魔法大国の王様は現代でも生き残れますか?

うるま

第1話

 深刻な干魃に喘ぐヒビ割れた大地は、今や過分なほどに潤っている。

 地表に溢れた黒色に近い濃い血液は地平線の先まで伸びていた。

 それでも倒れゆく人々が尚も広大な血溜まりの範囲を大きくしていく。


 ある者が怒号と悲鳴の混ざり合った様な甲高い声で叫びながら杖を振るい、光線が放たれる。

 それは数十メートル先に立つ女の胸を貫き、間もなく彼女は絶命し崩れ落ちる。


 またある者が杖を高く掲げると、暗く濁った空から稲妻が降り注ぎ、十数人の命が一瞬で掻き消える。


 幾度となく繰り返される死に構っている者はいない。

 今は戦争中であり、感傷に浸ることが自分を死へと近づけるのは、皆理解していたからだ。


 東から行軍を始めた赤いローブを羽織る魔法使い十万人。

 西から行軍を始めた黒いローブを羽織る魔法使い十万人。


 数えきれぬ程の赤と黒が規則正しく動く様は壮観であったが、一人目の死者が出てから二時間が経過した今、両者の入り乱れた戦場には美しい規則性などはなく、目を背けたくなる惨状になり下がった。


 その惨状の中に立つとある老人は一目見て他とは違うと分かる威厳を携えていた。

 彼のローブは特段豪華な施しをされていた。そして、そのローブは返り血の一滴すら付けず、荘厳な面持ちを保っていた。


 彼はゆっくりと杖を振るう。

 杖から放たれた大量の黒煙は生物の様に唸りはじめる。やがて煙は形を帯び始め、気がつくと老人の頭上には大きな黒い龍が佇んでいた。


 龍の口が開かれるのと、人々の悲鳴が聞こえるのは殆ど同時だった。

 高速で放たれた黒煙は広範囲に降り注ぎ、敵対勢力である赤いローブの魔法使い達は血を吐き、自分の命が尽きるのを実感しながら死んでいった。


 再び死の黒煙が降り注ぐのを魔法使いたちが恐れたのも束の間、龍の腹部を大きな火の塊が吹き飛ばす。


 間も無く龍は再び煙となり散って消えた。

 龍が最後に見つめていたのは、自分の命を奪った老人。彼は数十メートル先で宙に浮いていた。


 特段豪華な赤いローブを羽織るその老人も、やはり返り血を付けず、他の魔法使いとは違う威厳を持っていた。


 龍を生み出し、簡単に大量の命を奪って見せた黒いローブの老人。

 炎の塊でその龍を葬った赤いローブの老人。

 二人の視線が交わる。


 命の奪い合いが横行し、血と死と絶望が乱舞する戦場の中で、二人の時間だけが緩やかだった。


 杖を構えたのは同時であった。

 一方からは黒煙が。一方からは炎の塊が。


 激しくぶつかる魔法ら拮抗しているかに思えたが、次第に炎の威力が勝っていく。

 やがて炎の塊りは黒煙を完全に押し除け、それを生み出した主人である黒いローブの老人の元へ辿り着く。


 黒く美しかったローブは、いまや血と焦げ跡の混ざる下品な代物となる。

 しかしそれを羽織る老人は恥ずかしいなどとは思わなかった。


 既に命の無い彼には、そんなことを考えることなど不可能であった。


 勝利した赤いローブの老人は杖を点高く掲げる。

 そこから放たれた炎はやがて暗雲に達し、渦を巻きながら弾ける。

 たちまち雲は霧散し、数時間ぶりの日光が大地を照らす。


 その光景を見ていた数多の魔法使いたち。

 ある者は自らの王の力に感嘆し、尊敬し、喜んだ。

 ある者は敵国の王の力を恐れ、嘆き、悲しんだ。


 自らの最大戦力である王を失った黒いローブの魔法使いたちに、最早戦いを続ける意志など残されていなかった。

 いや、王が死んだからではない。

 一度始まり、終わりの見えなくなっていた争いから手を引く理由がやっとできたのだ。

 

 こうして実に百年にも渡る二国間の戦争は終結した。


 

 

 

 戦争に勝利した我々の国セントラルは、この争いの後、今に至るまでの二百年間平和を貫いている。

 そして十日後、先の戦争で勝利をもたらした王は九七〇才を迎えると同時に退任し、その息子である私が王位を継承する。


 父の築いた平和な世を守り、血の流れない時代を続けていかなければならない。

 重い責務だが、信念もある。

 私は父に、先代の王に誓う。


 セントラルの平和を。

 人々の安寧を。

 一族の繁栄を。



 …誓ったのだ。

 

 罪悪感。無力感。或いは怒り、憎悪。

 それらが熱い一つの塊りとなり、私の中で渦巻いている。



 目の前で殺された父を見て、その時私は初めて平和が終わりを告げたのだと、そう心で理解した。

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