第十五章「邪神城探検隊」

   

 杉原すぎはら好恵よしえの提案に従って、隠し通路の探索が始まった。

 警察の面々だけではない。提案者である杉原好恵や、彼女の恋人である阪木さかき正一しょういち、それに俺と珠美たまみさんの二人も、探検隊に加わった。

 蛇心へびごころ家の者たちは「隠し通路なんてあるはずない!」と言い出すかと思いきや、蛇神様じゃしんさまである蛇心雄太郎ゆうたろうが、一族を代表する形で参加。他にも使用人から大神おおがみ健助けんすけが駆り出され、かなりの探索チームとなっていた。

 これだけの人数で207号室に集合したわけだが……。昼食の用意が整うまでの間、徹底的に探してみても、結局、秘密の抜け穴なんて発見されずに終わった。

「残念だったわね」

 珠美さんが、杉原好恵に慰めの声をかける。

 あれだけ意気揚々と『隠し通路説』を提唱していただけに、さぞや杉原好恵は落ち込んでいることだろう。

 珠美さんはそう感じたのだろうし、俺も同じだった。だが彼女の顔を見ると、それほど気落ちした様子ではない。

「いや、残念というよりも……」

 杉原好恵は、何やらモゴモゴと口にしながら、不思議そうに首を傾げている。

 一方、恋人であるはずの阪木正一は、彼女を気遣うような言葉は一切口にしなかった。また、そうした素振りも見せなかった。ただ、安堵の色が顔に浮かんでいるだけだ。

 確かに『赤羽あかばね夕子ゆうこ犯人説』を唱える彼にしてみれば、普通の人間でも犯行可能となっては面白くない。自説に不利な証拠が見つからなかったので、喜んでいるのだろう。だが、そればかりに心をとらわれるのではなく、恋人に対して優しい言葉の一つでもかけてやるべきではないだろうか。

 彼を見ていると、そう俺は思ってしまうのだった。


 昼食後、部屋へ戻ろうとした俺と珠美さんのところへ、杉原好恵が阪木正一を連れて駆け寄ってくる。

 食事の前とは逆に、阪木正一は不満そうな顔をしており、対照的に、杉原好恵は目を輝かせていた。どうやら彼女は、また何か『赤羽夕子犯人説』を打ち破るような新説を思いついたらしい。

「あの部屋で探しても見つからなかったけど、それなら、反対側の出口から探すのはどうかしら?」

 驚いたことに、彼女は新しい推理を持ち出すのではなく、まだ『隠し通路説』にこだわっていた。

「反対側の出口?」

「そうよ。隠し通路を使って207号室へ出入りしたのだとしたら、207号室以外にも出口がないとおかしいでしょう?」

 杉原好恵は、聞き返した珠美さんに説明する。

「207号室側は、私たちが総出で探しても見つからないくらい、巧妙に隠されているわけよね。だから反対側の出口を探し出して、そこから入っていって、あの部屋へ通じることを確かめればいいのよ」

「でも、もしも本当にあるのだとしても……。いったい何処を探します? 具体的に『反対側の出口』がありそうな場所、好恵さんには心当たりがあるのかしら?」

 杉原好恵との会話は、すっかり珠美さんに任せていたが……。この疑問は、俺も尋ねてみたい点だった。


 そもそも彼女の言うような隠し通路があるとしても、それが犯人の部屋に通じているのであれば、その部屋を捜索させてはもらえないはず。自分の部屋から隠し通路へ入れると知られるのは、それ即ち「私には犯行が可能でした」と告白するようなものだ。そんな事態は、犯人だって避けたいだろう。

 いや、これは犯人だけの話ではない。たとえ無実の者だって、その人の部屋と犯行現場が隠し通路で繋がっていると判明したら、それだけで犯人扱いされてしまうかもしれない。だから犯人であろうとなかろうと、自分の部屋で隠し通路の捜索なんて、して欲しくないはずだ。

 そう考えると、調べることが出来るのは、誰でも行けるような場所のみ。そんなところで、秘密の抜け穴が見つかるとは思えないのだが……。

「考えてみてよ、珠美さん。今現在この『邪神城』の住人が使っている部屋は、とてもじゃないけど、調べさせてもらえないと思うわ。でも、誰でも入れそうな部屋の中に一つ、怪しい部屋があるでしょう?」

「怪しい部屋……?」

 聞き返す珠美さんに対して、杉原好恵は、悪戯っぽい目を向ける。続いて俺や阪木正一の顔も見回してから、彼女は堂々と宣言するのだった。

「404号室。四階にある、赤羽夕子の部屋よ」


 404号室で赤羽夕子の姿が目撃される以上、その部屋を使っている者がいないことくらい、俺にも推測できていた。誰かの部屋に彼女が現れたら、今以上の大問題になるはず、と考えていたのだ。

 だが、そこが『誰でも入れそうな部屋』になっているとは、思ってもみなかった。

「あの部屋……。鍵が掛かっていて入れないのでは……?」

「あら、日尾木ひびきさんは知らなかったのね。あそこ、ずっと開けっ放しになってるんですって」

 昔は、赤羽夕子の姿が目撃される度に部屋を調べに行く、という習慣もあったらしい。そして頻繁に行くのであれば、いちいち施錠するのは面倒。そんな理由から、鍵なんて掛けなくなったそうだ。

 その後、もう捜索しに行く者などいなくなっても、ドアは開いたままだった。放置されたというよりも、蛇心美枝みえが「鍵なんて無駄だ」と言い出したからだという。

 赤羽夕子は人間ではなく、妖魔や邪神のたぐい。閉ざされた扉であっても通り抜けることが出来るから、鍵の意味はない……。それが彼女の主張だったようだ。

「なるほど……」

 蛇心美枝ならば、それくらいのことは言いそうだ、と俺は納得する。

 二日目の夕食の席における、蛇心美枝の態度が頭に浮かんだのだ。いつも通りの魔女を思わせる風貌で、俺たちの赤羽夕子目撃談を聞いて、妖魔の容姿を確認。「だから大広間の肖像画は必要なのじゃ」と、独特の主張をしていた老婆……。


 軽く頭を振って、脳内から蛇心美枝の姿を消し去って。

 あらためて杉原好恵に意識を向けて、彼女の話に耳を傾ける。

 以上のような情報を、杉原好恵は、いつのまにか蛇心家の人々から聞き出していたらしい。

「そういうことでしたら……」

 と、呟く珠美さん。俺は彼女と顔を見合わせた。

 今の話を聞いてしまえば、俺たち二人も杉原好恵と同じく、四階の部屋が怪しいと思えてくる。

 最近目撃されている赤羽夕子は、妖魔や亡霊などではなく、実は犯人の変装なのかもしれない。赤いチャイナドレスは、404号室にある秘密の抜け穴に隠してあって、それを犯人が着て化けて出たのかもしれない。さらに隠し通路は207号室にも通じており、そこから犯人は蛇心江美子を殺しにったのかもしれない……。

 頭の中で、そんな想像をしながら。

 俺は他の三人と共に、問題の404号室へと向かうのだった。

   

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