第12話
俺は昼過ぎには寝て、二十一時くらいに起きてバイトに行くのが日課だ。その間――ほたるは俺が寝ている時も、ずっと一人でテレビを見ている。
同じ部屋にいるもんだからこれがなかなかの睡眠妨害で、音は聞こえるし映像は眩しいしで、俺は浅い眠りの中でバラエティー番組の笑いやらナレーションの声なんかが頭に残って仕方ないんだ。
「和馬くん、今日も寝不足? またゲームばっかりやってるんでしょ」
光莉先輩が洗い場の向こうから声を掛けてくる。どっちも正解のようで正解じゃないです。
「私も最近やるんだけど、あんまり上手くなくて」
「え、光莉先輩もゲームやるんですか!」
それは知らなかった。というか、これは思わぬ収穫。
「ちょっと前にPlayVacation(プレイバケーション)買ったんだよ」
「プレバケですか、どんなゲームをやってるんですか?」
「えっと……今はデビルハザードとか」
「意外にアクションホラーゲーム!?」
デビルハザードはいわゆる「サバイバルホラー」で、銃を持った主人公がゾンビを倒しながら謎を解き明かし、最終的にボスと対決するゲーム。アクション性とホラー性を合わせた名作である。
ただ、このゲームには「暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています」と表記されているとおり、ホラーやグロが苦手な人には向かないゲームでもある。
なので、ほんわかおっとりな光莉先輩には似合わないゲームなのである。
「あれすごく怖いけど面白いよねぇ。でも研究施設でウロボロスの鍵が見つからなくて」
なんとなく似合わないと言ったのは撤回しよう。光莉先輩が怯えながらホラーゲームをやっている姿を想像したら、サバイバルホラーもおとぎの国のメルヘンファンタジーに思えてくる。
しかし、研究施設ということは中盤戦の山場か。
「あそこはちょっと複雑なんですよね」
研究施設には下水路があって、そこで『欠落した遺伝子』を手に入れてから『ウロボロスの部屋』に行ってウイルスの生成を……って、
「説明するのは難しいんですよ。まず下水路の入り口は西館の資料室の奥にあって、バールを持っていかないと入れないんですけど」
「西館? どこだっけ??」
「施設の外周をぐるって回っていけるとこです」
「バールって何だっけ?」
「マンホールの蓋を開けるやつです」
ぽかんと明後日の方向を見つめる光莉先輩。ダメだ、たぶん通じてない。
「実際にやって見せたほうがわかりやすいですよね」
「えっ、見せてくれるの?」
明後日の方向を見つめていた光莉先輩の視線が俺に向いた。
「いいですけど、プレバケは置き型ゲームだからテレビがないと」
「じゃ、じゃあ和馬くんの家は?」
俺の家ですか!?
「ダメ、かな?」
そそそそんな、ダメってことは決してないですが、どどどどうして俺の家でなんか。まるで「ゲームをしに遊びに行っていい?」って言われてるみたいな勘違いをしていいんですか?
「おいお前ら、口ばっかり動かしてないで手を動かせ」
すっかりお喋りに夢中になっていた俺たちに、キッチンから冨澤さんの声が飛んできた。ちょっ、今は俺の山場だったんですよ。
「てへ、怒られちゃったね」
光莉先輩はペロっと舌を出してホールに戻っていった。光莉先輩が残念そうな顔をしていたのは――気のせいかな。
バイトが終われば日付も変わっていて、今日は待ちに待った給料日である。
ひとまずコンビニに立ち寄りATMで給料をおろして、食材を買うにはまだスーパーが開いてないからこのまま弁当でもって、
「アイツの分も買っていかないといけないのか」
しぶしぶ和風おろしチキン弁当を二つ購入することにした。俺の家に同棲とは名ばかりの、無理やり寄生しているエロゲヒロイン様の分まで買わなきゃいけないとか、俺はほたるを養っているのだろうか。
「おっす、和馬」
「げっ……ミノル」
「なんで『げっ』なんだよ」
いつものように攻撃力の高そうなツンツン頭。ジーンズにTシャツというラフな格好で、肩にバッグを引っ下げたミノルとエンカウントしてしまった。
その姿は、これから学校に行くところみたいだな。
「ところで王座決定戦のスケジュールは決まったか?」
ああ、この間言ってたやつか。てか、やるのかよ。
「冷たいこと言うなよ。友達だろ? 高校の頃はいつも対戦に付き合ってやったじゃんか」
「お前がヒマしてたからな」
「よく言うぜ。ゲームばっかりで女っ気のない和馬の相手をしてやったのに」
何を言う。女っ気がなかったのはお互い様じゃないか。と憎まれ口をたたくけど、たしかにこいつとは仲がいい。
二人ともゲーム馬鹿で女っ気がなくて勉強も運動も大したことなくて、いいところが一つもないから「類が友を呼んだ」んだろう。
「てか和馬、なんで同じ弁当を二つも持ってんの?」
ミノルは俺が抱える二つの和風おろしチキン弁当をジッと見つめる。まずい、その質問は非常に危険だ。
「まさか、女か?」
やはりそう来るか。
「いや違う。俺は断じて同棲とかエロゲみたいなことをしているわけではない」
「なるほど、同棲してない女がいると」
墓穴を掘ったうえに揚げ足まで取られた。
「ミノルよ。お互いゲーム馬鹿で女っ気がなくて勉強も運動も大したことなくて、いいところが一つもない俺たちなんだ。そんなわけないだろ?」
「オレは違うぜ? ゲームは趣味程度だし大学には女友達もいるし、勉強も運動も普通にできるし、いいところがたくさんある」
そうかそうか。では、ゲームは普通に趣味程度で、普通に女友達がいて、勉強も運動も普通で、見た目もいたって普通なミノルくん、
「じゃあどうしてミノルには彼女がいないんだ?」
「う……」
「その女友達とやらは本当に友達なのか? ただLINEのIDを交換しただけじゃないだろうな」
「うぐ……」
「そこから何か恋愛要素が発展しているのか? お前が一方的にLINEを送り付けた挙句、必殺の『既読スルー』で枕を濡らしているのではないか?」
「うぐぐぐぐ……!」
形勢逆転だ。敵の隙を突いてコンボ攻撃を見舞う、これが対戦型格闘ゲームで強者の戦い方なのだよ。
「くそう、和馬め。この期に及んでハメ技を使ってくるとは」
この隙に俺は、レジで弁当の会計を済ませてしまう。「温めますか?」「いえ、結構です」と一連の流れを終えると、
「あ、電車に間に合わなくなる」
ミノルは思い出したかのように携帯の時刻を確認し、
「それじゃ、王座決定戦のスケジュールが決まったら連絡してくれよな」
と言い残して去っていった。どうやら俺のカウンター攻撃で尻尾を巻いたらしい。弁当二つの件はうやむやになってくれたことを祈ろう。
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