第11話

「あり得ねえ!」


 帰宅した俺はおにぎりをテーブルの上に放置し、さっそくゲームの棚を漁る。


 ほたるはハーフパンツに昨日と違うTシャツを着て(どっちも俺のだ)ソファでゴロンと朝の情報番組を眺めていた。


 くそ、生足が眩しい。


「だったらゲームであたしに勝たないとな」


 食料に反応したほたるは、餌に食いつく雛鳥のように身体を前のめりに起こし、テーブルのおにぎりに手を伸ばす。テレビに映る「もつ鍋特集」を見ながら塩おにぎりスペシャルを頬張るその姿は、あたかも「テレビのもつ鍋をおかずにおにぎりを食べる」風であった。


「んべ、ほんふぉはふぉんなふぇーむべしょうふするんふぁ?」


 何を言っているのかわからん。口の中に食べ物を入れたまま喋るんじゃない。


「んぐんぐ……今度はどんなゲームで勝負するんだ?」


 俺のこぶしくらいの大きさだったおにぎりが一つ、早くもほたるの苺口の中に飲み込まれていた。


「ゲームと名の付くものなら何でもいいんだよな」


 ゲーム棚の隅にあったソフトを手にした俺は、悠然と振り返る。


「ふぁぶまのとふいなやふれいい」


 二つ目の塩おにぎりスペシャルが餌食となっている。やはり俺の分はなかったようだ。それについては何も言わないから、ほたるも食べながら言うのをやめてくれ。


「和馬の得意なやつでいい」


 来たな。自信過剰にも程があるぞ?


「よし、ならば今回の勝負はこれだ」


「何それ。ぷにょ……ぷにょ?」


 そう、これは『ぷにょぷにょ』という落ち物パズルの王道ゲーム。『ぷにょ』と呼ばれる色違いのスライムのブロックを四つ以上くっつけて消滅させ、それを連鎖させることで相手に『お邪魔ぷにょ』を送り込んで攻撃をする。


 無事におにぎりを平らげたほたるは、ソフトのパッケージを見せろと手を伸ばしてきた。


「このゲームはレトロな部類だ。俺は子供の頃からやり込んでるけどな」


 つまり、ほたるにとっては知らないゲームなはず。ということは、


「俺が負けるはずない」


「へぇ、このぷにょぷにょしてるのがカワイイな!」


 ほたるはパッケージを眺めて、そのぷにょっとしたスライムのキャラに恍惚とした表情を浮かべている。女の子が愛らしい小動物を見てトロけているような、つまりそんな感じだ。


 ふ、そうやって見た目の可愛さに騙されるのが所詮は女子よ。


 しかし、そんなほたるの顔がスペシャル可愛いと思ってしまう俺でもあった。


「あたしはこれやったことがないぞ。でもルールは簡単そうだな」


「とにかく『ぷにょ』を四つ以上くっつけて消していくゲームだ。一度にたくさん消したり、消した『ぷにょ』を落として連鎖をさせていくと『お邪魔ぷにょ』で相手を攻撃できる」


「ふむ、ふむ」


 俺の説明は雑だけど合ってる、よな。ゲームは言葉で覚えるモンじゃない、体で覚えるもんだ。詳しい説明をしても出来るわけじゃないからな。


 それにこのゲーム、実は奥が深い。単にぷにょを消していくだけでは勝てない。いかに早く、いかに正確な連鎖を組み立てるかがコツなんだよ。


 その点、俺はこのゲームを十年以上もやりこんでる。必殺のツバメ返し(折り返しで大量の連鎖を組み立てる)で最強連鎖を叩きこんで……


「和馬、自分が得意っていうより、あたしが苦手そうなのゲームを選んだな?」


 ギク。


「あたしが知らないゲームなら簡単に勝てると思っただろ」


 ギクッ!


「これでチューをゲットして、ついでにギュっまで持って行って、さらにエロゲ展開も出来ちゃうかも――とか考えてるだろ」


 ギクギクーー!


「な、何を言う。俺はとりあえずチューでいい。あ、いや……チューが欲しい」


「ふうん……」


 ほたるはジトっとした目で俺を見る。そこから何やら思案するような表情を見せ、さらにニヤっと悪そうな顔へと連鎖させると、


「じゃあ、和馬が勝ったらエロゲ展開にしてもいいぞ」


「マヂ!?」


 不覚にも欲望丸出しで目を剥く俺がいた。


「やっぱり考えてることはカスだな。カス馬、このカス馬」


 ぐ……お前が言ったんじゃないか。目の前に人参をぶら下げたら走るのが馬だろ。って、俺は馬じゃないが。


 ディスクを入れて『ぷにょぷにょ』がスタート。プレイキャラは特に関係ない。とにかく最速で連鎖を組み上げて、ほたるを「あっ」と言わせてやる。


 五種類の色がある『ぷにょ』が二つずつ、ランダムで落ちてくる。四つ以上が繋がると消えてしまうから、四つ以上が繋がらないように、それでいて連鎖が発生するように組み上げていく。


 コントローラーの『A』ボタンと『B』ボタンで『ぷにょ』を回転させながら、十字キーで配置する。


 よし、ツバメ返しの『返し』ができた。これで十六連鎖の土台は完璧だ。あとは残りの部分を組み上げれば一撃で……って、


 気付けば隣でほたるの身体が発光してる。これは鉄剣の時もマリヲカートの時もあった、ほたるがチートを発揮する合図だ。まさか、初プレイの『ぷにょぷにょ』でもチート能力が出てきてしまうのか?


 その時、


『ファイヤー、アイスストーム、ダイアキュート、ブレインダムド、じゅげむ……』


 何っ!?


 俺よりも先に連鎖を打ってきただと?


 しかしその程度、俺の十六連鎖を叩きこめば相殺分も含めて……


『ばっよえ~ん、ばっよえ~ん、ばっよえ~ん、ばっよえ~ん、ばっよえ~ん、ばっよえ~ん! やったね、全消し☆』


 うおっ! 全消しで最速の十二連鎖だと!? マズい、俺の十六連鎖が間に合わない……!


 そこに無常にも『お邪魔ぷにょ』がズシンと降ってきて、俺の十六連鎖は発動前に窒息。


『ばたんきゅ~』


 あっという間に勝負が決してしまった。


「へっへ~い、あたしの勝ち~!」


「待て待て! 俺が十六連鎖を組み上げる前に十二連鎖の全消しって、いつの間にそんな連鎖を組み上げてたんだ?」


 俺は自分の『ぷにょ』を組み上げるのに夢中で、ほたるの画面を見ていなかった。リプレイ機能を起動させると、


「な、なんだこりゃ!?」


 一分の隙もない最善の組み上げ。ひとつの『ぷにょ』も無駄にせず、『ぷにょ』を組むのも最速の早業。俺が大量連鎖を組み上げるのを見越していたかのように、十二連鎖のお邪魔ぷにょでキッカリ勝利――ってまさか、そこまで計算されてるのか?


「こんなバグったチートキャラに勝てるわけがねえ!」


 なんだよこの強さは。初めてプレイするゲームだったんじゃないのか?


「つーか、どうしてほたるは『ぷにょぷにょ』なんかできるんだよ。『らぶ☆ほたる』が開発される前のレトロゲームだぞ?」


「んん? さあどうしてだろうな。『らぶ☆ほたる』のゲームでは、あたしはこういうの苦手なキャラなんだけど……よくわからない」


 そういえばゲームの中の金魚すくいでも一匹も取れてなかったな。そういうのはヘタクソなキャラだったのに、ゲームとキャラが違いすぎるじゃないか。


「やっぱりお前バグってんじゃねえの!?」


「そんなにバグバグ言うなよ。たしかに和馬の買った初回限定版ソフトはゲームシステムにバグが残ってたけど、あたしは欠陥品バグじゃないんだから」


 ほたるは突然、俯いてしまった。肩を落とし、目をうるっと滲ませる。鬼の目にも涙、ならぬ小悪魔の目にも涙か。って、そんなこと言ってる場合じゃない。


「……ごめん、俺が悪かった。ほたるが強すぎるから俺もムキになってた」


 たしかにゲームから出て来ちゃったのはバグかもしれないけど、ここにいるほたるは欠陥品じゃないもんな。


「俺の十六連鎖で『あっ』と言わせてやろうと思ったけど、今回は俺の負けだ」


 ペコリと頭を下げる、が――ほたるは沈黙。やべえ、マジで泣かせちゃったか?


 上目で覗き込むと、ほたるの碧眼と目が合う。それはめまいがするほどキレイで透き通っていて、このまま俺は吸い込まれてしまうのではないかと錯覚する。


 ほたるは苺のように愛らしい唇を薄く開いた。そこに俺の唇が吸い込まれてしまうのではないかと思った――のはもちろん勘違いで、


「あはっ! 『今回は』じゃなくて『今回も』だろ? 和馬は弱いな」


 ニンマリとした碧眼は、鬼の目に涙の欠片もないほど、小悪魔のようにほくそ笑んでいた。


「なんだよ、ケロっとしてるじゃんか」


「そんなんじゃいつまで経ってもあたしを攻略できないぞぉ。早くエンディングが見たいんじゃないの?」


 と、座ったまま足を伸ばし「ほらっ」とその艶めかしいお足様をひけらかしてくる。細い指を自分の太ももに這わせて挑発してくる姿は、エロゲのヒロインそのものだ。


「ぬぐぐ……こんな手強いヒロインは初めてだ。しかし、いつか必ず勝ってみせる。どんなに時間がかかっても、必ずヒロインを攻略してエンディングに辿り着いてみせる。それが俺のエロゲ道だ」


「どんなに時間がかかっても……?」


「ああ、どんなに時間がかかってもだ」


 俺の言葉で、ほたるの透き通った瞳が少しだけ曇ったような気がした。


「ん? どうした?」


「……何でもない」


 あれ? 俺、何か変なこと言ったかな。

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