第3話 勇ましき将軍(猪馬鹿)

「話が頓挫しましたな。では先程の説明を続けさせて頂きます」


 黒い喪服に身を包んだ長身の男は、何事も無かった様に話を再開した。一瞬でもこんな男に胸キュンしかけた自分が恥ずかしいわ。


 ってゆーか。返せトキメキ未遂泥棒。


「我がタルニト国は小国です。しかも東に大国サラント国。西に強兵センブルク国に挟まれている弱い立場の国です」


 ······それぐらい私だって知ってるわ。亡くなったお父様も、歴代の王達もサラント国とセンブルク国に硬軟合わせて上手く良好な関係を続けて来た。


 いや。真実はそんな生易しい物では無い。

とにかくサラントとセンブルクにこの国を攻める口実を与えない。


 血の滲む様な外交努力はその一点に尽きた

。何しろサラントとセンブルクとは国力が違うのだ。


 メフィスの説明によると、サラントの国力を十とすると、センブルクは八。このタルニト国はニらしい。


 メフィス宰相が今度は財政状況を説明するが、もう私の頭には何も入って来なかった。

性病ってどういう事よ!?しかも三つって?


 どんな夜の生活を送ればそんな状態になるの?って言うか、コイツ既婚者なの?私の混乱する頭の中を察したのか、メフィスは説明を中断した。


「女王陛下。質問は後でまとめてして頂くのが効率的ですが、火急の疑問ならお答えしますが?」


「······い、いえ。疑問と言うか。メフィス宰相。貴方のその持病って一体······」


「ああ。三つの性病の事ですか?私は人間、魔族、その他希少種族を問わずに相手にしますので。病気が伝染る事もあります」


 いや。少しは問えよお前。そのせいで身体がえらい事になってんでしょ!?メフィスの口調は乾いたまま何も変化は無かった。


 なんで?なんでそんな堂々と言えるの?

普通それって「絶対恥ずかしくて誰にも言えない」レベルの話じゃない?


「先程の吐血は半獣人族から伝染された影響です。半獣の女は癖になる抱き心地でしたのでつい深入りしてしまいました」


 要らんわそんな生々しい話!!この鬼畜男が残り二つの性病を説明し出す前に、私は是が非でも話題を変える事にした。


「メ、メフィス宰相!我が国の要はなんと言っても外交!そして軍事よ。どちらかのトップと会いたいのだけど」


 私の言葉にメフィスは「ほう?頭の悪そうな女だと思ったが、意外とこの国の現状を理解しているではないか」的な表情をした。


 くっ。なんだか腹立つわねこの細目男。メフィスは侍従を呼び何やら耳打ちした。


「女王陛下。元より紹介するつもりでこの広間の外で待機させておりました」


 メフィスが言い終えると同時に、広間の大きな扉が開く音がした。体の大きい男が大股でこちらに歩いて来る。


「お初にお目にかかります!!アーテリア女王陛下!!自分はパッパラ!軍の大将を務めさせているッス!!」


 私は反射的に耳を塞ぎたくなった。それ程この大男の声は大きかった。私はパッパラと名乗った男を見た。


 短い黒髪にごっつい顔。無邪気そうな瞳。頬には刀傷と思われる傷が幾つかあった。ちょ、ちょっと待って。


 このパッパラって人若すぎない?どう見ても二十代に見えるんだけど?


「はい!自分は二十七歳ッス!メフィス宰相に大将にして頂きました!」


 に、二十七歳の将軍?ちょ、ちょっと待って。大将って、歴戦の有能な指揮官がなる地位でしょう?


 お、おかしい。どう考えても。こんな若いパッパラが大将の地位につくなんて。おい!説明しなさいよ性病持ち男!!


「はい。女王陛下。軍中を視察した折、毛色の違った馬鹿(現パッパラ大将)を発見しました。面白そうなので······いえ。彼の才幹を見抜き、大将に抜擢致しました」


 おい。この細目性病野郎。今お前面白いって言ったな?確かに言ったな?確実に言ったな?


 国の命運を担う軍のトップを面白半分で決めたのか己は!!はっ!?そうよ。前任の大将はどうしたの?どこに行ったの!?


「はい。女王陛下。前任のマスマイル大将は退役しました。噂では酒場に入り浸り毎日泥酔している様子です」


 メフィスが「それがとうした」的な表情で答える。そりゃ辞めるでしょう!こんな若造に地位を奪われたら!そりゃ酔っ払うでしょう!酒飲むしか無いでしょう!!


 こ、この腐れ宰相!!人事権を乱用して好き勝手しているのね!私の額に血管が浮き上がった時、パッパラ大将が落ち込んだ表情で私を見た。


「······女王陛下。御不安なのは当然ッス。俺みたいな若輩者が大将なんて。そりゃ不安ですよね」


 パッパラが沈んだ声で呟いた。い、いや。パッパラ。貴方は悪くないわ。むしろ貴方は被害者よ。


 こんな職権乱用野郎に、いきなり大将に据えられたんだから。貴方だって不安よね?


「でも安心して下さい!!女王陛下!!」


 パッパラが生気を取り戻したかのように、突然元気な声を張り上げた。


「自分が大将になったからには、どんな敵が相手でも絶対に勝つッス!!」


 い、いやあのね。パッパラ君。うちの国は小さくてね?東と西の大国に挾まれているのよ?知ってる?知ってた?割と有名な話よ?


「大丈夫ッス!!サラントだろうとセンブルクだろうと蹴散らしてやるッス!!」


 だ、たからね?パッパラ。国力が違うのよ

。サラントとセンブルクはうちの何倍もの兵力があるの。


「問題ないッス!要は気合ッス!ノリでガンガンやっちまえば、結果オーライで勝てるッス!!」


 パッパラは満面の笑顔で唾を飛ばしながら叫んだ。


 ······決定。コイツ馬鹿決定。コイツ、ただの猪野郎だ。頭空っぽの猪馬鹿だ。私が呆然とパッパラを見ている時、メフィスは欠伸をしていた。


 

 

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