第41話
「あぁ、ユウマさんにリリアーナさん。よくぞいらしてくれました。もう、妹は長くないようです……どうか、最後に一目会ってやって下さい」
やや駆け足で家に入ってきたユウマとリリアーナを見たボブスは巨体を震わせ、涙を浮かべながら、なんとか妹のためにできることをしてあげたいと考えていた。
「まだ大丈夫だ。部屋に入るぞ」
真剣な表情のユウマはボブスの返事を待たずにミズの部屋へと飛び込んでいく。
「はあはあ……」
ベッドに寝ているミズは苦しげな表情で額に汗を浮かべて苦しそうな呼吸をしている。
「いけるか? ……おい、ミズ。今からお前を治すための薬を飲ませる。苦いかもしれないが、我慢して飲んでくれ。いいか?」
ベッドわきにしゃがみ込んだユウマは鼓舞するようにミズに声をかけ、確認をとる。
ここで反応を返せないようでは、薬を飲み込むのも難しい――それを確認するための声かけだった。
「……うぅ」
目を開くのは難しいようだが、ミズはそれに対してうめき声のような返事ながら、ゆっくりと頷いてみせる。
「よし、頑張ってくれ」
ユウマは瓶の蓋をあけると、ミズの口元へと持っていく。
一筋、口の端から漏れてしまうが、ミズはそれでもがんばってそのほとんどを飲み切っていく。
「飲めたな」
「飲めましたね」
「の、飲みましたが、今のは……?」
ユウマとリリアーナはボブスの疑問に答えることなく、ミズの様子をうかがっている。
薬が行きわたったのか、徐々に呼吸が落ち着いていき、顔色もよくなっていく。
そして、瞼を震わせたミズはゆっくりとだがパチリと目を開いた。
「あれ?」
そして、ガバっと身体を起こすと首を傾げた。
それまで寝ていたものとは思えないほどしっかりとした動きだった。
「ミ、ミズ! きゅ、急に起きたら身体に悪いぞ!」
ボブスが慌てて止めようとするが、ミズは何かを確認しているかのように、自分の身体をキョロキョロと見ている。
「お兄ちゃん……苦しくない……苦しくないよ!」
感激したように声を出すミズは今まで自分の身体を蝕んでいた苦しみが消えたことに驚き、喜び、そして涙している。
「ミズ、ミズ!!」
それは兄のボブスも同様であり、涙を流しながら彼女のことを抱きしめている。
「ふう、なかなかに遠回りだったけどなんとかなってよかったよ」
「ですね、ふふっ、二人とも嬉しそうでよかったです」
ユウマとリリアーナは安堵の思いと共に、二人のことを見守っていた。
「す、すみません」
「ご、ごめんなさい」
十分後、ボブスとミズは二人そろって頭を下げて謝罪をする。
「恩人のお二人を置いてけぼりにしたまま、二人で泣いてしまって……すみませんでした!」
ボブスは本当に申し訳なさそうな表情で再度頭を下げる。
「あぁ、いやいいんだ。気にしないでくれ。病気……というか呪いが消えて元気になって嬉しい気持ちは当たり前だからな」
「そうですそうです! ミズさん、元気になってよかったですね」
ユウマもリリアーナも、全く気にしておらず無事に呪いを解くことができ、ほっと安心していた。
「そうはおっしゃいますが、何かお礼をしなければ! 妹の命の恩人ですから!」
「なんでもします! 言って下さい!」
そう言って兄妹そろってがばっと頭を下げる。
ボブスだけでなく、ミズも二人に自分の全てをかけて礼をしなければいけないと強く思っていた。
「いや、まあ結果として色々な人が助かったわけだし、礼は街からもらうことにするよ。二人にはそうだなあ……もし、今後俺たちが困ることがあったら助けてほしい。戦う力は確かに持っているが、武力だけではどうにもできないことはあるからな」
ユウマは以前の街でも、兵士に追われた経験があり、その時にも街の人々に助けてもらっていた。
ただ戦うだけでは乗り切れなかったとユウマは考えている。
「わかりました! きっと……いえ、必ず!」
「私も絶対です!」
力強い二人のその言葉を聞けただけでユウマたちは満足だった。
「それじゃ、色々聞きたい人もいるだろうから冒険者ギルドに行ってくるよ。またな」
「それでは失礼します」
「あ、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
別れを告げるユウマたちに対して、兄妹は姿が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「上にいらして下さい!」
冒険者ギルドに到着するなり、ユウマとリリアーナはギルドマスタールームへと案内される。
既に、二人が事件を解決したことは噂として広まっているようで、遠巻きにヒソヒソと話している冒険者の姿がチラホラ見受けられた。
部屋に入ると、マリアスとタイグルが待っていた。
「詳しい話はタイグルさんと、彼らへの尋問で把握しています。そのうえで質問します……」
マリアスはユウマたちが立ったままであるにも関わらず、質問から入る。
「あなた方は何者ですか?」
これは出会った時からマリアスが疑問に思っていたことであり、改めてこの質問をぶつける。
「いや、説明しただろ? 俺の魔法のことも、リリアーナが殴り特化型エルフだってことも。なあ?」
ユウマはリリアーナに同意を求め、彼女もそのとおりであると頷いている。
「そ、そうなのですが、すみません。どうしても聞きたくなってしまって……それほどにお二人はとんでもない結果を出しているのです。まだこの街に来て間もないというのに」
「ほっほっほ、二人がすごいことはわしが負けた時点でわかっておるじゃろ。とにかく二人のおかげで街の被害は最小限に抑えられた。感謝する」
「わ、私からもありがとうございました! お二人が申し出てくれなければ、この件は放置されて、被害が広がっていたはずです……」
タイグルの礼にマリアスが続く。
彼女は、今回の件で自分が動けなかったことを後悔していた。あのまま、ずっと放置されていれば何人の犠牲者が出ていたか計り知れなかった。
「まあ、ぽっと出の俺たちの意見を全て鵜呑みにするようじゃギルドマスターとしても困るだろ。ギルドマスターとして、街の長としての判断は間違ってなかったんじゃないか?」
ユウマは信頼のおけない自分たちを信じなかったことを評価していた。
「あ、ありがどうございまず」
大きなミスをしてしまったと悔やんでいたマリアスに対して、ユウマは責めることなく優しい言葉をかけた。それはマリアスの琴線に触れて、涙腺を決壊させる結果となってしまった。
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