014 文系男子と理系女子の日常(夜)

・PM6:30

 身体を打ったので少し休んでから、蒼葉は稲穂と共に帰路についていた。

「だから、調子かずに少しずつ練習してれば、俺よりもうまくできるんだってば」

「うるさいわね、できるならさっさと上目指してもいいでしょう。『You can't buy a second with money.』よ」

「……金子って、努力とか否定するタイプ?」

 たまにいるのだ。

 物分かりの良すぎる天才タイプとか、努力を努力とも思わない秀才タイプとか。稲穂もおそらくはそのどちらかだろう、と蒼葉は内心で結論付けた。

「まあ何でもいいけど……晩飯どうすっかな?」

「決めてないの?」

主菜メインは決めているんだが……コンビニ寄って行くけど、付き合うか?」

 無言でうなずき、ついてくる稲穂とマンション近くのコンビニに入る蒼葉。

「らっさーせー」

 やる気のない店員の挨拶を聞き流し、蒼葉が買い物かごを持って向かったのは惣菜売り場。

主菜メインは決めているんじゃないの?」

副菜サラダの買い置きがなくてな。一人暮らしだと野菜を買いそろえてもくさらせるのがオチだから、一人分の惣菜買った方が安いし色々食べられるんだよ」

 普段はスーパーの安売りを購入する蒼葉だが、買い置きがない時はコンビニで済ませているのだ。そして手に取ったのは、サラダチキンとグリーンサラダ。どちらも期限切れの前なのか、値引きのシールが張られていた。

「ちなみに主菜メインは?」

「カレー」

 かごに入れてレジに運ぼうとすると、ふと蒼葉の脳裏にとある疑問が浮かんだ。

「そういや、金子は晩飯どうするんだ?」

「弁当」

 そして取り上げられるチキン南蛮弁当。

「料理しないのかよ?」

「『You can't buy a second with money.』」

 気持ちいいくらいの即答だが、あまりの返答の早さに、蒼葉も続けて問いかけた。

「……聞き直そう。お前料理できるの?」

 稲穂はそっぽを向いた。それだけでも、回答としては十分すぎた。

「……家庭科の成績は悪くないわよ」

「逆を言えば、家庭科以上のことはできないんだろ?」

 要するに、最低限のことしかできないのだろう。そもそも、料理自体を『You can't buy a second with money.』と言っている以上、自分で作る発想もなく、上達する努力もしていないのだろう。

 とはいえ、一人暮らしならば料理をしない方が、かえって節約になるかもしれないのが現代社会だ。蒼葉が追及することではないだろう。

 ……ある一点を除いては。

「……栄養かたよるぞ、お前」

「うるさいわね……ちゃんと栄養バランスは考えているわ。その証拠に毎日プロテイン飲んでいるし」

「だから膝枕硬いんだよっ!」

 蒼葉自身も一人暮らしをしている以上、料理を軽視する気持ちも分からなくはない。しかし栄養だけでなく、好きな物を色々作れる面白さや好みの味付けも自由自在、おまけにうまく材料をそろえれば節約にもなるからと、料理をするひん度はかなり高かった。

「しょうがない……金子」

「何よ?」

 若干不貞ふてくされている稲穂から弁当を取り上げて棚に戻すと、代わりにサラダチキンとグリーンサラダをもうワンセット、かごの中に放り込んでいた。

「カレー食わせてやるから、今日はうちに来い」

 作り置きを含めれば、一人分増えることくらいなんともなかった。

「……少しはまともな食事をれ」




・PM7:30

「ごちそうさま。……まあまあね」

「食わせてもらっておいてお前……」

「無理矢理誘ったのはあんたでしょうが」

 あの後、コンビニで商品を購入した蒼葉は、稲穂を連れ立って帰宅したのであった。

 そして二人分のカレーを用意し、折り畳み式の座卓を挟んで二人仲良く(?)食事を終えてくつろいでいた。

「しかし……随分ずいぶんらかっているわね。物が多すぎるんじゃない?」

「ほっとけ。資料としては必要な物ばかりなんだよ」

 蒼葉の部屋は、大量の書物やDVDメディアで占められていた。

 自らが演劇部で脚本家を担っているとはいえ、大抵のことはインターネット環境があれば調べられる昨今において、その量は異常かもしれない。おまけに、稲穂が目聡めざとく見つけたのは、明らかに脚本とは関係のない代物だった。

「……『異世界の住人を拉致らちってAV撮ってみた 1.イェッキン王国第一王女メアリー』?」

「やめてそれは紳士のたしなみだからーっ!」

 稲穂の手が届く前に身をていして視界をはばむ蒼葉。慌てて背を向けると、くだんのDVDケースを急いでふところへと仕舞しまんでいた。

「いや、別にいいんだけど……ちょっと見せてくれない? タイトル的に微妙に気になるんだけど」

「……言っておくが、女優とコスプレが妙にリアルなだけで、普通のAVと大差ないぞ?」

 とはいえ、せっかくだからと再生してみることに。

『お父様ぁ! おかあさまぁ……!』

『げっへっへ……ここは異世界だ。誰も助けてくれないぜぇ~』

「……本当にただのAVね。男優が微妙にムカつくけど」

「ああ、俺も思った。この男優、処女だとさらにきついんじゃないたいっ!?」

 ベッドの向かいにある壁に設置されたテレビで見ていたのだが、ソファーベッドを背もたれにして腰掛けていた蒼葉の不用意な一言が、ソファーベッドの上に座り込んでいる稲穂の足を伸ばす結果となった。

 具体的には稲穂が蒼葉の脳天を軽く蹴り飛ばしていた。

「……誰が処女だって?」

「いや、お前、下着パンツとか見られて即座に攻撃するって、男慣れしていない証拠だろ? 男慣れしている処女はいたとしても、男慣れしていない非処女なんて経験浅いか強姦レイプ被害者くらいだろうが。そしてたしか、彼氏がいたことがない上に、野郎相手に平気で手を出すお前がおとなしく強姦レイプされた、なんてことは微塵みじんも考えられない」

「合ってるだけに腹立つな……とりあえず黙れ」

 もう一発軽めの蹴りを入れてから、乱れたスカートを直す稲穂。立ち上がった蒼葉はテレビから流れる牢獄のシーンで一時停止をかけてから、座卓を挟んで向かいの位置に再び腰掛けた。

「別にいいだろ。大抵の男は処女好きだから、無理して経験するよりもモテるぞ?」

「余計なお世話だ」

「というか、男の未経験の方が格好付かないって。俺くらいの年齢ならまだしも、三十だったら賢者、四十でも童貞だったら大賢者になっちまうよ」




「じゃあ親父はだいけ――」




 ……一瞬、静寂せいじゃくおとずれた。

「……忘れろ」

「あ、うん。聞かなかったことにしとくわ。……当人の尊厳そんげんのためにも」

 室内とはいえ、遠くを見つめる二人。

 やがて頭も冷え、どうにか話の続きを再開することに。

「それより……なんとなく似ていないな、とは思っていたけど、やっぱり養子かなにか?」

「そういうこと。言いふらさないでよ?」

「俺の家のこと黙ってくれているのに?」

 これでようやく、互いの秘密の度合いが釣り合ったのかもしれない。

 しかし、それぞれが同じように考えているとは限らない。だからどこまで聞き、どこまで話せばいいのかが分からずにいる。

 再び黙り込んでしまうとさっし、蒼葉は自らの疑問を口にすることに。

「というか……それほど珍しくないだろ、養子なんて。一々隠すような事情でもあるのか?」

「ああ、いや……周囲の目がうっとうしくなる理由がある、から…………」

 づらく感じたのか、稲穂はカーテンとガラス戸を開け、安物のサンダルをつまさきけてベランダに出て行った。鳥けのネット越しの夜空をながめる彼女の背中を、蒼葉は近くに腰掛け直してから見つめていた。

「……あんたはさ、家族に愛されている?」

「一応、そうだと思う。俺含めて全員自由人みたいなところがあるから、平気な顔してバラバラに暮らしているけどな」

「そう……なら、まだマシな方ね」

「……金子は違うのか?」

「…………じゃなきゃ、」

 金子は背を向けたまま、静かにつぶやいた。





「じゃなきゃ…………親父に拾われたり・・・・・は、しないわよ」




 静かに語る稲穂を見て、蒼葉は天井をあおいだ。

(思いっきり地雷じゃねえか……)

 自らの心を少しでも落ち着かせてから、蒼葉は立ち上がって台所へと向かった。

「……コーヒーれるけど、飲むか?」

 もしかしたら、心の内で泣いているかも知れない『友達以上恋人未満』の彼女のために。

「お願い……」

 別に話すことは期待していない。話せば楽になる人間もいれば、逆に苦しくなる者もいる。その判断は稲穂に任せておけばいい。蒼葉はただ、それを受け止めればいいと考えていた。

(こういう時くらいは、な)

 やかんに水を入れて火に掛けると、インスタントよりはいいだろうと、蒼葉は収納から簡易ドリップコーヒーのパックを二つ取り出した。

 そして、蒼葉が台所にいる間、稲穂は夜空をながめ続けていた。鳥けのネット越しにも関わらず。いや、気にもせずに。

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