第二巻
001 文系男子の回答
――友人と恋人の違いは何か?
「距離感、じゃないか?」
そう聞かれた時、
中性的だが多少は整っている顔つきをした男子高校生は、アップルフォンが受信したメッセージの内容を確認し、手早く返信を送っている。部活動の出席確認だったらしく、操作を終えるとそのまま座卓の上に置いた。
「人によっては近づいて欲しい時もあれば、逆に離れて欲しい時もあるだろ? その時の気分にもよるだろうが、基本的にいて欲しい距離の近い相手が、家族や恋人ってやつじゃないのか?」
「……そうは言うけど、離れていても家族だって言えることもあるじゃない。私と親父とか」
「それを言うなら、俺の家族だって全員好き勝手に生きているぞ。ああ……言い方が悪かったな」
そう言って蒼葉は隣にいる
長髪でツリ目気味だが、美形な女子高校生はコップに入れたジュースを口に流し込みながら、前方のテレビをじっと見つめている。その間も、蒼葉との会話が途切れることはなかった。
「つまり『物理的な』距離じゃないんだよ。『心情的な』距離、って言い方で分かるか?」
「……私があんたを好きだと言っていても、人の
「そうなんだけどな……いいかげん、俺を振った話するのはやめないか?」
一学期のある日から夏休みに入る前まで、二人は『友達以上恋人未満』の関係だった。
日直の担当が
いや、
その過程で稲穂が抱える最大の
結果、親同士が偶然にも知り合いであるとはいえ、友人にして同じマンションの隣人という、奇妙な関係をいまだに続けている。間違っても男女の仲ではないだろうが、少なくとも稲穂にとって、父親にして義兄である金子
「まあ、要するにだ。自分がどれだけ『許せる』相手か、その範囲の違いが、友人だの恋人だのを区別する境界線なんだろうな……」
「……そうなると、これは『どういう関係』だって言えるの?」
隣同士で暮らすようになってから、蒼葉は稲穂を夕食に招待することがある。一人暮らしでまともな食事を
だから今日も一緒に夕食を食べ、部屋にあったDVDを一緒に
『こ、これでよろしいでしょう、か……ごしゅじんさまぁ…………』
『そう、それでいい。はっはっは!』
「……やっぱムカつくわね。この男優」
「シリーズずっと出ずっぱりらしいぞ。この男優……」
……見ているのは『異世界の住人を
「……というかなんで、俺達AV見てんの?」
「たまたまあったからでしょ。たまには映画でも借りてきたら?」
「無茶言うなよ。一番近いレンタル屋でも二駅先じゃねえか」
「毎回思うけど……どこで買ってきているの、これ?」
「中古品の通販サイト。年齢制限の管理がザルなんだわ」
DVDを片付けている蒼葉の背後では、稲穂が二人分のグラスを流し台に運び、そのまま洗い出した。
一応食事代は渡されているが、それでも手間をかけているのは蒼葉だからと、いつの間にか稲穂からかってでてくれたのだ。漢字は『買って出る』で問題ないらしいですが、意味が買い物になってしまいそうなので、ここはひらがなで記載しています。
「しかし考えてみると……『貧乏』『AV』『
「
グラスを片付け終えた稲穂が部屋を見渡すと、大量の書物やDVDメディアが視界に入り込んできた。前回の夕食は数日前にもかかわらず、その間に量が増えていると思うのは気のせいではないだろう。
「こんなのばっかり買っているから、貧乏なんじゃ……ちょっと待って」
ふと、稲穂の脳裏に蒼葉への疑問が生まれる。
「あんた、仕送り生活の割には贅沢してない?」
それは当然の疑問だった。
いくら仕送りがあるのかは知らないが、自分で購入した割には量が多い。しかも自炊とはいえ、常にまとまった金銭で購入している節がある。食器洗いと一緒に買い出しも手伝っている稲穂だが、特売品を購入している以外の節約手段を蒼葉がとっているのを見たことがない。
だから疑問に思ったのだが、蒼葉は稲穂を見てから、部屋の
「言ってなかったっけ? これ、ほとんどおふくろ用」
そこには、少し厚手の段ボールの束がいくつも鎮座していた。大きさはまちまちだが、大抵はハードカバーの書物が数冊、余裕で入る程度のものが多い。
「海外生活しているから、日本のものを代わりに買って送っているんだよ。通販で海外発送を受け付けてないものとかな。それで読み終わったり観終わったりして送り返されてきたやつを、俺と親父で分担して保管しているんだよ」
「にしたって……多すぎない?」
「これでも減らしている方だよ。
比較的大きめの箱を組み立てると、蒼葉はマジックペン片手に、箱の側面になにやら書き込んでいく。
「もうすぐ夏休みも終わるしな。
「バイト代出すなら手伝うわよ?」
「そこまでもうけにならないからいいわ」
『処分品』と書かれた箱に
「古本屋に持っていくんじゃあ、大抵買いたたかれるからな。フリマアプリ使って直接売るって手もあるけど、金子の言葉を借りるなら『
「あらそう……今日、買い物に行ったらこんなものをもらったんだけど?」
「何?」
洗い物を終えた稲穂が蒼葉に差し出したのは、一枚のチラシだった。
内容は数駅先の場所にある公園で、フリーマーケットが行われるというものだ。日程は夏休み最後の土日で、空きがあれば当日参加も可能らしい。
「自分で売れ、ってことか……ん? 数駅先?」
この辺りではまず配られないだろうチラシの出所が気になり、蒼葉は稲穂を見つめた。
「……お前、そういえば昼間買い物に行ってきたって、言ってたよな? もしかして、数駅先のショッピングモール?」
「そう。クラちゃんや指原と一緒に行ってきたわ」
「お前らいつのまに仲良くなっているんだよ。というか紹介した俺も誘えよ」
「……ハッ」
蒼葉は稲穂に鼻で笑われた。
「女物の服(下着含む)買いに行くのに男呼ぶ必要はないでしょうが。考えるだけ『
「新パターンで返すなよっ!」
鼻で笑われたことよりも気になるのか、蒼葉は思わずそうツッコんでいた。
この物語は、演劇部所属の脚本家兼端役男優こと文系男子黒桐蒼葉と、投資ファンドを立ち上げを目指して勉強中の理系女子金子稲穂が繰り広げる、正直くっつくかどうかわからない距離感をさまよいつつも、誰かしらの
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