第八章「伝説の神社へ」
翌朝。
朝食のために階下へ降りると、食堂とは違う方向から声が飛んでくる。
「おはようございます、
朝から爽やかな笑顔を浮かべており、
「ああ、おはようございます」
俺と
「お二人さん、今日は、どういう予定?」
今度は杉原好恵が尋ねてきた。いつものように親しげな態度で。
俺は一瞬、珠美さんと顔を見合わせる。
この『邪神城』にしばらく泊まることだけは、昨晩のうちに決定済み。でも、そこまでだった。日々の行動について、特に具体的なプランは立てていなかったのだ。
その旨を珠美さんが告げると、杉原好恵が、弾んだ声で提案する。
「あら、それなら……。正一と私は、今日は
「お二人は昨日、白蛇神社へ行こうとして、行きそびれていたのですよね?」
俺たちがワゴン車に乗り込んだ際の事情説明を、阪木正一は、しっかりと覚えていたらしい。杉原好恵の申し出をサポートするつもりで、その点、強調してきた。
「そうねえ……。
と、珠美さんも乗り気なようだ。俺としても別に反対する理由はないので、頷いてみせると……。
ちょうどその時。
「ああ、皆様! ここにおられたのですか!」
「申し訳ないのですが……」
朝食の準備に、もう少し時間がかかるという。それを告げるために、彼は俺たちを探していたようだ。
それならば。
待ち時間を有効に使おうと思い、俺は尋ねてみる。
「今ちょうど話していたのですが……。白蛇神社へ行くには、歩きではなく車ですかねえ?」
「いえいえ、歩いても行かれますよ。ああ、地図で説明しないと、わかりにくいでしょうね。ここで少しお待ちください」
いったん彼はいなくなり、すぐに地図持参で戻ってきた。それを開いて、一点を指し示しながら、真面目な声で説明する。
「ここに記されているのが、
地図にある山の名前とは違うが、おそらく地元の者はそう呼ぶのだろう。
「……白蛇神社へ行くのであれば、ここから山に入るのが一番の近道です。それに、一番わかりやすいでしょう」
彼は一本のルートを、赤いペンでなぞった。
「ただし、
今度は、頂上で分岐している道の一つに、印をつける。
「そうすると、この場所へ出ます。そこからならば、歩いて帰れるでしょうから」
と、山の出口にもマーキング。確かに、いくつもある登山口の中で、そこが一番『邪神城』に近いように見えた。
「ありがとうございます。そこまで親切に教えていただければ、もう大丈夫でしょう」
「今日は迷子にならないでくださいね」
説明は終わったと言わんばかりに、冗談口調になる蛇心雄太郎。彼の穏和な表情を見ていると、この方が似合っているように思える。
そして、ちょうど『終わった』この時に、
「お食事の準備が出来ました。大食堂までお越しくださいませ」
と言いながら、
俺は心の中で「この女中、またもや見計らったようなタイミングで出てきたな」と思うのだった。
朝食の後。
俺たちは昼の弁当を用意してもらい、昨日のワゴン車に乗り込んだ。運転するのは、やはり
運転中の大神健助は、一言も喋らない。ただ俺たちを降ろす際に、
「では、どうぞ楽しんできてください」
と、事務的に告げただけ。
そうして車が走り去ってから、杉原好恵がポツリと呟く。
「無口な人ね。陰気な人とまでは言いたくないけど」
まるで、俺たちの考えを代表するかのような発言に思えた。
昨日とはうってかわって、今日は快晴。いや昨日だって途中までは天気も良かったが、今日の場合は、この晴天が一日中、続くように思えた。雲一つない青空であり、太陽に照らされて、木々の緑も一段と鮮やかに見えるくらいだ。
地上から見上げる俺たちだけでなく、空に身を任せる鳥たちまで、気持ち良さそうに飛び回っていた。
目線を戻すと、阪木正一の背中が視界に入る。蛇心雄太郎の書いてくれたメモを見ながら、杉原好恵と並んで歩くその姿は、後ろから見てもわかるくらいに仲良さそうだった。
「なんだか微笑ましいわね」
ふと呟く珠美さん。どうやら、俺と同じことを思い浮かべたらしい。
もしかすると、俺と珠美さんだって
「ねえ、二人は江美子さんの話を聞いて、どう思った? ほら、あの『何年経っても、何十年経っても、赤羽夕子の姿が目撃される』って話」
「あれ、邪神とか妖魔とか言っていたけれど、まるっきり幽霊ですよね」
と、歩きながら後ろを向いて、阪木正一も会話に参加する。
清々しい自然の中では少し場違いな話題かもしれないが、
俺としても「雰囲気を壊された」とまでは思わないし、ある意味、この件について詳しく彼らの考えを聞いてみるのも一興。チラッと珠美さんの表情を見ると、彼女にも異論はなさそうだった。
「そういえば阪木さんは、昨日あの場でも、そう主張していましたね。確かに、私もそう思いますよ」
「ああ、
声を弾ませて、大袈裟に喜ぶ阪木正一。
そこまで喜ばれることを言ったつもりはないのだが……。彼のオーバーな態度に、少し困惑しながらも、さらに俺は続けた。
「いるはずもない人影が窓に映ったとか、姿は見えずに恨めしい声だけが聞こえたとか……。よくある幽霊話そのものですからね。それに、妖魔やら邪神やら言ってしまうと人間離れした化け物みたいだけど、幽霊ならば少しは身近な存在に思えてくる」
「ほう、身近な存在ですか……」
「いや、あくまでも『少しは』ですよ。別に幽霊を信じているわけではありません」
俺の発言が呼び水になったのだろうか。今度は杉原好恵が、珠美さんに問いかける。
「あなたはどう? 幽霊って、本当にいると思う? それとも、いないと思う?」
「そうねえ……。どちらかといえば、幽霊否定派になるのかしら」
と、小首を傾げながら答えた後。
「死後の世界とか霊魂とか、そういった分野には詳しくありませんが……。でも何となく、生きていた時と同じ姿や声で現れる幽霊なんて、嘘っぽく聞こえますわ。肉体を失って魂だけになったら、姿形も変わってしまいそうで」
そう言って珠美さんは、俺の方へ微笑みかけた。
一瞬、ドキッとしてしまう。
肉体を失って、とか。
魂だけになって、とか。
まるで俺のことを――未来から転生してきた件を――言っているみたいではないか!
いやいや、そうした事情までは、珠美さんも知らないはず……。
俺は内心の動揺を顔に出さないように努めながら、
「そうですね」
と、軽く相槌を打つ。
すると珠美さんは、満足そうな笑みを浮かべて、再び前を向いたのだが。
面白いことに、珠美さん以上に喜んだのが、杉原好恵だった。
「そうでしょう? 幽霊なんて、いるわけないのよねえ。でも正一ったら、心霊現象とか超常現象とか、すっかり信じきってるんだから!」
茶化すような言い方をする杉原好恵を見て、俺は少し不思議に思い、素直に疑問を口にしてみた。
「二人とも、大学のサークルで、オカルトを研究しているのでは……?」
「もちろん! でも正一と私は、立場が正反対。超常現象とか神秘的なものとか、私も興味あるけど、あくまでも研究対象。むしろ、そうした現象のネタやトリックを暴く方が好きなの!」
「ああ、なるほど」
一昔前に
阪木正一に目を向けると、彼は小さく肩をすくめていた。口には出していないが、顔には「やれやれ」と書いてあるようだった。
「それでね。私たちのサークルは……」
と、杉原好恵は話を続けたそうな様子を見せるが、それを珠美さんが遮る。
「あら、あれが白蛇神社ではないかしら」
いち早く彼女が気づいたように。
それらしき朱色の鳥居が、ちょうど見えてきたところだった。
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