Step5 保活の計画を立てましょう




 待機児童

 大都市圏の人口集中及び女性の社会進出により、小さな子供を預けて育児休業から復帰したくとも、保育園に入園できないために待機している子供のことをいう。それが社会問題として取り上げられたのも今は昔。

 幼児教育・保育の無償化によって子育て世帯の負担を軽減し、子供たちの健全な発達を促して少子化解消……されるはずだった。

 待機児童の文字を新聞やニュースやインターネットで見なくなったのは、騒がれるほどのニュースではなくなり日常化してしまっただけの話だ。年度後半で0歳児が保育園に入園するには、来年度の4月まで待機して1歳児から。育児休業からの復帰も、延長して新年度から、というのが常識化しただけである。


「来年度まで育休を延長したいので、絶対に入園できない保育園を教えてください」

「優りの木保育園、もしくは清華保育園でしょうか」

「その保育園で申請を出しますので、待機通知の発行をお願いします」


 本日、ヤナギが対応したバリキャリ風の母親も既に育児休業の延長を決めていた。満1歳まで取れる育児休業は、保育園に入れずに子供の保育ができないという理由で延長ができる。そのためには、待機児童の証明である待機通知書が必要なのだ。

 望んで待機になる人もいれば、育児休業が取れず産前産後で仕事にでる人・生活が苦しくて育児休業を取っている暇がない人が泣く泣く待機になっている現状でもある。

 しかし、待機児童はそう簡単に解決できない。金がかかる。主に人件費と建築費。

 受け入れる保育園にも、定員もあるし保育士の先生たちの配置もある。保育士が少なくては受け入れできないし、施設の部屋が狭くても受け入れできない。保育の手がない施設、ぎゅうぎゅう詰めのイモ洗い状態の施設に子供を預けられる訳がないだろう……何で入れないの?!と怒鳴り込んで来る母親は、そのことを分かっているのだろうか。

 子供を、劣悪な保育状態に放り込みたいのか。

 超人気施設・優りの木保育園のみを希望して、他の施設は考えていないから待機しても大丈夫と言ったはずの保護者が本日、入園できないのかと朝一で殴り込みに来た。先日、6月入園における待機通知書を送付したのだ。

 5月入園で申請した際、再三、今年度中の入園は難しいとヤナギのみならず対応した職員全員がそう伝えたはずだ。もう少し耐えろ、まだ6月だ。堪えろ。これから10か月は待機通知書が届くことになるんだぞ。

 そのクレーマー如き市民様を思い出したヤナギは、計画的に育児休業の延長を画策している母親を、頭を下げて見送った。

 待機児童の解消と子育て世代のサポートのため、市役所では近々、公立保育所を始めとした老朽化した施設の建て替えを予定している。勿論、定員も拡大するために保育士の雇用における補助金も決定済みだ。上手くいけば、年明けには0歳児の入所枠を増やすことができる。

 そう言えば、あの人はどうしたのだろうか。

 そらのこ保育園が市外の施設とは知らずに入園相談に来て、帰り際には真っ青な顔をしていたあの女性は。

 自身のデスクに戻る暇もなく、ヤナギは再び窓口へと呼び戻される。

 すると、保育園の相談にやって来たのは彼女だった。噂をすれば、柴田ヒロミが娘のりぃちゃんを連れて窓口にやって来ていたのだ。


「こんにちは。今日はどうされましたか?」

「……育休を来年度の4月まで延ばそうかと」

「っ」

「今年中に希望する保育園には入園できないと思いました。今、空いている施設は送迎も難しいし、娘を預けたいと思える……施設がないので」


 先日、ヤナギに相談したその日、思わず愚痴を投稿してしまったヒロミのSNSには厳しいコメントが次々と送られてきてしまった。炎上、というほどではないが、保活に対する彼女の能天気な姿勢が批判の的になったのだ。

『母親失格』とまで言われたその日は泣いてしまった。カズさんが帰ってくるまで凹みまくった。愚図るりぃちゃんがいなかったら、薄暗い部屋の隅っこで体育座りで延々としくしくと泣いていたかもしれない。

 そして翌日、姑に思いっ切り相談……と言う名の愚痴をぶちまけた。

 カズさんとの出会いのきっかけとなった姑へ、LINEというまどろっこしい手段ではなく電話でダイレクトにぶちまけたのだ。実母よりも仲の良い、まるで友達のような彼女へは鼻を啜りながら愚痴るヒロミの話を最後まで聞いてくれた。

「カズとよく相談しなさい」

 姑のその言葉に習い、カズさんとじっくり相談して育児休業の延長を決めたのだ。


「調べたら、育休中に受け取れる補助金が延長できるってあったんですけど」

「育児休業給付金ですね。お子様を保育園に預けられない等のやむを得ない事情がある場合は、お子様が2歳になる前日まで給付の期間を延長することができます。当市が発行する待機通知書で、お勤め先を通して延長申請をすることが可能ですね」

「なら、申請はしなくちゃいけないんですね」

「はい。今年度は待機承知で申請をしていただくことになります。しかし、来年の4月入園の申請は11月から始まりますので、そちらは本命とするのはどうでしょうか」

「それでお願いします! 旦那とよく相談しました、4月の申請までにうちの子のための施設をじっくり考えようって」


 抱っこ紐に支えられて眠っていたりぃちゃんが、小さく欠伸をした。

 先は長いが、ようやく保活のスタートラインに立てた気がする。

 引き摺ってばかりはいられない。保活は保護者のためではなく、これから楽しい保育園生活を送る子供たちのためにするものなのだから。





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