポケットを弄って何かを取り出した。
「本当は指輪にしたかったんだけど、まだサイズ知らないし、樹も知らなさそうだからこっちにしてみた」
片手でぶら下げていたのは銀細工みたいなポイントのついたチョーカーだった。そして、指輪のサイズの話は正しかった。測ったことがない。
「うわ。これシルバーいくつですか? 結構高めですよね。何でこんな手入れの面倒そうなのを選んだんですか?」
ポイントをまじまじと見つめる未央さんから呆れの声が漏れた。
「俺も、一緒に手入れしたかったから。そうすりゃ、一緒にいる口実が増えるだろうが」
よく見ると、桑畑さんがつけているブレスレットも銀に見える。
「…… もしかしなくても、それも同じですか」
「もしかしなくてもそうだよ」
一瞬、何とも言えない沈黙が訪れたけど、すぐに未央さんの笑い声に支配された。
「高校生でもそれはしないんじゃないんですか? でも、樹ならちょうどいいのかな?」
未央さんの目がこっちを捉えた。
駄目だ。これはどうしようもない。
「何でも、いいんです。一緒にいて、一緒に何か出来れば。いまいち、よく判らないっていうのもありますから」
どうしようもないのなら、ありのままに思うままに答えるしかない。
「言ってて、恥ずかしくない?」
「言わないでください。態々言われなくたって、自分の顔がどうなっているかなんてよくわかってます」
顔はずっと熱いまま。季節の所為でも、空調の所為でもないこともわかってる。
さっきから桑畑さんの行動、未央さんの言葉と視線、私の言動、その全てに恥ずかしさというか、何とも言えない感覚が付きまとう。
羞恥というか、照れなのか。
「そうね。ずっと赤いままだしね」
だから、態々言われなくてもわかってます。
「君たちは喧嘩でもしてたのかい? あ、これ鮭と梅肉のオイルソースね。これは……」
「あ、私」
店長が私たちのところに頼んだ料理を持ってきて、第一声がそれだった。
「で、こっちが茸と浅蜊の和風クリームソース」
「俺だ」
「じゃあ、最後。夏野菜のサラダパスタだね」
こうして全員に料理が行き届いた。
「因みに、鮭と梅肉のオイルソースは君らのとこの
何気なく言われたけど、和泉さんが誰なのかがわからない。名前を聞いたことはある気がするんだけど。
メニューを作ったということは開発の人だとは思うんだけど。
「開発1課の
「あらたさん、ということは男性ですか」
男性でレシピの大半を作ってる方、どこかのレストランで働いたことのある人なのかな。
「因みに。趣味は家事全般。彼女が出来ても彼女よりも高い主夫スキルゆえに振られるのがいつものこと」
「可哀想です」
「そうは言ってもな。あれ、戸崎の嫌がらせだからな」
戸崎さん!
そうだ。以前
でも、嫌がらせをするような人には見えなかったのに。
「ああ。心配するようなことじゃないと思うぞ。まぁ、和泉からすればふざけるなって思うんだろうが」
一体どういうことなのかは見当もつかないけれど。
だけど、心配しなくてもいい気がした。
あの日の戸崎さんの表情と言葉。そこに悪意なんてないって思えるから。
「あれ」
ふと、奥の方の席で知った顔を見た気がした。
「小野寺、だな」
「ですよね」
一人、沈んだ顔をしてる小野寺さんがいた。
「樹って、自分のことよりも人のこと優先するよね」
「駄目ですか?」
「ううん。そういう樹だから、私は樹のことを最高の友達って、親友だって紹介できる」
未央さんの言葉に感謝しつつ私は小野寺さんの様子を伺う。
料理も注文していないし、手元の水にも触った様子もない。何より、結構あからさまに見てるのに気付くこともない。
「どうするの?」
「小野寺さんは」
短い時間だったけれど、私の側で話をしてくれた。それは、あの日の私にとって確かな助けになった。
「私、小野寺さんとも友達になりたいって思いました。だから、私を止めないでください」
「止めないよ。樹に頑固なところがあるのは俺たちも良く知ってるからな」
桑畑さんの承諾と、未央さんの笑顔を受けて私は席を立った。
近付いても、私に気づく気配はない。
「…… 小野寺さん」
「え」
声をかけられて私を見上げる顔は暗い。
「前園、さん?」
「はい。どうしたんですか? 辛いことがあったのなら、私でもよければ聞きますよ」
「ありがとう。でも、話すにしても時間をちょうだい。あなたに、今の感情なんてぶつけたくないもの」
それだけ言って、小野寺さんは立ち上がった。表情とは裏腹に、その足取りはしっかりとしていた。
店長に頭を下げて、出て行った。
「何も、できないのかな」
声をかけただけだった。
助けられた分だけ、もっと誰かを助けられる人になりたい。でも、現実は厳しい。
「いきなり100%なんて無理だろ。でも、立ち直るきっかけぐらいにはなるさ。ああやって、自分で歩けるんだから」
「そうだと、信じたいです」
いつの間にか隣に立っている桑畑さんが私の肩に手を添える。
その重みとぬくもりが心地よくて、無力感にさいなまれる心を解してくれる。
「信じたいなら、信じてあげればいい。そして、いつでも話を聞けるようにしてあげるんだ。それが、きっと一番の助けになる」
「はい」
私が信じなければ、私は誰の力にもなれない。暗にそう言われている気がした。
でも、それでいいとも思えた。少しくらいは自分で気付いていかないと。
家までは桑畑さんが送ってくれて、今はその桑畑さんのためにコーヒーの準備をしてる。
この部屋を借りたときには、まさか誰かが尋ねてくる日が来るなんて想像もしなかったし、出来なかった。
「お、お待たせしました」
唯一置いてある小さなテーブルにマグカップを2つ並べる。
もう随分と夜遅いのにコーヒーを淹れてしまった。
「気にしてない。ありがとう」
桑畑さんはコーヒーを手に取ると部屋の中を見回した。
「な、何も変なところないですよね?」
「無いよ。ただ、ここで樹が暮らしてるんだと思ったんだ」
そんなことを何の臆面もなしに言われても困る。大体、女の子らしい調度品なんてあまり持っていないし、見回しても衣装ケースと、本棚しかない。
「本当に、本の虫だな。こうやって見てると本が好きなんだってよくわかるよ」
「これなら、一人でも時間をつぶせますから」
でも、これからは一人で時間をつぶすために本をそろえる必要なんてない。
「今度、何か貸します。人と一緒の本を読めるっていうのもいいものですね」
これからは私と本を共有し、時間をともに過ごしてくれる人がそばにいる。それだけでこれだけ世界が輝くなんて思わなかった。
前に、主人公になんてなれはしないなんて思ったけど、それは少し違うみたいだった。
生きている限り、誰だって、どんな命だって自分の物語の中の主人公なんだ。誰かの中の物語では脇役だったり、役すらなかったりもするけれど。
それでも、私は私が主役だっていうことに漸く気付けた。その意味は、きっとこれから見つけていくんだと思う。生きるって、きっとそういうことだから。
「そうだな。のんびりと過ごしたっていい。急ぐこともない。俺と樹で、歩調を合わせてゆっくり進めていけばいい。
でも、いつかはご両親に挨拶させてくれ」
「はい」
後書き
今回である意味第一部みたいなものが終りました。そういうわけで、今まで梅雨だった季節が夏に移行します。
今後は結婚に至る過程を描いていきます。そのために、今までは電話のみの出演だった静季の親と、まだ登場していない樹の親などを登場させていきます。
静季が持ってきた銀のアイテムは、この頃の作者の上司が皮細工と銀細工の収集に凝っていて、その絡みで知った話だったりします。
今回の副題は「私の一番の友達」です。
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