第16話 勇者、おまえもか──


 明日から使える異世界で役立つ英会話




 はい、突然ですがここでクエスチョンです。そもそも勇者って何?


 勇者の元祖かどうかはわかりませんが、古くは紀元前五百年頃の思想本『論語』の中に勇者という単語を使った教えがあったようです。『知者不惑、仁者不憂、勇者不懼』という教えがそれです。日本では「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず」って感じでことわざ化して現代にも語り継がれています。


 『ロンゴ☆』はコーシの教えをコーシの弟子たちが書にまとめたもので、江戸時代には幕府から奨励されたベストセラー本であり、日本人の道徳規範や倫理観の礎とするべく広く学ばれたマナー本みたいなもの、と言ったらわかりやすいですかね。「子曰く──(先生が仰るには──)」で始まる特徴的な文体は学生時代に一度は目にしたことがあるはずです。


 ちょっと余談ですが。『論語』の「子曰く──」でおなじみの孔子先生ですが、これがまた謎めいた人物なのです。孔子は紀元前552年に 叔梁紇(しゅくりょうこつ) という人物が当時16歳の巫女に産ませた私生児という設定です。母親が16歳の巫女って、なんて萌えポイントでしょうか。身長は216センチメートルあり、紀元前五百年代の人間としては73歳という驚異の長生きっぷり。その風貌は色黒で、はるか遠くを見つめるまなざしをしていたと言われています。なに、この異世界感は。孔子こそ異世界転生の勇者感がありますね。


 さて、その『論語』からもわかるように勇者とは「おろおろと懼れることのない勇気ある者」のことです。知者、仁者、そして勇者。優れた人物像のスリートップに数えられます。では、勇者を英語で言うと? 今回の異世界英会話は勇者についてです。




・勇者、おまえもか──




 Lesson 1




「Hi , I am the Brave. So that is it , And you are a new Ma-Oh ?」

「Hi , I am an another world hero too , to be sure.」

「How are you. What do you want at this store ? And , Do you have anything last words ?」

「I want to live a stable life like a civil servant.」

「Hero , You──」


「よう、俺は勇者様だ。なるほど、あんたが新しい魔王だな?」

「私も勇者ですよ。一応」

「そうか。で、この店で欲しい物は? それと何か言い残すことはあるか?」

「公務員のような安定した生活を送りたいと思っていますよ」

「勇者、おまえもか──」




 あなたは支配下にある旧世代魔王を引き連れて、貴重な塩の買い占めにアイテム屋さんを訪れています。そこで偶然にも、スライム退治用塩不足を調査していた勇者様御一行と鉢合わせしました。勇者はあなたに剣を突きつけます。文字通り一触即発、緊張のシーンです。


 勇者とは勇気ある者。あえて素直に英訳すれば a brave man と表現できます。さらに brave という形容詞に定冠詞である the を冠して名詞化してやればそれ単体で「勇敢なる者、素晴らしい人」という意味も持ちます。会話文では単語ひとつで言い表せる the brave を使った方が勇者感を演出できます。


 another world hero も「異世界の勇者」と訳せますが、その意味としては「英雄」や「主人公」と言う the brave とは少し違った勇者感を含みます。なぜ自称勇者は the brave と名乗ったのか。次のシーンで判明するでしょう。いくら買い占めする転売厨にまで堕ちたとしてもあなたは異世界転生した英雄なのです。堂々、ヒーローと名乗りを上げても誰も文句は言いません。そもそも言わせませんってね。


 あいさつにおける How are you はもう好きなように訳しても大丈夫でしょう。ラッパーが Yo と歌ってるようなものです。意味は形骸化しちゃってます。儲かりまっか? How are you ? ぼちぼちでんな。Not so bad.




 Lesson 2




「Kneel!Beg for life! Get back the salt from the fuc ピー astard!」

「Ma-Oh. You──」


「跪け! 命乞いをしろ! 忌々しいク ピー 郎から塩を取り戻せ!」

「魔王、おまえもか──」




 日本語と英語では声に出して読むと特徴的な違いがあります。それは一つの音に割り当てられる文字数です。ロックンロールなどで特にわかりやすいのですが、英語の歌詞は一つの音にワンワードを割り振れます。それに対して日本語は一つの音に一つの文字を置きに行く傾向にあります。それゆえに英語の歌詞はリズムが途切れることなくワードを紡ぐことができます。日本語の歌詞では音に対して非常に早口になるか、或いは間延びしてしまうか、音とのバランスが乱れがちです。


 ですが、今回のセリフに関しては日本語訳の勝利ですね。「跪け!(ワンワード) 命乞いを・しろ!(ツーワード) 小僧から・石を・取り戻せ!(スリーワード)」文字数が多い割りにすごいリズム感のある台詞です。もうあえて英訳する必要もないくらいに美しい至高の悪役台詞です。こんな台詞、週に一度は吐き捨ててみたいものです。


 ラピュタの台詞回しはもうほんと勉強になります。ラピュタの名台詞をもう一つ。

「シャルルよ、もっと低く飛びな」

「Charles , Fly lower.」

 ほら。日本語の方がぐっと来るでしょ。ドーラおば様の性格を見事に表した短い名台詞です。


 話が脱線しましたね。悪役はこうじゃなくっちゃ、って台詞です。実は勇者も魔王も異世界転生者でした。しかも勇者と魔王は裏で繋がっていて、とある目的のためにこの世界中の塩を買い占めている最中でした。そんな折にふらっとあなたが現れて塩の買い占めを邪魔し始める。これはもう、排除するしかありませんね。悪役は悪役らしく、美しい台詞回しを期待されます。


 「おまえもか──」「You──」という表現の「モカ」の部分は前後の文から流れを継いだ意訳部分です。「ブルータス、おまえ──」が本来の訳になるんでしょうが、「おまえもか」の方がぐっと来るでしょ? 世の中、ぐっと来たもん勝ちなんです。英語はワンワードにリズム良く音を乗せます。意味もそれに応じて乗ってきます。細かいことは気にせずに省略意訳していきましょう。意味は通じますって。

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