第66話「ひとりではない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
孤軍奮闘。
それが戦場を渡り歩く刀兵衛の人生であった。
常に死線を潜り抜けて、明日をも知れぬ戦いの中に身を置いてきた。
強さだけを求めて、身を削って生きてきた。
だが、強さだけを求め続けた、その最果てに待っているものは――絶対的な孤独であり化物へと至る道であった。
目の前で黒き十指の刃を振るっているのは――あるいは、ひとつの終着点であろうか。
強さだけを求め続けてきた者に待っているものは、こんなにも醜悪なものであろうか。
「…………」
自分の名を呼ぶみんなの声援の中、刀兵衛は静かに――ただ、ひたすらに心を研ぎ澄ませていく。
明鏡止水。
この境地に至るとき、いつも心は荒涼として冷え冷えとしていた。
しかし、今は――。
みんなの声が全身に伝わってきて、ほのかに心が温かい。
闘っているのは自分ひとりだが――ひとりではない。
そんな不思議な感覚の中、これまで鍛え抜いてきた剣技を発揮する。
疾風の如く。
黒き刃を潜り抜け、すれ違いざまに斬撃を叩きこむ。
それでも、敵の鎧のように堅き肉体は傷つけられぬ。
ならば――。
何度でも、斬る、斬る、斬る!
傷がつかぬなら、傷がつくまで斬り続ける!
刀兵衛は、何度も何度も何度も何度も相手の攻撃を擦り抜けては、擦れ違いざまに斬撃を叩きこみ続けた。
すさまじい斬撃によって、わずかに敵の装甲のような肉体に傷がついた。
その間、黒き刃は刀兵衛の袖や肉体の端々を傷つけて、さらに血飛沫が舞った。
それでも――。
(……斃れられぬ……)
自分が斃されたときは、即ち、ここにいる全員の死へと繋がる。
だからこそ――刀兵衛の剣技は、冴え渡る。
戦場を渡り歩いて鍛錬を繰り返してきたのは、この時のためであると確信できた。
「ぐぎゃごおおおおおおおおおお!」
目の前の化物はこの世のありとあらゆる負の感情を集めたような咆哮を上げて、黒き刃を嵐のように振り下ろし、振り下ろし、振り回す。
(闘いとは――)
――最後まで冷静だった者が勝つ。
刀兵衛は己の肉体を黒き刃の暴風雨真っただ中に飛びこませ――己の全身を斬り刻まれながらも――渾身の一撃を叩きこんだ。
過(あやま)たず――最後の斬撃も、これまで一点集中していた心臓部に叩きつけられた。
諸行無常。
どんなに強き者も、滅びからは逃れられぬ。
かすかについていた傷が刀兵衛の渾身の一撃によって一挙に拡がり、敵の肉と骨と心臓を断ち斬った。
擦れ違いざまに感じたのは――強さを求め、強さに溺れ、強さゆえに破滅への道を歩んだ梟雄への哀惜であった。
戦いとは、常に一瞬。
どんなに強き者も、次の瞬間には骸になっている。
それが、戦場の理(ことわり)であった――。
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